第13話 思惑
「————まだアイスは出てこねえんすか」
部屋に男の不機嫌な声が響く。
煙草の煙がカーテンから漏れ出る朝日の光によって浮かび上がり、空間全体が微かな霧に包まれていた。
ここは『ラウェルナ』が事務所として使っていた場所。
ソファも机も、床に敷かれた絨毯までも、どれもぼろぼろで古臭いが使えなくはない。
アイスがいなくなった今、反旗を翻した男————フレッド達が占拠して使っていた。
「すいやせん。野郎どもがあの扉の向こうに探しに行ったんですがそっから先が応答なく……」
「ちっ、罠すか」
フレッドが焦りを表情に出す。
紺色のスーツの足がガタガタと貧乏ゆすりを続け、短い金髪の下の額に浮き上がった血管が苛つきを示していた。
あの夜、アイス達を追い詰め、奴らは倉庫に籠城したかに見えた。
なので部下に後始末を任せたのだが、その部下が一向に帰ってこない。
気になって倉庫に入ってみると、もうそこにアイス達の姿はなく、倉庫の奥の方に先が真っ暗な扉があるだけだった。
倉庫の裏口から出て行った様子もなく、アイス達はその扉に入って行ったと思われる。
きっと地下に繋がっていて、フレッドの知らない『ラウェルナ』のアジトがあるに違いない。
あの男のことだ。どんな罠を張り巡らせているかも分からないので、そこから先に踏み込めないでいる。
「えらく気弱な大将だなぁ……フレッド」
すると、アーロンが酒瓶を持ちながら焦燥感に駆られるフレッドに近づいてきた。
褐色の肌、筋骨隆々の体を大きく振りながら、爬虫類のような目がぎょろぎょろと不規則に揺れている。
呑気に酒を煽りながら、フレッドのことを茶化してきた。
「なんだと……?」
「あんな奴ら、俺が行きゃぱぱっとヤって食っちまうんだけどなぁ? 何をうだうだやってんだがなぁ?」
挑発するようにフレッドの方を見下す。
こいつは、仕事で数々の人間を殺してきた。
時には銃で、時にはナイフで、時には手で、足で、歯で————
何を使っても人を殺すことができる。
奴にとって殺しは必要に駆られて、ということはない。
本能の赴くままに、自分がしたいと思った時にするのだ。
そんな危険すぎる男を、フレッドは正直扱いきれずにいる。
フレッドは細心の注意を払って、苦言を呈した。
「……あんたはアイスのことを全然知らねえ新顔だからそう言えるんすよ。大人しく指示に従ってください」
そう言うと、アーロンはケッと唾を吐き捨て、奥に引っ込む。
こいつ以上に注意しなければならない男こそ、アイスだ。
奴の催眠術には、この数的有利をあっという間にひっくり返すような力がある。
それに、相手には戦闘マシンのリルまでいる。
こっちの戦力を下手に減らしては、あいつに勝てない。
よって、フレッドが出した結論はこうだ。
「————俺達の仲間を全員召集してくださいっす。ロスの外のやつも全員。一週間後の朝に決着をつける……!」
*
同時刻、異世界。
アストラ家の地下牢獄。
左側が粉砕された『賢者の扉』の前に、一人の魔法使いと、一人のメイドが集まっていた。
「なんたることだ……!」
アストラ家の長男————ラムエリア・アストラは壊れた『賢者の扉』を見て驚愕していた。
帽子を取り、緑髪を掻き上げ、憤怒の感情を表に出す。
「これを、あの賊がやったのか……なんという————」
「いえ、そう決めつけるのは早慶でしょう」
その時、横にいたアストラ家のメイド長————ジンが意見する。
怒りを露わにしているラムエリアに対し、ジンの表情は何一つ変わらない。
あくまで冷静に、この状況を客観視していた。
「扉の破片はこちら側に飛んできています。であれば、扉は向こう側から破られたと考えるのが妥当でしょう」
ジンは壊れた左扉の破片を指差す。
もしこちらから扉に破壊工作を行えば、破片は扉の奥になるはずだ。
反対側から何かしらの衝撃を与えられて破壊された。
それが意味するのは、つまり————
「じゃあ、なんだ? あの賊はこの『賢者の扉』の向こうから来たとでも言いたいのか?」
「そう考えれば、外から侵入した形跡がないことにも説明がつくのではないですか?」
ジンが召喚し、制御している大蜘蛛は、館内だけでなく、屋敷の外にも見張りとして配置している。
もし、侵入者を発見すれば、ジンはすぐに気づくことができる。
