表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょいと偉人に会ってくる  作者: 鈴木ヒロオ
夏の末、秋のきっかけ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

212/230

蝉の声が移ろう頃

 蝉の声が移ろう頃、季節の幕を引くようにツクツクボウシが鳴いている。


 互いの声を探るように、命の気配を測りながら、遠くで鳴いている。


 遠くから北寄りの風は、秋の匂いをわずかに運び、葉の色も移ろう。


 

 そろそろ新築工事は終わりに差し掛かり、建物の中では、小さな手直しや掃除も始まる。


 又左さんが主屋、離れ、くりやを見て回り、不具合を指摘したり、自ら手を入れ直していた。


 主屋と離れの一部、そして厨の西側にあたる壁だけは土壁で築かれ、大きく穿たれた格子窓からは光が入る。


 その土壁の前にはかまどが据えられ、鍋釜をのせる掛け口が四つ、きれいに並んでいた。


 竈のある広い土間に続いて、板張りの部屋が一間ひとまある。


 土間の裏と表には、それぞれ出入り口が設けられている。


 今の四人暮らしの家よりも、ずっと大きくて広い。


 主屋と離れの板壁の外にはのきがせり出し、その下には幅のある縁側が廊下のように続いている。


 主屋であれ離れであれ、板戸を開け放ち、長い縁側に腰をおろし、月を眺めるもよし、雨を憂うのも、またありかと思い巡らす。


 そんなことを考えていると、玉手箱を開いたおきなになったような気持ちになる。


 長い縁側に腰をかければ、軒が日差しをやわらげる陰をつくり、正面には敷地が広がり、門があり、そこから両側へ板塀が続いている。


 夏の声が最盛期を過ぎたように、新築工事の佳境も過ぎ、人々の声も槌の音も、いまは閑散と静かに響いている。


 十羽のひよこは、いつのまにか産毛も抜け落ち、すっかり若鶏の姿となり、敷地に群れをなして動き回っている。


 雌雄の判断も容易につくようになった。


 雄はトサカと肉垂れが赤く大きくなり、首まわりや背中の羽が黒みや赤みを帯びて、深い光沢を見せ始めている。


 雄は四羽、雌は六羽。


 縄張り意識が目覚めたのか、雄は仲間の前に立つように歩き、誇示するような仕草が目につくようになった。


 地面を蹴る足は力が漲り、逞しい。


 家から小さな器を手に持ち、花里が出てくると、若鶏たちが一斉に足元へ集まり始める。


 花里はそんな若鶏が愛らしいのか、しゃがんで手ずから刻んだ野菜や穀物のくずを与えていた。


 すんすん。


 花里が顔をちかづけ、命の匂いを嗅いでいる。


 若鶏からは、日に照らされた土の匂いがするのだろうか。


 やがて若葉に露が憩うように目を細め、いつものように優しい声をかける。


 「壱、争ふはよしなされ。弐、あわてたもふな。参、たんと召しせ。」


 どうやら雄鶏には、いつのまにか番号で名がついているらしい。


 花里は慈しむような眼差しで、器の餌を地面にそっと広げながら語りかけていた。


 その様子をどこかで見ていた小六が花里のそばに寄り、「早く大きくなれ」と励ましていた。


 俺は、その牧歌的な光景にいよいよ風情に感じ入り、翁の心境へと蕩けてゆく。


 俗世をひととき忘れるような、そんな心持ちであった。


 いつとはなしに真之介が現れ、物静かに俺の隣に腰かけた。


 俺たち二人は、束の間の非日常、その風景を桃源郷の仙人にでもなったように語らず眺める。


 涼風が渡ると慎ましやかに森が歌い、ツクツクボウシは声をみあわせる。


 時間の移ろいがあいまいになると、ツクツクボウシはまた鳴きだす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