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第38話 絶望の自覚

 シーナは目を覚ました。


 自分の意識が戻っているのか、それとも失われたままなのか判断がつかない。

 頭痛がひどく、脳に釘を刺されているみたいだ。

 体も思うように動かず、呼吸もままならない。


 むせながら体を起こすと、そこは見知った空間だった。

 風化した石煉瓦の壁、充満した(かび)の匂い、そこら中を這い回る虫や鼠の声。


 ここは、アストラ家地下にある牢獄であった。


「目が覚めたか」


 頭上から声がかけられる。

 黒と深緑を基調としたローブ、女性のように長く伸ばした緑髪。

 セラフィリアの兄、ラムエリア・アストラだった。


 彼の目には、侮蔑の入った酷く冷ややかな感情が込められていた。

 その視線に耐えられず、シーナは俯き加減になる。


「この家の召使————貴様も賊を手引きした一人だということだ」


 ラムエリアがシーナの髪を掴む。

 そして、無理やり上に引き上げ、顔を上げさせられた。


「うあ……あ……!」


 頭皮に激痛が走り、呻き声が漏れる。

 苦痛に歪んだシーナの顔を、ラムエリアのエメラルドの瞳が覗き込んだ。


「貴様が見たものを、全て見せてもらうぞ」


 すると、ラムエリアの目が()()()、爬虫類のような縦長の瞳に変わった。

 まずい……その目を見てはいけない……!

 このままでは私は————


「————やめてください……!」


 シーナは渾身の力を振り絞り、ラムエリアを押し除け、彼の手から逃れる.。

 髪が抜け、頭部に更なる激痛が走ったが、気にしている余裕はない。


 あの目を見てしまったら……

 セラフィリア様の目的も、()()()の秘密も、全て筒抜けになってしまう。


 それだけは、それだけは————

 あの人達を危険に晒したくない。


 うまく動かない体に鞭を打って、ラムエリアから逃れようと必死に這いつくばった。


「まだ、賊共に手を貸そうというのか。忌々しい」


 ラムエリアは苛つきで少し顔を歪めながら、シーナを早足で追いかける。

 瞬く間に追いつき、シーナの背中を思い切り踏んだ。


「がああっ……!」


「悪あがきはよせ。すぐに終わらせてやる」


 いやだ……いやだ……!

