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第96話 代償

 フェンは意識を失ったショーイの冷たく重たい体を必死に担ぎ上げ、息を切らしながら全速力で駆け抜けていく。

 汗が額から滴り落ち、混乱した思考の中で唯一はっきりしているのは、一刻も早く助けを求めなければならないという切迫感。


 転移門を抜け、辿り着いたのは例の怪しい森の中。

 古びた木々が不吉な影を落とし、湿った空気が肌を這うように纏わりつく。

 エリナだけが不安げな表情で後を追ってきていた。


 やがて木々の隙間から、シエラの魔道具店の歪んだ屋根が姿を現す。

 魔法煙草を売っている場所だ。


「シエラ!」


 フェンは喉が裂けそうな勢いで叫び、重たい木製の扉を蹴り開ける。

 必死の形相で魔道具店の店主を呼び出す声には、もはや取り繕う余裕すらない焦燥感が滲んでいた。


「おい、シエラ! 大変だ!」


「————朝っぱらから何だってんのよ」


 奥から現れたシエラは、寝起きとも取れる気だるそうな仕草で体を起こす。

 その姿に焦りは微塵も感じられない。

 シエラがゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる様子に、フェンはもどかしさで胸が潰れそうになる。


「ショーイの様子が変なんだ! 魔法煙草を吸っただけで……!」


 フェンの切迫した声に反応し、シエラはようやくショーイの姿に目を向ける。


 その瞬間、ショーイの変わり果てた姿を確認したシエラの表情が、一瞬だけ何かを悟ったような色を帯びる。

 そして不可解なことに、予期していた出来事を目の当たりにしたかのように、静かに頷いた。



「ふーん、そういうことね」



 シエラはショーイの青ざめた肌に触れながら、冷静に呟く。


「体が魔石化してる————なるほどなるほど……大量に摂取するとこんな風になっちゃうのね」


「待てよ、なんだよそれ……!?」


 実験の結果を観察するような淡々とした口調に、フェンの胸中には疑念と怒りが渦巻く。

 どうしてこの女はこんなにも冷静でいられるのか。

 まるで、ショーイの異変が想定の範囲内にあるかのような態度。


 まさか————


「ショーイは僕とは別にあんたと取引してたはずだ。お前が何か毒でも盛ったんじゃないのか!?」


「いーや?」


 シエラは肩を(すく)めて答える。


「確かにこいつには()()煙草を売ったけど、中身が違うなんてことはないね」


 シエラはショーイを指差す。

 その指先には微かな蔑みが感じられた。


「そいつが調子に乗って、致死量の煙草を一度に吸っちゃっただけさ」


「致死量……だと……?」


 フェンは目を見開く。

 戸惑い、そして怒り。

 あらゆる感情が()い交ぜになり、膨れ上がる。


 魔法煙草を吸っただけで、なんで死ななきゃならないんだ……!?


「これを吸い続けたら僕達は死ぬのか!? そんなの聞いてないぞ!」


「どういうこと? そんなの私も聞いてないわよ!?」


 エリナも抗議する。


 そうだ、話が違う。

 これを吸うだけで魔法を強化できる。

 この女はそう言ってたはずだ。


 だから、高い金を払って魔法煙草を買ったのだ。

『ロード・オブ・ウィザード』になるための、他の何もかも置き去りにして


 その時、シエラの口角が不気味に持ち上がった。



「吸うだけで魔法を無制限に強化できる。そんな都合のいい代物が、何の代償もなしに使えると思ってたのか————少年、私は君にそう伝えたはずだよな」



 シエラは悪魔のような笑みを浮かべながら、そう口にした。


「代償……だと?」


 フェンの顔が青ざめる。

 全身から血の気が引いていくのを感じた。


 代償というのは、金ではなかった、のか……?

 ショーイの異変、魔石のようなものが浮き出している肌————


 一体、魔法煙草とは————


「お、おい……この魔法煙草っていうのは、一体なんなんだ!?」


 シエラはゆっくりと笑いながら、残酷な真実を告げる。



「魔法煙草にはね、『ニコチン』っていう悪魔が取り憑いているのさ」


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