第65話 初めてのクラス
新学期が始まって最初の授業。
試験による成績によってクラス替えも行われ、生徒達は新たな環境にそわそわしている。
それは、この『Aクラス』も同様だった。
薄暗い廊下を抜けた先にある、荘厳な魔法の教室。
年月を重ねた木製の机や椅子が整然と並び、天井から吊るされた橙色の照明が温かな光を投げかけている。
壁際には精巧な望遠鏡が立ち並び、神秘的な輝きを放つ地球儀が一人でに回転していた。
教壇の横には、様々な色と形をした魔石が、まるで宝石のように美しく陳列されている。
ここは、最も成績が優秀だったものが所属するクラス。
生徒序列においてTOP30の者しか入れない、この魔法学校で最高のクラスだ。
無論、『ロード・オブ・ウィザード』もこのクラスに所属する。
教室の窓際で、2人の女生徒が他愛もない会話を交わしていた。
「やったねマーガレット! またおんなじクラスになれたよ!」
前の席の少女は、後ろを振り返って満面の笑みを浮かべた。
青みがかった髪が光を受けて輝き、まるで妖精のように明るく話しかけてくる。
それに対して、話しかけられている後ろ側の女生徒は、苦笑いを浮かべながら友人の無邪気な喜びを受け止めていた。
「私はギリギリだったけどね。私は生徒序列25位だけど、リンカは6位でしょ? むしろよく私がこのクラスに残れたものよ」
マーガレットは肩をすくめながら話す。
いくらAクラスと言えど、25位と6位では、魔女としての力量は雲泥の差だ。
だが、リンカは首を振る。
「そんな! 序列なんてただの成績順だよ。いっつも頑張ってるマーガレットの方がよっぽどすごいよ」
「————それでもさすがに、名門占星術師家の次期当主様には及ばないけどね」
この少女————リンカは占星術師だ。
名門、『カーベル家』の一人娘であり、『純粋種』の魔女。
将来有望な魔女として、今から名前が上がっているくらいだ。
対して、私は平凡な家の生まれの『亜人種』だから、実力に差ができるのも当然だ。
何度考えても、この化け物揃いのクラスに配属されたのは幸運の他ならない。
「それよりも————ほら、来たよ」
マーガレットは教室の入り口の方を指差した。
そこに姿を現したのは一人の男の魔法使い。
ブロンドの髪が肩まで優雅に流れ落ち、エルフ特有の尖った耳が髪の間から覗いていた。
眉間に深いしわを寄せた仏頂面で教室の中を進み、まるで周囲など目に入らないかのように、教室中央の席へと向かった。
その表情からは明らかな不機嫌さが滲み出ている。
「去年首席だった『スクロース・サルヴァドール』、それが今年は3位だもの、相当ピリついているわね」
サルヴァドールもかなりの名門だ。
リンカとは違い、武闘派の家柄で魔法戦闘力が高いという。
決闘では負けなしと言われている。
「それに4位のダンフォード、5位のプリッドモア、やっぱり去年の実力者は今年も格が違うって感じするよね」
「ふうん」
リンカはマーガレットが指差す先に視線を向けてはいるものの、その声音には興味を示す素振りすら見られない。
マーガレットがAクラスに入って分かったことは、序列上位の生徒達は皆、我が強いということだ。
プライドが高く、基本的に他の生徒に興味を示さない。
それは、リンカも例外ではないのかもしれない。
すると————教室の空気が一変した。
新たな人物達の入室に、それまでの私語が嘘のように消え失せる。
「————来た、今年のTOP2」
教室中の視線が、まるで磁石に引き寄せられるように入り口へと集中した。
そこに現れたのは、炎のように鮮やかな赤髪の魔女。
海のような青い瞳を正面に据え、立ち居振る舞いの一つ一つまでが気高さを漂わせている。
「3年ぶりに復学した、伝説の魔女『アストラ家』の純系————この世代で最強の魔女と言われてる、『セラフィリア・アストラ』」
明らかに雰囲気が違う。
第3位のサルヴァドールと比べても、魔女としての風格は別物だった。
まさか、戻ってくるとは————
3年前にこの学校の最高成績を修めて、それ以降はもう学校に来ないと思っていた。
そして、それに続いて入ってきたのが、例の黒髪の男。
「あれが————今年の『ロード・オブ・ウィザード』」
耳元くらいまで伸ばした髪。
どこか虚空を見つめているような生気のない瞳。
今年の首席は、薄く微笑みを浮かべながら、教室に入ってきた。
『ロード・オブ・ウィザード』という称号がなければ、特に取り上げる特徴が見つからないような、普通の男子生徒。
名前は確か————『アイスクラッド・アストラ』と名乗っていた。
「彼は、どんな詳細かは知らないの?」
「うーん、それが全く情報がないのよね。『アストラ』って言ってるくらいだから、『アストラ家』の分家————とかの魔法使いだったりするのかな」
いくら情報通なマーガレットでも曖昧になってしまう。
それくらいには、ぽっと出の編入生だった。
Aクラスに入る学生で、名が知れ渡っていないのは珍しい。
その首席の編入生————アイスクラッドに続いて、茶髪で見慣れない灰色の格好をしている女生徒が入室したところで、このクラスの全員が揃う。
