5 お嬢様
「この頃ぼうっとしていることが多いぞ。」
昼食の時、配膳カウンターでアタゴ様に怒られた。
キンちゃんと念話で話し込むことが多いからだろう。
「申し訳ありません、新しい魔法を考えているのでつい夢中になってしまうのです。」
「熱心なのはいいが、たまには話に加われ。」
そう言われていつもの従者席ではなく貴族達のテーブルに連れ出された。
指し示されたテーブルに持って来た食事を置くと、さっそく話し掛けられる。
「キンちゃんに触っても宜しくて?」
いつもアタゴ様や殿下と一緒にいるお嬢様。
キンちゃんを見ると、嫌がってはいない。
「キンちゃん、触らせてあげる?」
一応言葉にして聞いてみた。
「コン!」
キンちゃんも俺に合わせて声に出してくれた。
「いいって。」
「嬉しい。」
お嬢様は椅子から立ち上がり、優雅な仕草で俺の肩からキンちゃんを抱き上げる。
「凄くフワフワ。」
いつもはキリっとしているお嬢様の顔が喜びのあまりだらしなくなっている。
俺が呼ばれたのは多分お嬢様のリクエスト、狙いはキンちゃんだったようだ。
「俺も触っていいか?」
殿下がキンちゃんに聞いている。
「コン!」
「いいって。」
殿下がキンちゃんを優しく撫ぜる。
顔が崩れた。
イケメンがスケベ親父に変身。
アタゴ様が面白そうにしている。
キンちゃんの手触りを殿下達に教えたのはアタゴ様のようだ。
まあ毎日何度も触っているから殿下達に手触りを自慢したくなるのも判る。
全ての試験が終わり、短い春休み。
俺達はアタゴ様の護衛であちこちのお茶会に付き合わされた。
殿下が色々と調べたせいでキンちゃんが神獣だとバレてしまったから。
キンちゃんの噂を聞いたお嬢様方がアタゴ様をお茶会に誘うようになったらしい。
「まあ、本当に素敵ね。」
「本当に。柔らかくてフワフワで。」
「この尻尾でマフラーを作りたいわね。」
キンちゃんが一瞬で飛び上がり、俺の肩に着地した。
「キンちゃんは神獣だから人間の言葉も解るよ。マフラーはダメだと思う。」
「ごめんなさい。このお菓子を上げるから許して下さいね。」
貴族のお嬢様がクッキーをキンちゃんの口元に運ぶ。
キンちゃんがお嬢様の手から美味しそうにクッキーを食べる。
食うんかい。
怒っていたはずのお狐様は見事な掌返し。
召喚獣の食事は魔力だけで人間の食べ物は不要だが、キンちゃんは神殿の供え物を食べているうちに人間の食べ物、特に甘いお菓子が好物になっていたそうだ。
招かれたアタゴ様は自分そっちのけでキンちゃんと戯れるお嬢様方を眺めてあきれ顔。
折角綺麗に化粧した美しいお嬢様方の顔がキンちゃんを抱いたとたんにだらしない顔に変わっていく。キンちゃんパワーは凄い。
俺はお嬢様方の護衛と一緒に離れた所に立ってのんびり眺めていた。
「痛いっ!」
一人のお嬢様が腹を抑えて蹲った。
「どうしたの?」
「・・お腹が、・・・お腹が急に・・痛く・・・。」
お嬢様が額に汗を浮かべながら切れ切れに言葉を繋ぐ。
「マヤ!」
アタゴ様に呼ばれて駆け寄った。
「原因が判るか?」
馬の腹痛は何度も診ているが人間は初めて。
ままよ。
お嬢様に精密鑑定を掛けた。
「結石ですね。」
「結石?」
「腎臓から膀胱に繋がる管に石が詰まっています。騎士でも失神するほどの痛みがあります。」
前世で激痛に襲われて病院に担ぎ込まれたことがあるので結石については詳しい。
「治せるか?」
「・・・・。」
治せないとは言わなかった。
「治したことがあるな。」
馬は治したことがあるが人間は無い。
「はあ。」
「やってみろ。」
休憩室にお嬢様を運び、お嬢様と侍女2人、俺の4人だけにして貰った。
侍女に頼んでお嬢様のドレスに隙間を作る。
悶え苦しんでいるお嬢様は侍女のなすがまま。
ドレスの隙間から手を入れてお嬢様の下腹部に掌を当てた。
下腹部だよ、股間じゃないよ。
指先に柔らかな毛の感触があるけど、下腹部だ。
精密鑑定で位置を確認しながら詰まっている結石に精神を集中する。
”転移“
俺の手の中に5mm程の小さな石が現われた。
石をテーブルに置いてもう一度掌を下腹部に当てる。
小さな結石が残っているが、当面問題はなさそうだ。
腎臓にある大きな結石はいずれ尿管に詰まる。
大きなものだけを掌に転移させた。
結石が尿管を傷付けている可能性があるので治癒魔法を掛ける。
“ヒール”
これで大丈夫な筈。
「一応取り除きました。」
お嬢様の顔に赤みが戻って来る。
痛みも治まったらしい。
ドレスの下から手を抜いて侍女たちに石を指し示す。
「これがお腹の中で管に詰まっていました。取り除いたので当面は問題ありません。」
「当面とは?」
「腎臓に小さな結石がいくつかあります。石が成長して管を塞ぐと今回同様の痛みが出ます。お茶を飲む回数と量を増やせば管を塞ぐ程の大きさになる前に尿と一緒に排出されます。」
「お水ではなくてお茶ですか。」
「水は排出されるまでに時間が掛かるので、酒やお茶が最適です。ただ昼間から酔っぱらう訳には行かないのでお茶が宜しいと思います。」
「ありがとうございます。これからはもっとお茶を飲んで頂くようにします。」
あとは侍女に任せて部屋を出た。
心配していたお嬢様方が寄って来る。
「具合はいかがですの?」
「もう大丈夫です。痛みも無くなったようで、顔色も戻りました。」
「マヤ様は凄いのですね。」
マヤ様なんて様付けされたことが無いので尻がこそばゆい。
「偶然同じような症状を見た事があったのが幸いでした。」
相手は馬だけど。
「神獣様を召喚なされたのも納得ですわ。」
「本当に。」
いやいや結石と神獣は関係ないぞ。
女性に褒められたことなど無いので答えに窮した。
「・・・。」
「マヤが赤くなっているから勘弁してやって下さい。」
アタゴ様ナイス助け舟、赤くなってるは余計だけど。
俺はそそくさと護衛達の所に戻った。
しばらくして完全復活したお嬢様が戻って来た。
キンちゃんは復活したお嬢様の腕に抱かれている。
他のお嬢様方が気を使ってキンちゃんを抱かせてあげたようだ。
お嬢様は俺の方をちらっと見て軽く会釈した。




