役目を終える時
「何・・・言って・・・」
「柊さんとの時間は・・本当に素敵で、最高の時間でした。大好きな気持ちはずっと変わらないし、これからもきっと、あなた以上の人が見つからなくて、結局一人でまた図書館でソファーを凹ませちゃうんだろうなって、わかってるんですけど。でも・・・」
茉乃はもう泣かなかった。柊の目だけをしっかりと見つめる。部屋は壁も棚も本も、綺麗に凍りついて白くなっていた。
「でも。もう会えないんです。私を、私だけを向こうに返してください。それで・・・お別れです。」
「どうして!?一緒に行くことだって、また向こうで時間を作って君とこっちに戻ることだってできるだろ!?なんでそんなことを言うんだ!!」
「・・・ごめんなさい。」
「茉乃?」
柊が茉乃の肩を掴み、強く揺さぶった。
「何か隠してるね、茉乃!俺に言えないことを何か知ってるの?俺達約束したじゃないか!ずっと一緒にいるって!!」
そして茉乃は、柊からそっと離れてバッグの中から箱を取り出した。
「これ、お返しします。」
「・・・茉乃・・・」
それは、あの日もらった大切な指輪だった。でもどうしてもそれを受け取っておくことができず、茉乃は苦しい表情を浮かべながら、それを柊の手に握らせた。
「私を返してください。そしてもう二度と世界を飛び越えるようなことしないでください。お願いします。」
「・・・」
そうして茉乃は、真っ青になった柊を置いて研究室を急いで離れた。
「どういうことなんだ!」
柊は一人、その部屋で、指輪の箱を握りしめたまま混乱していた。
なぜ茉乃があんなことを言うのか、気持ちが離れた?いやそんなはずはない。こんなに近くにいて、彼女の気持ちは痛いほど伝わってきていた。
(じゃあ、なんで・・・)
そしてふと、ある人の顔が思い浮かんだ。
(鷹宮さん?)
その瞬間柊は研究室を飛び出していた。車にも乗らず、屋上から飛び立つ。この時期は寒さが堪えるので飛ぶことはほぼ無いが、その日の柊にはそんなことを言っていられる余裕がなかった。
そして、二十分ほど飛んだ先にある建物の屋上から、階下に降りていった。冷え切った体で震えは止まらない。
「鷹宮さん!!」
ノックもせずにかじかんだ手でドアを開け、鷹宮が秘書らしき人と話している場面を遮った。
「鈴村くん!・・・そうか、終わったんだな。ああ、いい。彼が来るのはわかってたことだから。さあ、そこに座って。」
秘書が柊を追い出そうとするのを止めて、鷹宮は柊を来客用のソファーに座らせた。
「鷹宮さん、茉乃に何を話したんですか!?」
「鈴村くん。少し落ち着いて。最初からきちんと話すから。」
そう言うと鷹宮は柊の前にゆったりと腰を下ろした。
「何から話そうかな。まずは君のお父さんの話をしようか。」
「父ですか?」
「ああ。君は知らされていないと思うが、君のお父さんは君と同じ、日本で働く天才魔法術師だった。彼も君と同じ悲願を抱え、この国でその力を役立ててくれていた一人だったんだ。そして・・・すみれさんとは別れたんじゃない。死別したんだ。」
「え?」
これまで全く聞かされていなかった情報に、柊の頭はより混乱していく。
「それは、君達親子にしかない力のせいだよ。君の異能、世界を渡る力のせいなんだ。」
「そんな!」
「その力は君の寿命や時間というよりも、命そのものを削る恐ろしい力なんだ。君のお父さんは十分にそれを理解して使っていたが、それも君と同じ、文字を再生させるためだった。ただ彼は目的の力を得ることができず、結果的にどうにもならない状態まで命をかけてしまった。」
とんでもない話を聞いてしまったが、むしろ頭は冷静になった。茉乃のあの言葉や態度の意味がわかってきたからだ。
「そして君のお父さんに頼まれたんだ。もし君が同じ力を持ち、同じように世界を渡っていくことがあれば、助けてやってほしいと。」
「そんなことを・・・」
「だから君には法外な値段をふっかけつつも、若返りと称して君に私のエネルギーを譲渡していた。」
「え!?そんな危険なことをされていたんですか!?」
「ああ。その能力がある者は少ないし、以前はだいぶ力も余っていたからね。」
「そうだったんですか・・・生命力を削らせるようなことをお願いしていて、申し訳ありません。」
鷹宮はゆっくりと背もたれに寄りかかった。その顔には笑顔だけが浮かんでいる。
「いいんだよ。大丈夫。でもこれから先もというわけにはいかない。私にももうわずかの時間しか残されていないんだ。だから藤堂さんには、そのことを全て話した。君の命を守らないといけないからね。」
柊は言葉を失った。そんなことを聞かされれば、茉乃は間違いなくあの決断を下すに決まっていた。
「もし次に俺が向こうに行ったらどうなりますか?」
「行くことはできても帰っては来られないだろうね。彼女だけを送り出すならまあそれほど負担はない。私の最後の力を振り絞ってサポートもできるだろう。だが、もう一回彼女を迎えに行くのは・・・相当負荷がかかるだろう。」
「俺は・・・」
鷹宮は優しく微笑む。
「君のことは君のお父さんから任されたからってだけじゃない。本当の息子のように思っているんだ。だから君にはこれ以上無理をしてほしくないんだ。辛いだろうが、わかってくれ。」
そうして柊は今度は寒さのせいではなく、自分の力の異質さに慄き、茉乃を失うかもしれない事実に、体の震えが止まらなかった。




