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急接近にご注意ください

「藤堂さん。」


 その日の帰り、柊が少し遅くなるというので、研究室で本を読みながら彼を待っていた。沢木と結城も柊と一緒に会議に出ているため、今は奥で今日の結果のまとめや片付けをしている川田と、茉乃の前にいる江口だけが残っている。


「はい、どうされましたか?」


 滅多に声をかけられることのない江口に、不思議そうな目を向けると、彼はローブを脱いで机の上に畳んで置いた。


「疲れてるとは思うんだけど、もう一回、力を確認してもいい?」

「え?あ、はい。私は大丈夫です。」

 

 変な江口さん、と思いながらいつものように右手を差し出す。


「今度は両手でもいい?」

「はい、わかりました!」


 両手だと何か違うのかな?と思いながら左手も差し出す。江口は茉乃の両手をぎゅっと握った。いつもより少し強く握っているのに気付いたが、そのまま身を任せて、力を持っていかれ過ぎないよう気合いを入れて臨む。


「ごめんね。」

「え?」


 その言葉の意味を聞くことはしばらく茉乃にはできなかった。江口は今までにないほどの力を流し込み、そのまま大きな引き潮のようになって茉乃の全ての力を攫っていく。


「ちょっ・・・え・・・?」


 久々に立っていられないほどの状況になり頭は真っ白になった。そして江口が両手を握ったまま体で茉乃を支える。


「すごい。やっぱり君の力は他にはない。」


 江口の目が、キラキラと輝いている。奪われた力を堪能しているのだろうと思ったが、もう声すら出なかった。


「君が欲しい。」


 そしてその最後の言葉は、薄れゆく意識の彼方に消えていった。





 目を覚ました時には、なぜか奥の部屋に寝かされていた。思ったほど時間は経っておらず、あれから十分ほど意識を失っていたらしい。


 慌てて飛び起きようとしたが力がいまいち入らなかった。そして隣を見て驚く。


「江口さん!?え、何してるんですか?」


 江口は茉乃の左手を握ったまま、机に腕と顔を乗せて茉乃の顔をまじまじと見つめていた。サラサラの黒髪が、彼の美しい顔を少しだけ覆っているが、見たことのないその優しい笑顔が、茉乃の恐怖心を掻き立てた。


(全力で美男子!!これはだめだ、早く撤退したい!!)


左手を抜いて逃げようとしたが、力が出ない。


「藤堂さん。君の力、やめられない。」

「あ、また・・・ちょっと、やめてください・・・」


 再び意識を失いかけて、必死で耐える。


「うん。ごめん。鈴村に確認しないままこんな風に君を独占しちゃって。」

「誤解を・・・生むような言い方はやめてください!」

「誤解?何も誤解させるようなことは言ってないけど。」

「そろそろ、手を離してもらっても・・・いいですか?」


 江口が上半身を起こした。


「じゃあ、体で試してもいい?」

「はい?何を言って」


 茉乃は江口にすっぽりと包まれた。そしてこれまで感じたことのない、身体中が痺れていくような、自分の全てが吸い込まれていくような感覚を味わった。


「藤堂さん。」

「は、なして。」

「僕、鈴村と戦う力はまだ足りないけど、君のこと好きになってもいいかな?」


 茉乃はそれだけは頷いてはいけない、と思いながらも、何も答えられないまま深い深い意識の底に沈んでいった。





「・・・乃、起きて!」


 重い、体が重い。


「だ・・・しっかり!!」


 柊さんに、会いたい。


「茉乃!!」


 聞き慣れたその温かい声が、今日はすごく心配そうな声になっているな・・・と思いながらふっと目を開けると、そこには柊のホッとしたような顔があった。


「どうした?何があったんだ?」

「え?何があったんだろう?」

「茉乃、覚えていないの?」

「柊さんを待ってたのは覚えているんですけど、そこから先はなんだかボヤッとしててよくわからないんです。」

「・・・あいつか。」


 柊の顔が見たことのないほど冷たく怖いものに変わっていく。茉乃はつい怖くなってその手に触れた。


「柊さん?」

「あ、ごめん。気にしないで!」


 柊の顔が茉乃を見た途端優しいものに変わり、少し安心する。


「大丈夫、俺がいるから。茉乃はとにかく家に帰ろう。今日は夕飯もいいから。何か買って帰るから、ね?」

「はい・・・。」


 まだ完全には力が入りきらない体で何とか立ち上がり、柊の腕を借りながら家に帰った。その時なぜか研究室には、もう誰もいなかった。





 柊は、茉乃を部屋に送り届け、買ってきた食事をゆっくり部屋で食べるように伝えて部屋を出た。


 そのまま自分の部屋には戻らず、すぐに車で出かけていく。



 しばらく車を走らせ、目的地である研究所の男子寮に着いた。寮と言っても部屋は個別になっていてマンションのようなものなので、柊は遠慮なく入り口を通り、目的の部屋を目指す。



「ああ、来たね。どうぞ。」


 そこは江口の部屋だった。


「どうも。入るよ。」



 部屋の中はごちゃごちゃと江口の趣味のもので囲まれている。だがどれも綺麗に整頓されており、こだわりの強さが窺える部屋だった。



「座ったら。」

「いい。」


 江口は一人床に座る。クッションのような、座布団のようなものを一応柊に目で示した。


「藤堂さんのことでしょ。」

「どういうつもりであんな風になるまで力を吸い取ったんだ。」

「どうって、それはあれだけの力、僕が欲しがらないわけないよね?」

「・・・それって俺への宣戦布告と取っていいのかな。」

「さあ。鈴村が諦めたらいいんじゃないかな。どうせ鷹宮も帰ってくるんでしょ?」


 柊の周りに冷気が迸る。


「あいつはただの幼馴染みだ。」

「向こうはそうは思ってないよ。」

「関係ない。」

「あんなに美人で、君を一途に思ってて、しかも明るくて優しい子、なかなかいないよ。最高の彼女になるんじゃない?」


 部屋がうっすらと凍り始める。


「だからなんだ。俺は茉乃以外に興味はないし、誰にも渡すつもりはない。」

「まだ、お前のものじゃないよね。」

「・・・」


 柊の力が少しずつ鎮まっていく。江口は部屋を見回してため息をついた。


「後片付けのことを考えてよ。まあでも、きちんと話せて良かった。とにかく僕は彼女のこと前向きに考えているから。君も鷹宮が来る前に何とかしないと、彼女すぐ気付くんじゃない?君達の関係に。まあ、僕はその方が好都合だけど。」


 綺麗な顔立ちの癖にこういう時は本当に嫌な顔に見える。柊は苦虫を噛み潰したような顔で、江口を睨んだ。


「言われなくても考えてる。とにかくむやみやたらに彼女の力を奪い取るな!次やったら本当に容赦しない。」

「はいはい。釘刺しお疲れさま。僕は部屋を片付けなきゃいけないから帰ってくれるかな?」


 柊は無表情になると、スッと部屋を出ていった。


「鷹宮、早く来ないかな。」


 江口は凍結した部屋を少しずつ解凍しながら片付けていった。


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