第37話 取るべき選択
落石が除去され、アイス達が救出されたのは、それから1時間後のことだった。
洞窟に残っていたのは、満身創痍のラガスと数人の冒険者のみ。
ラガスは虫の息だったが、シーナの先程の治療と、冒険者達のポーションのおかげでなんとか一命を取り留めたみたいだった。
「ぐあっ!」
リルが冒険者の一人を殴り飛ばす。
地面を転がり、顔押さえて呻き声をあげた。
「な、何をするんですか!?」
「————別に、ちょっとイライラしただけだ」
そう言いながら、リルは意識を失っているラガスを見る。
これが八つ当たりだということは自分でも分かっていた。
自分に何もできなかったことに腹が立つ。
リルの憤りは、他のメンバーも一緒だった。
あの状況で、何か行動を起こせたのはシーナだけだった。
そういえば、シーナが魔法を使った後はいつも体調が悪そうだった。
最初に賢者の扉の前で出会った時も、屋台を出して冒険者達を騙した時も、銃の弾丸を複製してもらった時も、決まってその後は意識を失っていた。
魔法を使ってはいけないという呪い。
シーナは禁忌を破って、アイス達に貢献していたのだ。
その事実に、何も思わない訳がなかった。
「そ、そんな理由で————」
「いや、いいんだ」
抗議しようとした女冒険者を制し、殴られた中年の冒険者が立ち上がる。
くすんだ髪色のその男の風貌は見窄らしいが、冒険者達の中で最も年長者のようで、このパーティのリーダーであることが分かる。
「俺はミゲル、アベントでブロンズの冒険者をやっている。情けない話だが、クレイグに踊らされていた冒険者の一人だ」
冒険者達が皆、視線を下に落とす。
クエストの独占により、十分な収入が得られなかった下級冒険者。
今回はクレイグに命じられ、ラガスを誘導する大きな囮として全員駆り出された。
そして、これもクレイグの指示により、あのタイミングでこの洞窟に現れたのだという。
「金貨の雨に群がる同僚達を見て、俺達は気づいたんだ。俺達が目指している冒険者はこんなものではないと。確かに金に困ってはいたが、金に換えられないものもある」
ミゲル達以外の冒険者は、ジンがばら撒いた金貨を根こそぎ奪い取って、帰って行ったらしい。
だが、それが真の冒険者の姿なのかと。
こんなにもボロボロになって戦った冒険者を捨て置いて、金だけ取って去っていくのが冒険者なのかと。
ミゲル達は自分自身に疑問を持ち、そして今までただクレイグの言いなりになっていた自分達に絶望したのだ。
「贖罪ではないが、俺達にできることがあれば何でも言ってくれ。あんた達の助けになりたいんだ」
食料も獣車も持ってきている。
とりあえずは、ラガスをアベントの医者の元まで送っていこう。
ミゲル達は、そう申し出た。
「————そうかい。で、これからどうするアイス」
アイス達にとっては、命を拾ったようなものだ。
シーナが体を張っていなければ、全員もれなく死んでいた。
彼女の意思を尊重するならば、このまま逃げるという選択肢もありだと思っている。
だが、セラフィリアがいち早くその選択肢をなしにした。
「決まっているだろう。ジンを追いかけるぞ」
「別に決まってねえよ。あの化け物を今のあたし達が追いかけてどうするってんだ」
セラフィリアは魔法を使えない。
銃弾も限りがあるし、あの女に対して効果的とは思えない。
この状態で考えなしにジンを追いかけるのは自殺行為だ。
「だ、だからと言って、この私が魔法を封じられたままでいていいわけがない! 私はアストラ家の次期当主だ! 今すぐにあの『魔封じの結晶』取り戻すべきなんだ!」
セラフィリアのあまりに自己中心的な発言に、リルがぷつんとキレる。
ずかずかとセラフィリアの方に大股で歩いて行って、銃を向けた。
「おいクソ野郎。誰のためにこんなところまで来て、こんなことになってると思ってやがるんだ。今の状態のてめえなら、一発ぶち込んで黙らせてやってもいいんだぜ」
「……!」
目の前に凶器を突きつけられ、セラフィリアは流石に黙るしかなかった。
その銃の威力はもう知っている。
それが簡単に人の命を奪うことも。
だからこそ、不用意に口を開くことはできなくなってしまった。
「分かったら口を閉じな」
セラフィリアとて、自分の言っていることが非現実的で筋が通っていないことは分かっていた。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「だったら————シーナはどうするんだ」
銃口が眉間に当たっているにも関わらず、セラフィリアは臆さずに言葉を発する。
みんなを庇って連れて行かれたシーナを、そのまま見捨てるのか。
そのセラフィリアの主張に対し、リルは眉を顰める。
「シーナなら、もう死んだんじゃねえのか?」
「いや、恐らくまだ死んでいない」
洞窟での一件、ラガスに治癒魔法を行使して意識を失っていたが、あの時点で死んでいないのはほぼ確実である。
死んだ者を連れて帰るという無駄を、ジンはしないからだ。
しかし、このままアストラ家に連れて行かれれば、確実に殺されることになる。
「てめえに仲間意識があったとは意外だな。あたし達は仲良しごっこをしたいわけではねえぞ」
「確かにシーナには今までサポートしてくれた恩があって、だから助けたいという気持ちはある。だがそれ以上に、このままシーナを放っておくのは得策じゃない….…!」
シーナはこの後、ラムエリアの元に連れて行かれ、『蛇の目』によって心を見透かされるだろう。
セラフィリアの兄————ラムエリアの能力の一つである『蛇の目』は、対象の記憶、そして心の中を全て覗き込むことができ、対象を操ることもできるという危険なものだ。
それを使われれば、アイス達の情報は全て真実としてラムエリアの元に渡ってしまうことになり、そうなってしまえば、アイス達はいよいよラムエリアに太刀打ちができなくなる。
「このままじゃ奴らに弱みを握られることになる……だから、ここで追いかけないという選択肢はないだろう!」
「……」
リルとセラフィリアの視線がぶつかる。
冒険者達も、二人の口論の行く末を静かに見守っていた。
するとリルが、溜め息をついて銃を下ろす。
「はあ……ったく、シーナの方がよっぽどうまく喋ってたぞ。ガキみてえに自分勝手に喚きやがって」
「な、なんだとぉ!?」
やれやれと言いたげな態度に、セラフィリアが膨れる。
どうやらリルの感情も鎮まり、いつもの雰囲気に戻ったようだった。
リルは銃を懐に仕舞い込み、アイスの方へと振り返る。
「だってよリーダー、こう言ってるがどうするよ。あたし達が現実に帰れるかどうかってところも関係しそうだぜ」
「————少し、考えさせろ」
景気良く行こうと明るく声をかけたリルだったが、アイスはいつになく真剣な面持ちだった。
右手を口元に当て、必要以上に動かず、思考に集中している。
まさか、アストラ家に向かうことを躊躇っているのではないか……?
もたもたしていると、シーナに『蛇の目』を使用され、殺されてしまう。
今すぐに行動すべきだというのに————
「おいアイス、貴様————」
「落ち着けよショートヒューズ。ここで慌てたってしょうがねえ」
アイスはセラフィリアが口を出すのを、左手で制する。
そして数十秒間、アイスは不動でただ思考を巡らせていた。
そのサングラスの奥に何を見ているのか、誰も想像することはできない。
しばらく考えた末に、アイスは結論を出す。
「出発は夜。それより早くは動かない。重要なのはタイミングだ」




