第64話 入学の理由
「いや、なんでやねん」
セラフィリアは思わずツッコミを入れた。
思わず変な口調になってしまうくらい、予想外の出来事だ。
周囲の生徒達が、なんとなく感じるセラフィリアの威圧感に密かに距離を取り始めている。
「なんであいつが首席なんだ? というかあいつは誰だ……?」
「よくやるよな。あいつ」
リルが頭の後ろで手を組んで呟く。
その表情は、どこか楽しむような色が混ざっていた。
二人の視線は、壇上で始業式の挨拶を爽やかな声で喋っている青年に向けられている。
天井からの光魔法の照明が、薄暗い実習場の中で青年の姿を照らし出していた。
生徒の模範となるような整った制服のローブ、清潔感のある長さの黒髪は何の変哲もない髪型で綺麗にまとめられている。
そこに胡散臭さは欠片もない。その佇まいは聖人のようにさえ見える。
セラフィリアは目を疑わざるを得ない。
そう、今壇上に立って挨拶をしているのが、アイス。
伝説の英雄、『賢者』を騙り、異世界の詐欺・犯罪集団『ラウェルナ』のリーダーでもある、あのアイスだ。
セラフィリアの記憶の中では、いつも不敵な笑みを浮かべ、周りの人間を見下すようなろくでもない奴でしかなかったはずなのに。
それが今、この魔法学校の頂点、『ロード・オブ・ウィザード』としてあそこにいる。
いつものような不真面目で癇に障るような雰囲気はどこにおいてきたのか、ただの好青年になっていた。
まるで別人のように清廉で、その変貌ぶりは生徒の誰もが純粋な魔法使いであると信じて疑わないものだった。
その完璧な演技に、セラフィリアは思わず舌打ちをする。
というか、あんな顔だったのか。
いつもよく分からない黒い眼鏡をかけていたから、顔もちゃんと見たことはなかった。
「まあ、いつもみてえに振る舞ってたら浮いてただろうしな。学校にいる間は、UCLAのストレートA'sみたく、あんな感じでいくらしいぜ」
「一体なんの冗談だ……?」
一応、セラフィリアも首席を取るつもりで、先日のテストに挑んだ。
セラフィリアは伝説の魔女であり、魔法知識も実践においても、他に遅れを取るはずがない。
どうせ、編入試験の時にヒプノシスを使って仕掛けをしたのだろう。
不愉快なやつだ。
でも————わざわざ自分が『ロード・オブ・ウィザード』になって、一体どうするつもりなんだ……?
*
「全員で魔法学校に編入するぅ?」
薄暗い部屋の中で、リルが素っ頓狂な声をあげる。
窓から差し込む夕暮れの光が、彼女の困惑した表情を照らしていた。
アイスがアルファから話を聞いた後、アストラ家の一室で、セラフィリア、アイス、そしてリルと今後の話をしていた。
場所は賢者用にあてがわれた円卓の応接室。
アイスは堂々と円卓に一人で腰掛け、リルは暖炉の前の一人掛けソファに深く座っていた。
セラフィリアはアイスの座っている向かい側に立ち、話をしている。
アイスに特に驚いた様子はない。
いつもの黒い装束の裾を揺らしながら、ゆったりとした態度で円卓に座っている。
すでにお母様————アルファから聞いていたのだろう。
「ああ、それがお母様の提案だ」
「つってもよぉ、あたし達は半年後の英雄会議っていうのの準備をしなきゃならねえんだろう? 学校なんぞに行ってる暇なんてあんのか?」
リルの指摘はもっともだ。
無論、アイス達には学校でこの世界のことを学んでもらうことで、英雄会議に向けての情報収集をしてもらうというのも狙いの一つではある。
だが、ここで学校に行くことには別の狙いがあった。
「学校に編入する目的は————信仰を集めることだ」
「信仰?」
リルは思ってもみない単語に怪訝な顔で聞き返す。
セラフィリアも直で目にしたわけだが、アイス達の住んでいた街には神や宗教の気配は一切なく、風情などゴミ箱に捨ててきたかのようなところだ。
