土間では、小六と真之介
土間では、小六と真之介の二人が息を合わせ、木の椀や皿を削り出している。
真之介がろくろを回し、小六が回転する材に刃を当てていた。
二人の阿吽の呼吸で、材は少しずつ器の形を成していく。
花里は家事を一人で切り盛りし、手が空けば藁で草鞋や紐を編んでいる。
俺は板の間に足を投げ出し、その様子をぼんやりと眺めていた。
梅雨に閉じ込められるこの時期、できることの少ない俺は、家の中で浮いた存在になっている。
軒先から聞こえる少し寂しげな雨だれが、長雨の日々を思い出させる。
既視感。
雨の手持無沙汰に、一年前の俺が重なる。
昨年の梅雨、パンドラの箱を満たす青いゲルから虫眼鏡を作った。
花里はそれを布袋に入れて首から下げ、火おこしに使っている。
三人の働く姿を見ながら、現在進行形無職の俺は考えていた。
外は雨の気配に包まれている。
思いついたのは望遠鏡だった。
日々の生活に役立つとは思えないが、稲田の草庵での最後の夜に善との会話を思い出した。
「史郎、人はいつしか月に行けるのか」と。
「それは善信房さんが望むような月であればいいな」と。
俺は善に、月の姿を見せてやりたいと思った。
届かない月を、せめて手の届く距離に寄せてやりたい。
あの夜、答えきれなかった問いに、もう一度、自分なりの形で応えたかった。
沈むような静寂の中、二人で見上げた半分の月。
望遠鏡のイメージは、映画に登場するカリブの海賊が使う伸縮筒だ。
その仕組みについても、アメリカから帰国したばかりの頃、書店で買った科学雑誌『うちゅう大ずかん』に絵図で簡単に記されていた。
曖昧なその二つの記憶を頼りに、望遠鏡製作に挑戦することにした。
俺は土間へ下り、作業に没頭する二人の前に立ち、そっと声を掛ける。
「小六、ちょっとよいか。作って欲しい物があるんだ」
二人は手を止め、小六は俺を見上げて尋ねた。
「今度は何を作るんだ」と三白眼でニヤリと笑う。
「それは出来てからのお楽しみだ」俺も悪戯っぽく答える。
真之介も、藁を編んでいた花里も手を止め、興味津々にこちらを見ていた。
俺は前に作った両凸レンズより直径が五分の一ほどの小さなものを作るため、小六に細かく具体的な指示を出し、材に薄く湾曲を描くように窪みを削ってもらった。
対物レンズには大きな両凸レンズを据える。
それは昨年の椀を型として用いれば、新たに作ることができる。
今回、窪みを付けた程度の材からは、接眼用の平凸レンズを作る。
覗く側を平面にして見やすくした。
小六が仕上がった材を慣れた手つきでろくろから外す。
小さな正方形の材に、卵の底が収まるような薄い窪みが三面に刻まれていた。
それぞれの窪みには深さに微妙な違いがある。
小六は俺の依頼に、首をかしげるような不思議な表情を浮かべていた。
それを受け取った俺は早速、家を出た。
雨は細く途切れず、強弱を揺らし、音を奏でる。
無数の雨粒が足元で細かく跳ねている。
軒先にいる俺の肩に細い雨筋が伝う。
見えない星空に、俺の中で歌が跳ねる。
♪さあ行くんだ その顔を上げて
新しい風に 心を洗おう
古い夢は 置いて行くがいい
ふたたび始まる ドラマのために
歌いながら足早に舟へ駆ける俺の背中を、三人は何も語らず見送った。




