噂の女性
翌週、茉乃は緊張しながら研究室に向かう。今日からあの美しい鷹宮がこの研究所にやってくる。
(柊さんは朝も何も言っていなかったけど、やっぱり少し不安・・・)
それでもやらなければならないことはたくさんある。茉乃はいつものように朝の準備を川田と共に進めていた。
「おはよう。」
江口が元気そうな様子で研究室に入ってくる。茉乃は気まずさよりも元気な姿を見たことで少し安心し、笑顔を見せた。
「あ、江口さんだ!おはようございまーす!」
「おはようございます。・・・よかった、元気になって。」
江口は頭を掻きながら少し頬を赤らめ、「うん」と言ったきり、奥の部屋に篭ってしまった。
「どうしたんだろうね、江口さん?」
川田のキョトンとした顔に何も言えることがなく、「本当ですね」と誤魔化して準備を続けた。
沢木と結城もその後研究室にやってきたが、その後ろから、見覚えのある人が顔を覗かせた。
「あ、鷹宮さん!」
「あら、この間の、藤堂さん!」
鷹宮は薄いグレーのローブを羽織り、あの長く艶やかな黒髪は一つにまとめていた。笑顔は相変わらず華やかで、茉乃はついじっと見てしまう。
「あの、私も紹介してもらっていいですか?」
もう一人、鷹宮よりも少し背の低いショートヘアの女性がさらに後ろから現れた。少し不機嫌そうな顔で研究室内を見渡し、そして茉乃を見つめる。
「初めまして。鷹宮さんの助手をしています、市村菜月です。よろしくお願いします。」
茉乃は慌てて挨拶を返す。
「こちらこそ!よろしくお願いします。藤堂茉乃と言います。」
「ああ、あなたがあの。」
そう言って市村は頭を下げ、黙ってしまった。
「あの、僕は川田と言います。よろしくお願いします。」
目の前の二人の女性は軽く会釈を返した。
「あ、そうだ、私も名前を名乗るわね。鷹宮華と言います。お二人ともよろしくお願いしますね。」
そう言ってお手本のようなスマイルを見せる鷹宮に、川田はどうやら一瞬で夢中になってしまったようだ。
(鼻の下が伸びるってこういうことなんだ・・・)
茉乃は川田の横顔をまじまじと見て、何かくだらないことを納得してしまった。
「さっそくだけど、最近のデータを元にそちらでもいくつか案を出してほしいことがあるから、これ、持っていってくださいね。」
結城がこれまでにまとめていた資料を鷹宮達に手渡す。二人は驚いた表情でその紙を見つめていた。
「これって、文字ですよね?まさかもう応用できているんですか?」
「ああ、いえそれはマノ、いえ藤堂さんがまとめてくれたものをさらに音読してもらったものです。手間はかけてもらってますが、やはり文字で共有できると楽なので。」
沢木が丁寧に説明し、結城が隣でうんうんと頷いている。
「そうですか。藤堂さんがいない場所でも文字を再生することができれば、様々な場面で飛躍的にスピードも成果も上がりそうですね。」
「ええ。江口さんを通してにはなりますが、今後ともよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ!市村さん、行きましょうか。」
「はい!鷹宮さん。失礼します。」
二人が研究室を出ていくと、いつも通りの時間が始まっていった。
「鷹宮さん・・・華。」
「菜月、ここは仕事場だよ。」
「あの子、もしかして昨日言ってた鈴村さんの彼女?」
「・・・そうみたいね。」
鷹宮は少し俯きながらも冷静に答える。
「おかしいよ!絶対に華の方が綺麗だし、優しいし、何であんな地味っぽい子なんか」
「菜月。いい加減にして。いいのよ、もう。彼には私に気持ちは無い。それは昔から一度も変わったことはないし、仕方ないことなの。」
「そんなことない!まだ諦めちゃだめよ。私も協力するから!」
市村は興奮してそう言った。
「やめて!とにかく仕事に戻るわよ、市村さん。」
「・・・はい、わかりました。」
鷹宮は振り返らずどんどん先に歩いていく。市村は今出たばかりの研究室のドアを、振り返ってじっと見つめていた。