アイスクラッドは真ん中の一番前の席に、まるでそこが最初から彼のために用意されていたかのように自然に着席した。
すると、その動作が完了する前に、ある者が猛然と立ち上がり、彼に向かって歩み寄る。
去年の首席、サルヴァドールだ。
「お、現首席と前首席の直接対決だよ」
マーガレットは息を詰めながら、まるでこれから始まる劇を見るかのように身を乗り出す。
普段は無関心を装うリンカですら、その視線は二人の対峙から離れない。
「初めまして、私は『スクロース・サルヴァドール』、名門『サルヴァドール家』の現当主だ」
「よろしくサルヴァドール、会えて光栄だよ」
挨拶は交わされたものの、そこには握手すら介在しない。
二人の間に漂う緊張は、まるで目に見えない魔力の糸が絡み合うかのようだった。
しばらく見合った後、サルヴァドールの視線がゆっくりとアイスクラッドの隣へと移る。
そこにはアイスクラッドと共に教室に入ってきた女生徒が座っていた。
伝統的な魔女の装いからは程遠い異質な佇まい。
その存在に、サルヴァドールは眉根を寄せ、露骨な不快感を顔に浮かべる。
「それで、あなたと入ってきたこの場違いな女はなんでしょうか? まさかとは思いますが、それがご学友だとは言いませんよね」
「あ?」
すると、女生徒が切れ長の目でサルヴァドールを射抜くように睨みつける。
その眼差しには、まるで獣のような野性的な威圧感が宿っていた。
「あたしはこいつの用心棒だ。なんか文句あんのか?」
「おやおや、このような下賎なものを連れているとは、この学校の首席として如何なものですかね?」
サルヴァドールは蔑みの色を濃くした笑みを浮かばせる。
その明らかな挑発に、女生徒の雰囲気から危険な空気が立ち昇った。
しかし————
「リル————用心するのが君の仕事と言えど、初対面の相手にそんな態度を取ってはいけないよ。これから一年、一緒に学ぶクラスメイトなのだから、仲良くしないとだね」
アイスクラッドの声は、まるで穏やかな春風のように静かに場を包み込む。
その言葉を聞いたリルは、一瞬だけ顔を引き攣らせた後、大げさな溜め息をついた。
「へえへえ、分かりましたよ! 私が悪うござんしたおぼっちゃま!」
食後にアフタヌーン・ティーはいかがですかぁ? とか言って紅茶をガバガバ飲ませりゃいいんだろうがよ!
女生徒は意味不明な言葉を吐き捨てながら、刺すような視線のまま顔を背けた。
サルヴァドールの表情が更に険しさを増す。
その声には、もはや取り繕う余裕すら感じられない。
「そんな者を連れているとなれば、あなた自身の実力も疑わしいものですな。ここは一つ————」
サルヴァドールは人差し指をアイスクラッドに向ける。
そして、挑戦的な眼差しを向け、提案を持ちかけた。
「決闘によって、私にあなたの実力をお見せいただきますか?」
教室全体が、まるで電撃に打たれたかのように震えた。
教室内の音がクラスメイトのざわめきで埋め尽くされる。
「いきなり決闘? 本気なの?」
マーガレットは興奮を抑えきれず、リンカの肩を揺さぶる。
この学校は完全な実力主義だ。
強い者が生徒序列の上位となり、学校から様々な恩恵が与えられる。
その序列の優劣を最も簡単に測る仕組みが、『決闘』だ。
生徒同士の魔法戦によって、どちらの実力が上かを試す。
サルヴァドールはいきなりアイスクラッドに決闘を申し込み、序列を覆そうとしていたのだ。
だが、突然の宣戦布告にも関わらず、アイスクラッドの表情は陽だまりのように穏やかなままだった。
「ええ、僕は構わないよ。しかし————」
アイスクラッドは、左斜め後方へと手を向ける。
教室中の視線が、まるで糸に引かれるように、その指し示す先へと集中した。
「僕より先に、第二位の彼女に決闘を持ちかけるのが筋だと思うよ」
そこにいたのはセラフィリア・アストラ。
その瞬間、サルヴァドールの顔から血の気が引いていく。
セラフィリアは氷のように無表情のまま、静かに口を開いた。
「確かに、私を差し置いていきなり『アイス』に決闘を持ちかけるのは、看過できないな」
「……!」
セラフィリアの実力は誰もが知っている。
なにせ、相手は四大魔女の血筋だ。
この世に生きる魔女、魔法使いならば、誰だって相手にしたくない存在である。
サルヴァドールはしばらく苦い表情のまま考えた後、ローブを大袈裟にはためかせて身を翻した。
「……いずれ、お手合わせ願いましょう————すぐに、化けの皮を剥いでやるからな……!」
サルヴァドールは歯噛みするように言葉を絞り出すと、憤怒の形相のまま自分の席へと戻っていった。
彼が着席するのと同時に、教室の扉が開かれ、先生が颯爽と入室してきた。
生徒のざわめきはそれだけで収まり、ばたばたと授業の準備をする音に変わる。
いよいよ、新学期最初の授業が始まろうとしていた。
「それでは、授業を始めるぞ」
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