俺たち五人は、物言わず
俺たち五人は、物言わず愉悦に浸っている。
ダッチオーブンで炊いた飯は、残らず皆の腹に収まり、皿に最後まで残っていたたれまでも、誰かが舐め取ったのか、きれいさっぱりなくなった。
今は、淹れ直した緑茶を手に、それぞれが至福のひとときを過ごしている。
小六が口元に付いたたれを舌で舐め取っている。
真之介と花里が後片づけを始める。
特に花里は、お気に入りの朱椀を丁寧に扱い、そっと片づけている。
善も鰻丼には満足げで、前に皆で食べたとき、自分だけいなかったことも、もう気にしていないようだ。
特に、蒲焼に山椒の粉を振りかけることには随分と腑に落ちたらしく、彼もまた、鰻には必ず山椒の粉をかける人になった。
美味しいものを食べ、機嫌のよくなった善に、新築した家の儀式について尋ねる。
その問いかけに、何も聞いていないのかという表情を浮かべ、明後日の朝に兄弟子の義浄房と訪れ、仏事を執り行うと話す。
おそらく、俺が知らないだけで、新右衛門さんや小六、真之介、花里の間で、話はすでに進んでいるのだろう。
昼からは、工事に携わった関係者や親しい間柄の人たちへのお披露目があり、そのまま宴となる。
そこには当然、善の両親である重忠さんや、宴のための料理を手伝ってくれる梅菊さんもやって来る。
しかし、善は宴の席には顔を出さず、新築の仏事が終われば、すぐに寺へ帰るという。
折角の機会なのに宴にも参加せず、両親とも会わずに帰るのかと問いただした。
俺は、陰に日向に助けてくれる善には、ぜひ出席してほしいと考えていた。
善は少し顔を赤くし、事情を話してくれた。
清澄寺は女人禁制で、山門内に梅菊さんは入れない。
そのため、女の参拝は女人堂までとされている。
その堂に、梅菊さんが度々、善を訪ねて来ることがあるらしい。
母の寵愛を受け、会うことは嬉しい。
しかし善は厳しい仏道修行をする身として、母が寺へ参詣して会うことは心が乱れるのだという。
それを理由に、葛藤しながらも「尋ね来ること、なさるな」と告げる善と、告げられ涙する梅菊さん。
それでも梅菊さんは、堂の傍らの石に腰を下ろし、「影ながら、そなたが無事ならむことを祈るのみ」と言い残し、後ろ髪を引かれる思いで帰って行くのだという。
芝居の一幕のような別れをしていて、顔を会わせるのは気恥ずかしいと、善は照れて話した。
そういう事情があり、両親の出席する宴には顔を出せないのだと。
それでも時々、港の通りで見かけることがあるという。
その時は、お互い気が付かない振りをして、行き過ぎると話す。
なかなか滑稽なことだと話しながら、善は「そんなものだ」と笑っていた。
俺も、親子の機微とはそんなものかと、妙に納得して笑った。
その笑いが、どこか遠く胸に残った。
歳月は重なり、女人堂は苔むした跡地になり、堂の傍らにあった、こらえきれない涙を表す涕涙石は、林の木陰の下、地中に埋められ眠っている。
今では、記念碑と案内板だけが、ひっそりと母子の物語を受け継いでいる。
俺はそのことについては何も知らない。




