第14話 目的
異世界の旅が始まったアイス達一行は、ひとまずこの森林地帯————『ヴァイ・ゼヴァルト』を抜けようとしていた。
歩みを進める度、陽光が枝葉の間を透過し、様々な模様が土草の地面を彩る。
太陽に照らされて映るのは、どれも現実世界では見たことのない植物だ。
樹木、草花、そして虫や動物など、この森に生息している生物は皆、異様な進化を遂げていた。
その秘密は、この森に満ちたマナ。
『ヴァイ・ゼヴァルト』は、魔力のこもる植物や数多くの強力な魔獣が生息することで有名とのこと。
そのため、実力者のみがここに入り、狩りをすることが許される。
そして、たとえ実力者だったとしても、森の奥深くには絶対に入るなと言われている。
その理由は、魔女に連れ去られてしまうから————
そんな森を抜けるために歩いている中、セラフィリアはとある単語を口にした。
「「賢者の石?」」
アイスとリルが口を揃えて復唱する。
セラフィリアは頷き、先頭を歩きながら話を続けた。
「そうだ。これから私達は『賢者の石』を手に入れる」
黒いローブをはためかせ、セラフィリアはこのパーティの目的を提示した。
この足場の悪い場所で、その格好は歩きにくくはないのだろうか。
アイスのロングコートも大概だが……
すると、左を歩いていたシーナが、アイス達の方に身を乗り出す。
「もちろん! 賢者様がお作りになられたのですから、ご存知ですよね?」
リルが、アイスの方を見る。
ワンテンポ遅れて、アイスが口を開いた。
「————まあな」
「さすがです!」
シーナの後ろにいるセラフィリアが、ジトっとこちらを見ている。
当たり前だが、アイスはそんな石のことなど知りようもない。
ただ、『賢者』というワードが含まれていることから、それに関連するものだということだけは分かる。
「もちろん、リル様もご存知ですよね!?」
「ああ、当たり前だろ……うまいよな? あれ……」
「え? 『賢者の石』って食べられるものなのですか……?」
「あー……悪かったよ。あたしはその石とやらを忘れちまった。何なのか教えてくれシーナ」
そういえばアイスの適当すぎる嘘も信じる天然だったな、とリルは肩を竦めながら小さく呟く。
リルは逆にシーナに質問することで、情報を聞き出そうとした。
セラフィリアの視線がより一層強くなった気がする。
そんなことは梅雨知らず、アイスに質問されたシーナは目を輝かせて話を始めた。
「はい! 『賢者の石』とは賢者様によって作られた魔法の触媒と聞き及んでおります。なんでも、『賢者の石』を手にすれば、この世の全ての魔法を扱うことができると」
色は血のように赤く、宝石のような形をしていると言われている。
賢者が持ちうる知識の全てを詰め込んだ結晶であると。
それを手にし、魔法を行使すれば、どんな魔法でもこの世に顕現させることができる。
この世の全ての魔法を扱えるということは、魔法で動くこの世界を統べることができるということ。
全世界の魔法使いが求める、最強の魔法道具だ。
「————と、母様から昔教わりました! 賢者様はこれを手に入れて、本物の英雄として復活するのです!」
「まあ、英雄『賢者』の伝説と同じく、お伽話の域だ」
興奮するシーナの後ろで、セラフィリアが冷静に補足する。
500年もの間、伝説として語られ続けてきた『賢者』によって作られた伝説の魔石。
それくらい未確定で、未知の代物だということだ。
「だが、『賢者の石』は必ず存在する。私達はこれを手に入れることで、自分達こそが本物の賢者であると証明するんだ」
セラフィリアはこちらに振り向いて、そのように言い切った。
流石に疑問を感じたリルが、手を挙げてセラフィリアに質問する。
「その————なんちゃらの石を手に入れることがなんで賢者の証明になるんだ? レッドダイヤモンドみてえにクソ高いのか?」
それなら高い財力の証明くらいにはなるわけだが。
そんなに陳腐なものでもないはずだ。
「金を積めば手に入れられるものではない。『賢者の石』を手に入れるためには、試練をクリアする必要がある」
