二人だけの休日
翌日から数日、茉乃は強制的に休みを取らされることとなった。沢木からは柊の家に電話があり、完全に回復するまで研究室には来させないでくださいと言われたらしい。
お昼過ぎ、部屋で休んでいた茉乃のところに、柊がものすごい勢いで駆け込んできた。
「今日の午後から三日休みが取れたから!!」
嬉しそうに茉乃に駆け寄り、抱きついてくる。
「そんなにお休み取って大丈夫なんですか?」
「うん。だって君を保護することも俺の仕事の一つだから。あ、でもそれは建前だからね!」
そんな後付けをしてくれる優しさに、つい笑みがこぼれる。
「というわけで、めいいっぱい看病・・・しながらイチャイチャしよう!!」
「駄目です!」
「・・・え?」
茉乃はわざと厳しい顔をして柊を見つめる。
「風邪、移っちゃいますから。私もマスクしますし、少なくともその・・・キスは禁止です。」
「そんな・・・」
がっくりと項垂れる柊が何だか妙に可愛く見えて、茉乃は優しく頭を撫でる。
「じゃあせめて明日まではきちんと距離をとってください。夕食も作りますけど別々に食べましょう。」
「仕方ない。大人だから我慢するよ。それと夕食なんか作らなくていいよ。俺も我慢するから、茉乃も明日まではのんびりすること!いいね?」
「はい。」
それからしばらくは、部屋でゆっくりと二人で過ごした。音楽を聴いたり、茉乃のスーツケースに入っていた本を読んだり、こんなに二人でのんびりと時間を共有したのは初めてだった。
(こんなこともきっとずっと大切な思い出になるよね)
「あ、そうだ!」
茉乃はふと思い出してスマホの電源を入れる。
「柊さん。一緒に写真、撮りませんか?」
「写真?いいけど、それで撮るの?」
「はい。・・・これって、向こうに行っても消えないですよね?」
柊がふっと真顔になる。
「もしかして、離れ離れになることを心配してるの?」
「・・・二人でいる写真を残しておきたいんです。」
「茉乃?」
「駄目、ですか?」
茉乃が目を潤ませながらそう言うと、柊は首を横に振った。
「駄目なんかじゃ無い。でもまだ諦めないでほしいんだ。二人の未来はまだ決まっていない。どうしたらいいか、ゆっくり考えよう。ね?」
「・・・はい。」
そして二人で写真を撮る。少し顔を寄せ合い、ソファーに座った笑顔の二人。たった一枚だけのその写真を、消えないようにと願いながら、保存してスマホの電源を切った。
翌日も柊は甲斐甲斐しく看病してくれる。と言っても茉乃はもうかなり体調が良くなってきたので、買ってきてもらった食事を一緒に食べたり、ちょっとした家事をやってもらったりという一日を過ごした。
「何だかいいね、こういう日常を一緒に過ごすのって!」
「そうですね!でもまた柊さんとどこかに出かけたりもしたいな!」
柊はすっと立ち上がって言った。
「行こう。明日。どこでも茉乃の行きたい所に。」
「柊さん・・・でも・・・」
「あ、まだ体調がイマイチ?」
「じゃなくて行きたい場所が想像できなくて。」
「あ、そっか。うーん、じゃあ、滝を見に行こう!」
想像もしていなかった場所を提案されて茉乃は戸惑う。
「滝、ですか?」
「そう!見せたいものがあるから。そんなに遠くないし、負担は少ないと思う。それから食事して、ゆっくり家に帰って、その、二人で過ごそう?」
茉乃は柊の言わんとしていることを理解しきれておらず、デートが楽しそう!という気持ちで頷いた。
次の日は朝からスッキリとした秋晴れだった。空は高く、少し風が吹いていて肌寒い。
今回はすみれさんが持ってきてくれた秋向けのコートに合わせて、薄手のニットのセーターとパンツを履いて準備を整える。
「よし、体の調子もいいし、楽しむぞ!」
玄関の鏡の前で笑顔を作り、ドアを開けた。
「おはよう、茉乃。」
いつものように柊が待っていてくれた。柊は薄手のざっくりとしたトレーナーに細身のパンツを合わせ、ニットのロングコートを手に持っていた。
(かっこいい・・・モデルさんみたい)
茉乃が目を奪われていると、柊が苦笑して照れたように言う。
「そんなに見つめられるとキスしたくなる。朝からいいの?」
茉乃は思わず目を逸らして、真っ赤になった。柊は手を伸ばした。
「じゃあ、行こうか!」
その手を取り、恋人同士になってはじめてのデートにワクワクしながら、マンションを出発した。
車を一時間ほど走らせると少しずつ市街地を離れ、自然が豊かな場所へと景色が移り変わっていく。まだ少し時期が早いようだが、もう少ししたら紅葉も増えていくのだろう。
そこからさらに山道に入り、対向車も来ないような細い道に入る。茉乃はドキドキしながら運転の様子を見ていたが、柊が楽しそうに色々な話をふってくれるので、その内そんなことは忘れてしまい、気がつけば車の中で何度も笑っていた。
「お、ここだよ!」
到着したのは小さな駐車場だった。看板などは当然無く、そこが何を目的とした駐車場なのか、知らない人はよくわからないまま通り過ぎてしまうだろう。
「少し歩くけど、もし辛くなったら言ってね。」
「はい、大丈夫です。」
二人は落ち葉が降り積もった道をゆっくりと歩いていく。あまり知られていない場所のようで、人気は全くと言っていいほど無かった。
「ここ!着いたよ!」
一歩遅れて茉乃が手を引かれてそこに立つと、開けた場所に大小様々な大きさの石が転がっており、目の前に高い崖があるだけで、滝らしきものも滝壺も何も見えなかった。
「ここが、滝なんですか?」
「ふっふっふ。俺が普通の滝を君に見せるわけないだろ?どうせ見せるなら、君の世界では見られないものを見せたいんだ。」
そう言って茉乃の手を握り、少しだけ前に進む。
「見てて。」
柊が手を振り上げる。するとそこに、ふわっと虹がかかり、大量の水が崖から流れ出した。流れ落ちてきた水は地面に着く前に今度は霧のようになって消えていく。そのあまりにも美しく不思議な光景に、茉乃は目を奪われてしまった。
「すごい・・・こんな滝、見たことない・・・」
「海外の落差が物凄くある滝だとこういう感じで水が消えちゃうらしいよ。でもここはそもそも滝ではないし、そこまで高くもないから。まあ、俺の昔の修行の場所ってところかな。」
「修行?」
柊は茉乃の手を離して今度は後ろから抱きしめた。
「そう。ほら、上の方を見て。あの高さまで水を上げるのがまず大変なんだ。それから落ちてきた水をまた霧にしていくのも難しい。いくつもの魔法術を同時に行使する、いい訓練ができる場所だったんだ。」
茉乃は柊が実は真面目で努力家だということを知っている。彼は天才でもあるけれど、決してそれに甘んじていた人ではないと。
「柊さん。私、本当に柊さんのこと、大好きです。」
「・・・茉乃、うわ。どうしよう俺、もう本当に好き。ここに茉乃と来れてよかった!!」
そして二人でその虹のかかる幻の滝を、お互いの温もりを感じながらしばらく見つめていた。