 私のことを覗かないで————


 地面を掴み、なんとか前に進もうとするが、シーナの体はそれ以上動かなかった。

 そして、ラムエリアはゆっくりとシーナの顔に手を伸ばし、持ち上げた。



「さあ————私の目を見よ」



 それを見た途端、体が萎縮する。

 恐ろしいはずなのに目を離すことができない。

 突如として大蛇がそこに現れたと思わせる圧迫感が、シーナの体を硬直させた。


 ラムエリアの能力————『蛇の目』は対象の記憶、心の奥底まで全てを見透かす。

 まるで、心の中に蛇が入り込み、食い荒らされているような感覚だった。


 その状態のまましばらく経つと、ラムエリアは目を閉じる。

 そして、乱暴にシーナをその場に投げ捨てた。


「なるほど、随分と楽しそうに冒険をしてきたことだ」


 ラムエリアは懐から取り出した手拭いで、入念に手を拭く。


 見られてしまった。

 私の全てを。

 これで、あの人達はもう————


 シーナは最悪の結果を想像してしまい、わなわなと震える。


 すると、ラムエリアがシーナを踏んでいた足をどかした。

 そして————思い切り蹴り飛ばされる。


「ああっ!」


 シーナは牢獄の中を転がり、石煉瓦の壁に激突する。

 額をぶつけ、そこから出血し、一筋の血が頬を伝っていった。


 ラムエリアは苦悶の表情を浮かべるシーナを、再び蹴り上げる。


「————()()()の分際で、何を楽しそうにしているのだ!」


「だあっ……いたいっ……!」


 何度も蹴られる。

 顔を覆っていた手すらも跳ね飛ばして、何度も顔を蹴られた。


 口の中に血の味が広がる。

 瞼が腫れ、視界もだんだんと狭まってくる。


()()()()()()()()()出来損ない、貴様みたいなゴミが、自分が誰かと対等になれると思っていたのか!?」


 上から思い切り踏みつけられ、汚れた地面に顔を押し付けられた。

 銀髪の髪は、土と血によって違う色になっていた。


 シーナは痛みとともに思い知る。


 自分という存在は全て偽物。

 この魔女家で生み出された作り物だと。


 この痛みも、この感情も。

 全て、魔女によって生み出された紛い物。


 ずっと分かっていたはずなのに、忘れようと、気づかないふりをしようとしてきた。

 希望さえあれば、何かが変わると、そう信じてきた。


 でも、根本は変わらない。


「はあ……はあ……思い知ったか」


 シーナは抵抗するのを止めていた。

 顔を何度も蹴られ腫れ上がっているが、それすらもきっと作り物。


 虚ろな顔で、人形のようにただ宙を見つめていた。



「————貴様の使い道など、所詮()()()()()だ」



 ラムエリアは懐に手を入れ、何かを取り出す。

 それはジンが持っていた『魔封じの結晶』


 セラフィリアの魔力を封じ込めているものだ。


「貴様の前任者————貴様はなぜか母親と呼んでいたな……フフフ、貴様と同じ出来損ない、これがその成れの果てだ」


 黒く刻まれた禍々しい刻印。

 洞窟で魔法を発動した時にシーナの体に出ていたものと同じもの。


 薄々、気づいていた。

 よく見れば心臓のような形をしているその結晶。


 それは、シーナの()()()()()()()だ。

 私が大好きだったはずのお母様は、ある日を境に変貌し、そして最後にはただの道具として作り替えられてしまったのだ。


「貴様もいずれこうなる。母親にも見捨てられ、飼い主にも見放され、そして、最後には崇拝する賢者だと思っていたものにすら騙されて、死んでいく————滑稽にも程があるな」


 ラムエリアは目を弧にして嘲笑した。


 彼の持っている『魔封じの結晶』

 それはシーナが行き着く運命を表している。


 何にもならない、何の役にも立たない。

 生きている価値のない存在。

 人間でもない、偽りの存在。


 唯一役に立てるとすれば、その身の呪いを用いて、ただの道具と成り果てることだけ。


 私が紛い物だという前提を、変えることはできないのだ。


 すると、ラムエリアが一歩、シーナの元に近づく。

 そして————大きく手を振り上げた。


「今から貴様は死ぬ。自分の運命をあの世で憎むが良い!」


「————っ!」


 シーナは反射的に目を瞑る。


 これでおしまい。

 私の作り物で、偽物としての人生はこれにて————



「だが————まあいい」



 自分の死を悟り、ラムエリアの死刑執行を待っていたが、なぜかその手は振り下ろされなかった。

 気が変わったかのようにラムエリアは手を下ろし、再び邪悪に笑う。


「私が手を下すことですらないのだよ————そうだな。ここはちょっと思考を凝らしてみるとしよう」


 ラムエリアはシーナの服を掴み、地下通路を引きずって歩く。


 鼓動が収まらない中、移動させられたのは賢者の扉の前であった。


 神が作ったかのような造形の、大きな扉。

 暗闇の中でも光り輝くその扉は、シーナがずっと崇拝してきたものだ。


 今は扉の片方が開け放たれ、その先に更なる暗闇が広がっている。


「この扉は、賢者を名乗るあの賊共がやってきた別の世界に繋がっている。どうやら、そいつらを追っている者共がこの先で待ち構えているらしい————『蛇の目』を使ってこの者共を見透かしたが、どいつもこいつも血に飢えた獣のような奴らだった」


 私のような高貴な者とは違うのでね。

 貴様のような体でも、凌辱し、あらゆる欲の捌け口とされ、しまいには殺されることとなる。


 ラムエリアは扉の横にある石像————ラムエリアが魔法で石化させた別世界の住人達を指差して、そう言った。

 確かにその者達の格好に品性はなく、女子供でも平気で手にかけるようなそんな類の連中だと思わせる。


 シーナの体が震え出す。

 その先に行ってはならないと本能が悲鳴を上げており、地面にしがみつきたくなった。



「最後に楽しませてくれよ。ここから生きて帰れたら貴様を許してやる」


「いや————いやあああああああああっ!!」



 ラムエリアはシーナの体を掴み、扉の先へと放った。

 シーナの体は時空の狭間、そしてその先へと、吸い込まれていった————


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