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第41話 異変

 低い声で呪文が囁くように発せられる。


 呪文の言葉が紡がれるたびに、手を(かざ)している目の前の大きな扉が不気味な光を帯び、生き物のように脈動し始めた。

 扉全体が光を発散し、しばらくすると、まるで何もなかったかのように静まり返る。

 ラムエリアは満足げにその光景を眺め、冷酷な笑みを浮かべた。


「フハハハ……これで完璧だ」


 その声は廊下の静寂を破って響き渡り、まるで闇そのものが嘲笑っているかのようだった。

 松明のかすかに揺らめく炎は、廊下全体を十分に照らすには弱く、光と影が不気味に入り混じっている。


 これでアストラ家は私のものだ.。

 全て私の思い通りになる日も近い……


 ラムエリアは扉に背を向け、溢れる笑いに肩を揺らしながら歩み出す。


 幼い頃から力を求めていた。

 魔女家に生まれつき、この家に魔法の全てがあることを知り、その全てを手中に収めたかった。

 長男として生まれ、それが当たり前に手に入るものだと思っていた。


 だが、魔女家というのは女性主義。

 女が台頭し、男が補助をする。

 昔から受け継がれている魔女家の伝統であり、決まりだ。


 なぜこの私が、そんなものに従わなければならない。

 そんなよく分からない旧弊(きゅうへい)に、私の野望を邪魔されてなるものか。


 何よりもあの妹が邪魔だ。

 あれがこの世に生まれたせいで、私の絶対的な地位が揺らいだのだ。

 そしてあれは、この私をも凌ぐ力を持っている。

 忌々しいことこの上ない。


 だが、()()さえあれば、もう煩わしいことなど何もない。


 ラムエリアは懐から『魔封じの結晶』を取り出す。

 それを見つめ、目を弧にして笑った。


 今まで様々な策を弄して奴を貶めようとしていたというのに、するするとすり抜けられた。

 だがそれも、これで終わりだ。

 妹の圧倒的な魔力さえ封じ込めてしまえば、兄である私に敵うことなどない。


 もはや邪魔者はいない。

 賊など些細な問題に過ぎない。


 母上に必ずこの私を認めさせてみせる。

 そうすればこの家の財産も力も、全てこの私のものだ……!


 赤い絨毯が敷かれた薄暗い廊下を進む足取りは、勝利の確信に満ちていた。

 彼の口元には冷たく微笑が浮かび、エメラルドの瞳は満足げに輝く。


 しかし————その静かな勝利の瞬間は、突如として破られた。


「!!?」


 背後で轟音が響き渡る。


 魔法をかけていたはずの大きな木製の扉が激しい爆発音とともに破られた。

 廊下全体が揺れ、埃と破片が舞い上がる。

 驚きとともに振り返ったラムエリアの表情は、まさに予期せぬ事態に直面した驚愕そのものであった。



「な、何事だ!?」



 *




 そして————アストラ家正面。


 朝の光を浴び、『ヴァイ・セヴァルト』の森の中から、アストラ家の館が忽然と姿を現した。

 庭の花々は朝露に輝き、整然とした石畳の道が玄関へと続く。


 玄関前の階段には、清廉なメイド服を身に纏ったジンが静かに立っていた。

 彼女の服装はその洋館に相応しくマッチしているものの、体から滲み出るオーラが圧倒的な存在感を主張している。

 朝の静寂の中で、ジンはこれから来るであろう訪問者を静かに待ち構えていた。


 我が主人(セラフィリア)にアストラ家に戻らないという選択肢はない。

 館の裏口は魔法で固く閉ざされているため、彼女が来るとしたら正面しかない。

 だからこそ、ここで主人の帰りを待っているのだ。


 まさに、ラムエリア様が願う通りとなった。

 ラムエリア様には、ここでセラフィリアを捕え、賊を殲滅せよとの命令が下されている。

 敵は恐らく3人、対して力を持っていない相手にジンが遅れを取るはずがない。



 しかし、ジンは心のどこかで何かが引っかかるのを感じていた。

 全てはジンの思うままに上手く事を進められているはずなのに、何かを見落としている気がするのだ。


 特に気掛かりなのは、不気味なあの男。

 何の力も持ってないはずなのに、ジンに立ち向かってきた黒い男。


 奴の何を考えているのか分からない目のせいか、はたまたのらりくらりと躱すように発せられた言葉のせいか————奴を前にして、ジンは必要以上に警戒してしまった。

 だからこそ、ただの人間からセラフィリア様を奪われてしまったのだが。

 だが、圧倒的な力の差を前にして、どうしてあのような行動が取れたのか。


 ただの虚勢か、それとも何か秘められた力が……?



 いや————無駄だ。

 これ以上考える必要はない。


 あの男が私と対峙して、あのような姑息な手しか使えなかったというのが、奴に大した力がないといういい証拠だ。

 注意しなければならないのは、人を操るという奴の妙な術だけ。

 それも、奴の手に接触さえされなければいいのだ。



 そういえば————


 ならばそういえば、あの男を最初、私はどうやって捕えたのだ————



「よう、さっきぶりだな」



 突然の声に、ジンは顔を上げる。

 黒く長い丈の服に黒い眼鏡をかけた不気味な男が、森の方から現れた。


 男に武器を持った様子はないものの、どこか余裕を感じさせる振る舞いでゆっくりと歩みを進める。

 それが、得体の知れなさを一層感じさせた。


 そして、最も意外だったのは、ジンの前に現れたのは奴たった一人だということだ。


「まさかあなた一人だけとは————死ににきたのですか?」


 ジンが探る限り、奴が以外の気配は感じられない。

 我が主人も、あの身軽な女も、ここにはいないということだ。


 無謀とも思える行動。

 一体この男は何を考えて、何を目的にここに来たというのか。


「ここに来るまで、いくつか迷いがあった」


 男はポケットに手に入れて、話し出した。

 深い息と共に吐き出された声が、静寂の中に響く。


「俺がこんなことをする意味があんのか。こんなに決断を急ぐ必要が本当にあんのかってな————でも決めたのさ。おもしれえと思っちまった」


 男はジンの方を、その後ろにあるアストラ家に向かって指を差す。

 そして、不敵な笑みを浮かべた。


「てめえらを分からせて、俺は賢者になる。誰の異論も求めちゃいねえぜ」


 明らかな宣戦布告。

 黒眼鏡の下にあるのは、こちらに向けられた明らかな害意だった。


 ジンもそれを聞いて余計なことを考えなくなった。

 目の前にいるのは魔女家を脅かすものであり、ジンが対処しなければならない標的。

 始めから何も変わらない。

 ジンは自分の仕事を全うするだけだった。


「————いいでしょう。力でねじ伏せればそれで終わりです」


 ジンは魔力を解放する。

 生物の域を超えた凄まじい魔力の波が、周囲に風を起こし、木々を揺らす。

 大蜘蛛の化身がジンの背後に大きく顕現した。


 そして、とてつもない速さで、目の前の敵に向かって疾駆した。



「さようなら」


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