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第39話 岐路

「もういい! このままでは手遅れになる!」


 セラフィリアがもう我慢できないと言わんばかりに、顔を真っ赤にして立ち上がる。

 そして、早歩きで洞窟の外へと出ていってしまった。


「————ったく、()()(ろく)にできねえのかあいつは……」


 リルもやれやれといった様子で立ち上がる。

 だが、それに対してアイスは全く動こうとしない。


 黙々と焚き火に木をくべ、その炎をじっと見つめている。

 焦燥に駆られた様子もなく、ただ平然と座っているだけのようだった。


 付き合いの長いリルからは、そんな様子のアイスがいつも以上に何かを考えているようにも見えた。


「アイス、セリーはあたしがまた説得してくるからよ。子守唄でも聞かせてやりゃまた大人しくなんだろ」


「……」


 反応はない。

 いつもなら軽口の一つや二つでも返ってくるところだが、それもなかった。


 リルは後頭部を描きながら、アイスに向かって話しかける。


「————あたしは、あんたの部下だ。だからあんたの決定に逆らうなんてことはしねえ」


 それに、あんたの決めたことは大体正しいからな。

 アイスは相槌を打つことはないが、気にせずリルは話を続ける。


「だからこれはただのお節介だけどよ————シーナには借りがあるだろ」


 シーナには旅の道中、様々なことで助けられている。

 シーナがいなければ、アストラ家でラムエリアに追い詰められて死んでいたかもしれないし、この洞窟でジンにも殺されていたかもしれない。


 貸し借りというのは、誰かを騙す上で前提となるものだ。

 詐欺というのは、基本的に相手との関係がフラットな状態でなければ成立しない。


 常に相手に何かを貸すことから始まるからだ。

 それは金かもしれないし、信用かもしれない。


 だから、詐欺師として、誰かに貸しを作ったままというわけにはいかない。



「それをあたしに教え込んだのは、あんただぜアイス」



 リルの進言に、アイスは顔色一つ変えない。

 言うべきことは言ったので、リルもそれ以上はアイスに構わなかった。

 アイスから視線を外し、洞窟の奥へと走る。


 洞窟内はまたも静かになった。

 焚き火の薪が爆ぜる音以外、何も聞こえない。


 アイスは懐から煙草の箱を取り出した。

 しかし、中には何も入っていない。


「迷っておるのか?」


 その時、アイスは誰かに話しかけられた。

 焚き火の(そば)で、治療を受け、横にさせられているラガスだった。


 体が弱りきっているラガスは、声もガラガラで消え入りそうなものだった。

 だが、その中には優しさと力強さを含んでいる。


「————確かに迷ってるかもしれねえな」


「にいちゃんにしては素直じゃねえか」


 ラガスは少し笑う。

 アイスが何かに迷う様子が意外だったのだろう。


 ゆらめく炎を見つめながら、アイスは珍しく心情を吐露していた。


「ここが、人生の分岐点ってやつなのかもしれねえ。こんなことをしても意味があんのか。俺の取ろうとしている選択は、果たして俺にとって本当にプラスなのかどうかを問われてやがる————まあ、そんな感じだ」


 最良の選択肢を選んだとしても、それは楽な道ではないのかもしれない。

 地獄の釜湯に足を入れるようなもので、それを乗り越えたとしても、待っているのは死のみかもしれない。


 本当にプラスになるのはどの選択肢か。

 一体、何が自分にとって利益になるのか。

 見極めなければならなかった。


「にいちゃんともあろう者が。恐怖を感じることがあるんだな」


 すると、ラガスが口を開く。

 薪が燃え上がり、赤々とした炎が洞窟の薄暗闇を押し返し、ラガスの顔をぼうっと映し出す。


「何事にも恐れないと思っていた。そう思わせるくらい、これほど芯の強い人間は他にはいない」


 それでも人間は人間だ。

 恐怖を感じない人間などいない。


 自分がどうなるのかという不安。

 これが正しいのかという迷い。


 それらは全て、()()という言葉で説明がつく。


「人生の岐路というのは、周りを一変してしまうような選択になり得る————でも、自分自身の奥底にあるものは何も変わらない。我は生粋の冒険者であり、にいちゃんは————」


 詐欺師。

 ラガスからその言葉が紡がれることはなかったが、アイスは根っからの騙し屋である。


 ここでは現実世界のロサンゼルスの時のような悪名は一切なく、ただの一介の冒険者にすぎない。

 それでもアイスは、この世界においても誰かを騙すという行為を行なってきた。


 たとえ世界一のギャングを相手にしようと、伝説の魔女を相手にしようと。

 アイスの詐欺師としての本性が歪むことはない。


「我の言葉も、ただのお節介になるかもしれんが————」


 ラガスは目線だけを動かし、アイスのことを見る。

 力強い戦士としての————いや、男の目だった。



「なりたい自分になれ、それが人生なのだ」



 静かな洞窟の中で、その言葉が深く重く響いたような気がした。

 それは、ラガスにかけられているアイスの術によって導かれた言葉ではなく、ただの年長者としての言葉だった。


 アイスは少し考えた後、サングラスを下げて、直にラガスと向き合う。



「なりたいものを目指した結果、てめえが求めてるような選択にならねえかもしれねえぜ?」


「生憎だが、我はこの通り死に損ないだ。そんな選択になったとしても、反対できんな」



 しばらくの間、アイスとラガスの視線が交錯する。

 薪が弾けるたびに、小さな火の粉が空高く飛び散り、虚空へと消えていく。

 まるで影絵のように地面に映し出されている二人の影は、焚き火の光と共に静かに揺れていた。


 そして————アイスがニヤリと口角を上げた。



「————いいぜ」



 アイスは立ち上がる。

 反動でボロボロのロングコートがはためいた。


「詐欺師が臆病になってちゃ世話ねえな。ちまちま小銭稼ぎなんてしちゃいらんねえ、やるならてめえの全てを賭けて、最大の利益を求めるまでだ」


 何より自分自身を賭けること。

 自分自身のみならず、周りにあるものを全て巻き込んで、掛け金に設定する。


 それが詐欺師の本懐。

 それを楽しめなくては、詐欺師失格だ。



「真の悪役がなんたるかを見せてやるぜ」


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