『信仰』という単語は聞き慣れなくて当然だろう。
セラフィリアは丁寧に説明を始める。
「英雄には、積み上げてきた伝説に基づいた信仰がつきものだ。信仰は信奉者を生み出し、それは無償で英雄の力となる兵士を作り出す。英雄達は信奉者達と共に、魔王を討ち滅ぼすんだ」
英雄達は魔王を撃ち倒す筆頭、リーダー。
五人全員が最悪の魔王を倒すのに貢献した最強の存在。
だが、どれだけ英雄達が力を持っていようと、それだけで魔王軍を蹴散らせるほど簡単な話ではない。
「英雄会議では、英雄としての格が問われると、お母様は言っていた。それが意味するのは、各英雄の信仰————信奉者の数で、英雄の派閥としての力量を問われるのだ」
「————つまりは、兵士をどれだけ集められるかっていうのが、半年後までの宿題ってわけだ」
そう言われれば、シンプルで合理的。
復活した魔王、そして魔王軍に対抗する軍事力を、英雄達がそれぞれ調達する。
それができないようなら、魔王と戦う意思がないと見做されることだろう。だからお母様は、準備をせよとアイスに指示したのだ。
「じゃあ魔王に立ち向かう魔女と魔法使いを、その学校で集めるってのか」
「いや————集めるってのは少し違うな。学校の奴ら、全員を信奉者にする」
「まじかよ!」
アイスのさらっと口にした言葉が部屋に響いた。
暖炉の炎が揺らめき、その影が壁に不気味な模様を描いている。
夕暮れの空が徐々に暗さを増していた。
リルは驚きの声をあげていたが、セラフィリアは渋い顔をするだけでそれに反論しない。
セラフィリアも、それくらいは必要だと思っていたからだ。
兵士を集め、軍を作る————たかが数十人協力者を集めるだけでは足りないのは明白だった。
「安心しな。俺には策がある」
アイスは相変わらずの余裕な表情を浮かべているが、そう簡単なことではない。
賢者の伝説は常識で、魔法を修めるものは誰もが知っていることだろうが、信奉者————命をかけて賢者についていく者はごく少数だろう。
魔法学校で、アイスがただ復活した賢者だと宣言するだけでは、絶対に目標の数の信奉者を集めることはできない。
では、どうするか————作戦を練らねばならなかった。
夜の帳が降り始め、部屋の空気は一層重くなっていく。
「とりあえずは編入試験だ。これに落ちたら話にならない。ひとまず、私は首席、『ロード・オブ・ウィザード』になって、学校全体を動かせるか試してみるつもりだ」
まあ、私の場合は編入というより復学だが。
セラフィリアの口調に、無意識に自信が混じる。
三年前にお母様の指示で同じ魔法学校に通っていた。
その時も入学からずっと首席をキープしていたから、復帰してからも余裕だろう。
「まさか学校に行くことになるとはなぁ、思いもしなかったぜ。そういえば、他の『ラウェルナ』の連中はどうするんだ」
「パブロは元の仕事、シエラにはすでにこの世界でのある仕事を依頼している。レスの奴は知らん」
アイス達はアイス達で、もうすでに動いているようだ。
ちなみにうちのメイドも一部協力するらしい。
と言っても、ジンはこの屋敷の防衛を任されており、カルメロはラムエリアについているので、協力できるのはリーヤとミュガの二人だけみたいだ。
「それから、セリー」
「?」
アイスはいつものようにセラフィリアのことを愛称で呼ぶ。
奴の顔はニヤニヤと笑っていた。
その笑みには、何か底知れない企みが潜んでいるように見えた。
「そう簡単に首席になれるとは思わないことだな」
セラフィリアがこの言葉の本当の意味を知るのは、新学期の始業式の時であった。
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