第40話 疑惑の行動
広大な森林は、どこまでも続く緑の海のように広がり、不穏な静けさを漂わせていた。
豊富なマナによって発達した植物が、空に届かんばかりに高くそびえ立ち、通る者を威圧する。
倒れた木々や腐葉土が地面を覆い、無数の生物、魔獣達がその周りでひしめくのだ。
冒険ランクゴールド以上を求められる危険地帯。
その『ヴァイ・セヴァルト大森林』の中を、高速で移動する二人組がいた。
「セリー、あとどんぐらいだ?」
「ここを抜ければ、もうすぐ見えてくるはずだ」
セラフィリアとリルが、森林のあらゆる障害物を難なく突破しながら会話する。
木々を飛び移り、モンスターを無視して進み続ける。
リルの軽い身のこなしは相変わらずだ。
そして、魔法が使えないセラフィリアでも、人間離れした身体能力は健在だった。
そんな中、セラフィリアは納得いかないような顔を浮かべる。
「全く————あの男は一体何を考えているのだ……?」
*
数時間前。
アイス達は未明に洞窟を出発し、魔獣車で魔女の家————アストラ家に向かっていた。
無策であの化け物の住む館に押し入るのは、命を捨てにいくようなものだ。
冒険者の魔獣車の中で、アイス達はシーナを奪還するために、話し合う必要があった。
「くそしてるときみてえに難しい顔してやがったが、何かいい作戦でも思いついたのか?」
リルが相変わらずの口の悪さでアイスに尋ねる。
結局、あれから3時間ほどあの洞窟で待機し、ようやく重い腰を上げたのだ。
よほど煮詰まったアイデアを出してくるのかと思いきや————
「————まあ、特にねえな」
アイスはあっけなく、肩を竦めてそう白状する。
その態度に、セラフィリアは苛つきの頂点に至った。
「おい……あれだけ時間を使っておいて何もないだと……? もうとっくにシーナはアストラ家に連れて行かれている頃だ。太刀打ちできる術がなくなるのだぞ……!?」
アイスの得意なヒプノシスも。
リルのトリッキーな戦闘スタイルも。
全てを見透かされる。
それが分からない男ではないはずだ。
だというのに、アイスはこれ以上になく呑気であった。
「一応、最初の動きだけは決めてあるぜ。それ以降は全部アドリブだ」
「そんな適当なことがあんのかよ」
アイスはリルの突っ込みを無視し、魔獣車の貨物の箱の上に置いてある紙切れを手に取る。
先ほど、セラフィリアに書かせていたアストラ家周辺の簡略図だ。
その図面、アストラ家の館の正面玄関と記載されている場所に、アイスは人差し指を差す。
「俺が正面、お前らは裏だ」
3人の時間の流れが止まる。
アイスが、化け物達の住む館の正面に単身で乗り込むという、とんでもないことを口にしたからだ。
「そいつはアイスよぉ、てめえが囮になって、セリーを待ち受けている化け物共を惹きつけるってのか?」
リルが目を鋭くしてアイスに尋ねるが、否定しない。
だが、アストラ家の正面には、大蜘蛛の大群、ラムエリアの心無き兵士など、様々な防衛機能が待ち受けているに違いない。
アイスの申し出が現実性を欠いていることは明らかだった。
このタイミングで冗談を言うような男ではない。
気でも狂ったのか、それとも何か柵があるのか。
アイスは飄々とした態度を変えず、頬杖をついてリルに答える。
「安心しな。仕掛けはちゃんと打ってある————俺のヒプノシスは伊達じゃねえ」
*
魔獣車での作戦会議はそんなこんなで終わり、アストラ家にある程度接近した辺りで、冒険者達と別れた。
魔女家の場所を特定されるわけにはいかないからだ。
そして、各自行動を開始したのだが、セラフィリアはまだ腑に落ちていなかった。
「あの男に戦闘能力はないはずだろう。正面から行くなんて無謀だ」
「考えがあるって言ってただろ、まあ大丈夫だ」
どうしてあんな胡散臭い男のことをそこまで信じられるのか。
出会って日が浅いセラフィリアにとっては、疑問を感じざるを得ない。
あいつの策には致命的な欠陥がある。
まず、あの洞窟でジンは、私をアストラ家で待つと言っていた。
ならば、正面で待ち受けているのは間違いなくジンだろう。
洞窟でのアイスとジンの攻防には驚いたし、リルとの連携で欺くことができたことは素直にすごいと思っている。
だが、一対一の状況で、アイスがジンをどうこうできるとは思えない。
あのメイド長は、セラフィリアが全力で魔法を使えたとしても、勝てるかどうか分からない相手なのだ。
リルならまだしも、戦闘能力の劣るアイスには絶対に無理だ。
そして、アイスは二人に裏から館に入れと指示したが、普通に考えてそんなことは警戒されているに決まっている。
魔法を使えば扉を強固に塞ぐことも可能だし、幻惑魔法でまるで扉などなかったかのように偽装することだって可能だ。
魔法が使えない状態では、開けるどころか見つけることだって不可能だろう。
流石にそんなことはアイスも分かっているはずなのに、一体どうしてこのような作戦にしたというのだ。
「アイスの心配よりも、てめえの心配をした方がいいだろ」
「……」
セラフィリアはリルの言葉に何も返せなかったが、まさしくその通りだ。
これからアストラ家に向かえば、どう転んでも戦闘になる。
魔法が使えない状態では、認めたくないが戦力にならない。
誰と戦うにしても、リルの援護くらいはできるようにしておきたくはあった。
すると、前を走っていたリルが立ち止まり、セラフィリアの方に振り返る。
「これを使え」
リルが投げて渡したのは、銃だった。
これで手に持ったのは3度目であったが、今まで最も重たい気がする。
セラフィリアは息を呑んだ。
自分の命を、この鉄の塊に預けなければならない。
この武器を本当に扱えるのか、この武器はあの館の化け物達に本当に通じるのか。
これまで魔法にしか頼ってこなかった自分に、数々のプレッシャーが襲いかかる。
「使い方は分かるな?」
「……ああ、問題ない」
セラフィリアはそれをしっかりと懐にしまいこみ、再び前に進み出す。
そこから数分ほど森の中を進んでいると、石造りの大きな建物が見えてきた。
緑の海の中に浮かぶ、おどろおどろしい館。
大自然の中に突如として現れる魔女の気配が、途轍もなく異質であった。
リルとセラフィリアの二人はついに、アストラ家の裏側に到着したのだ。
「————じゃあ、いっちょ行ってみるか」
ダメで元々って言葉もあるしな。
リルはそう付け加えながら、前に進む。
どうせ、館の裏から入ることなどできない。
念のための確認として、あるいは敵の撹乱になるかもしれないという言い訳をして、リル達は館に近づいた。
すると————
「これは……?」




