俺に優しく微笑を向ける善
俺に優しく微笑を向ける善。
その余韻のまま、もう一人の神様である烏枢沙摩明王の姿を改めて尋ねた。
俺の中では、トイレの神様といえばどこか柔らかい女神さまで、「トイレをきれいにする子は別嬪さんになる」
そんな心温まる話の延長線にいる存在だと思っていた。
だが、善から語られる烏枢沙摩明王はまるで違っていた。
俺の中で育まれていた、どこか柔らかな女神像への淡い願望は、一刀のもとに断ち切られ、そのまま業火滅却の淵へと落とされる。
忿怒の一面にして三目。
六臂には、それぞれ六種の法具が握られている。
額には、不浄を見逃さぬ鋭い眼が開く。
悪しきものは、その眼光にただ圧倒される。
炎髪と呼ばれる、火焔そのものの逆立った髪。
片足を高く上げた動勢は、不浄を踏みつけ、浄化の力を示す。
善は明王の表情を模し、身振り手振りでその姿を現してみせた。
それを見る三人は息を呑み、瞳には畏れの色が浮かび上がる。
荒神にしろ、烏枢沙摩明王にしろ、この時代の家の中には、何とも物騒な神様が暮らしているらしい。
三人の様子を見て笑いそうになり、誤魔化すように茶碗を口元に運ぶが、茶はもうない。
善が脅かし過ぎたかと、照れたように目を伏せる。
俺は、先ほど小六との間をとりなしてくれた善を、今度はそっと手助けした。
背を伸ばし、咳払いを一つ。
昔、ジャックから借りて見たビデオの日本昔話にあった「かわやの神様」の話を、みんなに語り始めた。
七福神が、のんびりと天上で日々を過ごしていた頃のことだ。
ある日、ふと下界を眺めると、新しく家が建つのが見えた。
「せっかくだ、皆で守ってやろうではないか」と誰かが言い出し、神々は連れ立って家へ向かった。
ところが、弁天様だけが少し遅れてしまう。
先に着いた六人の神々は、店先、広間、厨、井戸、土蔵と、家のあちこちを自分の守り場として次々に決めていった。
弁天様がようやく追いついたときには、残っていたのは「厠」だけだった。
「どうして私の場所がこんなところなの」と弁天様は怒ったが、最後にはため息をつきながらも引き受ける。
そうして「私が守るからには、ここはいつも綺麗にしておきなさい」と家の者に告げた。
やがて、その家は大いに栄え、人々は「家を繁盛させるには、まず厠を清潔にせよ」と語り継ぐようになった。
そう話し終えると、俺は最後にほんのり桃色の脚色を加えた。
「厠をきれいにする子は、美しくなる」
怯えていた花里の瞳と頬に、ぱっと明かりが灯った。
小六と真之介が、本当かとばかりに善へ視線を向ける。
善は慌てることなく、落ち着いた口調で答えた。
「不浄を焼く力はその一部にすぎず、それだけではない」
善が話を上手くまとめてくれた。
俺たちの新しい家にも、いかつい二人の神様だけでなく、弁天様が優しく花を添えてくれそうだ。
三人もそれぞれに安心している。
用を足すとき、忿怒の明王に覗かれるより、優しい女神に覗かれる方が良い。
後で、善が俺だけにこっそりと教えてくれた。
「史郎の話す七福神がどうにもよく分からないが、弁才天は八臂にそれぞれ武器を持ち、衣は天女の装いだが、戦の気配が漂う武闘神だぞ」
どうやら、この家には危険な香りの神様しか降りてこないのかと、つくづく思う。
こういう時に使うのだろうか、日本語に疎い俺には分からない。
触らぬ神に祟りなし。