しかし、この夜の間、アストラ家に侵入する者を察知できなかった。
ともすれば、『賢者の扉』が壊れていることも考えると、あの者達はこの先からやってきたという可能性は十分にあり得る。
あるいは、あの者が伝説の賢者————
「いいか、ジン。余計なことを言うな……!」
そこまで、思考を働かせた瞬間、まるで心の中を読まれたかのようにラムエリアに釘を刺された。
杖を喉元に突きつけられる。
ジンはそれに対し、微塵も驚かず、微塵も臆すこともなかった。
ただ流麗な所作で、両手を腹の前で合わせ、頭を下げる。
「失礼しました」
ラムエリアはフンと鼻を鳴らすと、杖を下ろして再び扉の方に振り向く。
彼の怒りの矛先は、賊に向けられているわけではない。
「あの賊供はセラフィリアが転移魔法で連れてきた。そうだな? ジン」
「おっしゃるとおりです」
ジンはラムエリアの言葉を肯定する。
彼の妹————セラフィリア様が賊供を連れて屋敷の外に逃げたことは、すでに知れ渡っていた。
妹でありながら兄に逆らった。
自分の思い通りにならないセラフィリアに対し、ラムエリアは苛立ちを隠せずにいる。
ラムエリアは徐に歩き出した。
牢獄の奥深くは漆黒の闇に覆われ、呼吸することもままならないほどの瘴気に満ちている。
虫が影に紛れて這い回り、冷たい鉄格子や壁をなめるように移動していた。
そして、ラムエリアは『賢者の扉』を通り過ぎ、その奥の壁の前で立ち止まる。
「————従って、この者達も決して賢者の使徒などではない」
ラムエリアが杖を突きつけたのは、体を縛られて動きを封じられた、フレッドの部下だった。
『賢者の扉』に入ってしまい、この屋敷に迷い込んだ、元『ラウェルナ』のメンバーである。
「た、た、たすけてくれ……! 俺達の知っていることは全部喋っただろうが!」
既に二人、仲間があの杖によって、壊された。
二人の残骸が自身の左隣に転がっており、これから自分が迎える運命を物語っている。
そして、ラムエリアが杖を振った。
すると、悍ましい感覚が男の下半身から迫り上がってきた。
体が瞬く間に、冷たい石のように動かなくなる。
「たすけ、たすけてーー!!!」
体が死んでいく感覚に、男は悲鳴をあげる。
それは決して比喩などではなく、ラムエリアの魔法によって、体が徐々に石化していた。
その侵食は胸に至り、首、そして顔へとゆっくり進んでいく。
やがて、悲鳴も聞こえなくなり、その石像はバランスを崩して倒れ、砕け散った。
「ひ、ひぃぃ!! いやぁああ!!」
恐怖の光景に、ついに最後の一人となってしまったフレッドの部下が恐れ慄く。
ラムエリアはその人間に杖を向けて近づく。
魔人らしい邪悪な笑みが、その部下の最後の記憶に焼きついた。
「なあ、貴様もそう思うだろう? 弱き人間よ」
牢獄に悲鳴が響き渡る。
魔女の家に迷い込んだ人間は、生きて出ることはできない。
蜘蛛が、そして蛇が、その人間達を丁重にもてなすからだ。
やがて、数秒間続いた絶叫が止み、ラムエリアが牢獄から出てきた。
「————ジン、セラフィリアを連れ戻せ」
「承知しました」
ジンはラムエリアに命令に即座に返答する。
一礼し、ラムエリアに背を向け、牢獄を離れた。
そして、再び思考を働かせる。
(ラムエリア様の思惑はともかくとして、あの者には魔力を感じられなかった。やはり賢者ではなくただの人間なのでしょうか……?)
賊達が『賢者の扉』から来た可能性が高くとも、そこが少し不可解だ。
奴らを捕らえた際に、その体から一切の魔力を感じられないことには気づいていた。
魔法の始祖である賢者が、魔法を使えないなんてありえない。
よって、奴らはただの人間……?
(しかし————ただの人間が私の蜘蛛を殺せるでしょうか?)
屋敷の蜘蛛が殺されたことは、ジンがいち早く気づいていた。
ジンの大蜘蛛は、上級の冒険者でも苦労するモンスターだ。
魔法が使えない人間が、どうやって倒したのか————
考えている間に、ジンの顔には笑みが浮かんでいた。
酷く冷たく、恐ろしく、そして美しい笑顔だった。
「これは————久しぶりに腕を振えそうですね」
読んでくださりありがとうございます。
今作を読んで、なんかおもろそうやんと少しでも思ってくれたら↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




