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第54話 魔女と賢者の邂逅

 吹雪が一層強さを増していく。

 目の前に現れた魔女の存在は、自然そのものに影響を与えているようだった。

 氷の粒が渦巻き、風が唸り声を上げて空気を裂いていく。

 空は灰色の厚い雲で覆われ、その中心には不気味なほど静寂な冷気が漂っていた。


 黒いローブが風に揺れ、彼女の背中に長い赤髪が広がる。

 エメラルドの瞳は、見る者全てをその冷徹な視線で射抜く。

 感情を感じさせないその瞳には、絶対的な力と冷酷さが宿っていた。


「おかえりなさいませ、アルファ様」


「「おかえりなさいませ」」


 メイド達が一斉に頭を下げ、声を揃えて出迎えの挨拶をする。

 アルファは無表情のまま、アストラ家の婦長であるジンに視線を向けた。


「ジン、何やら騒がしいようだな」


「お騒がせして申し訳ありません。ただ今来客が来ておりまして」


 アルファはアイス達の方を一人ずつ見る。

 その視線はまるで心の内側までも見通しているかのよう。

 感情は一切感じられないが、それでも圧倒的なプレッシャーがアイス達を包み込む。


 その後、アルファは後ろに振り返り、氷像と化したリック兄弟を見る。

 氷に覆われた二人の姿は、まるで時間が止まったかのように凍りついていた。

 アルファはそのまま視線をアイス達に戻し、軽く目を閉じて何かに納得したようだった。


「セラフィリア」


 突然名前を呼ばれ、セラフィリアは心臓が飛び跳ねるほど驚く。

 急いで頭を下げ、精一杯平静を保とうとした。


「おかえりなさい……お母様」


 声はわずかに震えたままだったが、それでも精一杯の敬意を込めて挨拶を述べる。

 アルファはそれを聞いた後、無表情のまま周囲を見渡し、ふと目を細めた。


「それから————ラムエリア、いるのは分かっている。出てきなさい」


「!?」


 アルファの口から飛び出したその名前は、誰もが予想していなかったものだ。

 それは、聞くはずのない名前だった。


 しかし、その声に反応するように、雪の地面から何かがもぞもぞと動き出す。

 そして、アルファの足元で小さい何かが顔を出した。


 それは、小さな蛇だった。


「おかえりなさいませお母様……このような醜い姿でご拝謁することをお許しください」


「よい、気にするな」


 小さい蛇から、聞き覚えのある声。

 それは、確かにセラフィリアの実の兄、ラムエリアの声だった。


「あいつ————あの時死んだはずじゃ……」


 リルが驚きの声を漏らす。


 やはり————お兄様は生きていたか。

 セラフィリアは心の中で既に薄々気づいていた。


 いくら敵対していても兄は兄。

 あの兄があれだけで死んでしまうとは考えにくい。

 あの時、アイスに撃たれても特に動じなかったのは、どこかでラムエリアの気配を微かに感じていたからだった。


 しかし、今のラムエリアは魔力を消耗しきり、蛇の姿でしか存在できないほど弱っているのだろう。


「それで、息子をこのような姿にしたのは————その男か?」


 指先が、アイスを正確に指し示した。

 アイスの方に魔女の冷たい視線が向けられる。

 アルファはアイスを一目見ただけで、彼がラムエリアを倒した存在だと悟ったのかもしれない。


「お、お母様! この者は————」


「よせよ、セリー。自己紹介くらい自分でできる」


 アイスはセラフィリアが発言するのを制する。

 彼の態度は、いつもの飄々としたものだ。

 ポケットに手を入れ、姿勢は崩さず、それでいて堂々とした様子でアルファの前に歩み出る。


 どんなに凄まじい存在を前にしても、悠然とした態度を全く崩さなかった。


 吹雪はますます勢いを増し、氷の風が空間を切り裂く。

 伝説の魔女と伝説の賢者の対峙が、この異常な嵐を呼び起こしたかのようだ。


 圧倒的なオーラを持つ超越した存在と。

 黒装束に黒眼鏡の不気味な男。


 異様な対面だった。


「俺の名はアイス。賢者だ」


 なんの捻りもない自己紹介。

 アイスの自己紹介は、驚くほどあっさりとしていた。

 まるで、その肩書きに何の意味もないかのような口調。


 それを聞いたアルファは、口元に笑みを浮かべ、初めて表情を変えた。


「クックック……なるほどな。お前のような男が出てきたか」


 アルファは冷たい笑い声を響かせる。

 そして、アイスの横を通り過ぎ、屋敷の奥へと進んでいった。


「ついてこい、お前一人でだ。話をしてやろう」


 アルファは背中越しに手招きしながら、屋敷の中へと進む。

 圧倒的な存在感と静寂が広がるかのような流麗な所作に、周囲は皆見惚れるばかりだった。


 しかしただ一人、リルだけがその存在に対し反抗的だった。


「あのさぁ、てめえが氷漬けにしちまったあれ、あんなのでもうちの仲間なんだわ。いきなり仲間をやっちまった奴と、うちのリーダーを二人きりになんてできるかよ」


「お、おい、リル……」


 リルは鋭い目で睨みつけながら、アルファの進行を遮るように立ちはだかった。

 セラフィリアが止めようとするが、リルは一歩も引かない。


「血気盛んなことだ。止めたければ止めてみろ小娘」


 アルファは冷淡な口調で言い放つが、その態度はまるでリルを眼中に入れていないかのようだ。

 その無関心さが、彼女の圧倒的な力を示しているようだ。


 その対応が、リルにとっては余計に鼻についたようだ。


「上等だ……いつまでそのポーカーフェイスを保ってられるか————」


「リル」


 銃を取り出そうとしているところに、アイスの低い声が飛ぶ。

 その一言に、リルはピタリと動きを止めた。


「話があんのは俺だ。てめえはすっこんでろ」


「ちっ……」


 リルは苛立ったように舌打ちをしつつも、アイスの命令に従った。

 拳銃をしまい、黙って後退する。


 アイスとアルファは、周囲の緊張をものともせず、そのまま屋敷の奥へと進んでいった。

 二人の背中が魔女の館の闇に消えていく光景を見送るも、セラフィリアは不安で仕方がなかった。


 一体……この先どうなるのだろうか……?


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