セラフィリアは三本の指を立てて、アイス達に提示する。
それを一本ずつ折っていき、賢者の試練と呼ばれるものを説明し始めた。
~~
黄金の角を折り、残虐な水を汲む
選ばれし勇者の右腕を代償に、王の供物を捧げれば、大いなる鍵を作る資格を与えられる
鍵によって開かれた先に、無限の知識が眠っている
~~
「————これが、『賢者の石』伝説として、魔女家で言い伝えられている内容だ」
「また、呪文が出てきたな……」
リルが目を回していた。
ハリーポッターで出てきたような出てきてないような生物を並べられても、異世界生まれではないアイス達にとってはちんぷんかんぷんであった。
「伝説に出てくる『黄金の角』とは、『ミノタウロス』から採れる希少な角のことだ。そして『残虐な水』とは、『バエル・エンファ』から採れる酸の体液。どちらも私が数年かけて調べ上げた。間違いない」
生物に対する豊富な知識があるかどうかという課題は、すでにクリアした。
あとは、標的を探し出し、仕留める力があるかどうかが問われる。
要するに、そのモンスターの素材を集めるのが困難であり、それが賢者の試練だってことだろう。
「わかったわかった。とりあえずそのよう分からん何かを手に入れればいいんだな? で、俺達トレジャーハンターは何をすりゃいいんだ?」
「分からん、だからまずは森を出たところにある人間の街に行って、情報を集める」
こいつはニコラス・ケイジもお手上げだな。
アイスは肩を竦めながら、呟く。
セラフィリアはこの一行の目的を話し終えると、再び前を向いて歩き始める。
アイス達も生い茂る草木を掻き分けてそれに続いた。
人間の街に出るために、まずはこの森を出なければならない。
魔獣も多く棲息するこの地帯に長居するのは危険だ。
セラフィリアについて後ろを歩いていると、リルがちょんちょんとアイスの袖を引っ張る。
「……なあ、アイス。この世の全ての魔法が使えるってことはさ————」
リルが何かを思いついたようにアイスに耳打ちをしてきた。
アイスは前二人に気づかれないようにリルに顔を寄せる。
「その魔法で、もう一つ『賢者の扉』を作ることも可能なんじゃねえか……!?」
「————できるかもしれねえな。そいつは愉快な話だぜ。リル」
アイス達の問題は、唯一の現実への帰り道が魔女達に、そしてアーロンによって塞がれていることにある。
しかしそもそも、無理にそこから現実に帰ろうとする必要はなかったのだ。
どんな魔法でも使えるという『賢者の石』を手に入れ、別の賢者の扉を開くことができれば、アイス達は安全に現実に戻れる。
全ての問題が万事解決ということだ。
この異世界の旅にいまいちピンときていなかったが、これでアイス達にも目的ができた。
「おい貴様ら! 何をこそこそしている! 勝手な真似は許さんぞ!」
「へいへ〜い、わかってますよ」
疑い深いセラフィリアに対し、リルが適当に返事し、口笛を吹く。
セラフィリアはむすっとしながら再び前を向いた。
それぞれ違う思惑を持ちながら、同じ目的のために森を進む。
そして、しばらく歩いていると、その先に植物があまり生えていない開けた場所があるのが見えてきた。
「あそこから道に出られそうですよ!!」
シーナが指を差し、きゃっきゃと興奮した声を出す。
ようやくこの森を抜けることができ、そして魔女の家からも遠ざかることができたと、安堵していた。
だが————突如、前を歩いていたセラフィリアが立ち止まる。
「……何かいるな」
「確かに————匂うぜ?」
リルも野生の嗅覚でそれに気づいたらしい。
アイス達は、その開けた場所に出る前に、木の影に隠れて様子を窺うことにする。
木の影から見た先には、大男が立っていた。
樽のように大きな体躯を持つその男は重厚な鎧を身に纏う。
頭からつま先まで鉄の甲冑が光を反射していた。
兜の間から、長い髭と後ろ髪が風に靡いている。
その存在は、まるで巨大な岩のように感じられた。
「間違いない……! あれは、冒険者です!」
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