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板挟みにご注意を

 柊が部屋で着替えてダイニングに行くと、茉乃が夕食の準備に取りかかっていた。最近はエプロンを買ったようで、それがまたすごく可愛くて目が離せない。


「マノちゃん、今日の夕飯なあに?」

「今日はだいぶ涼しくなってきたので、さんまと焼きナスと豚汁なんてどうですか?お肉は少なめですけどお野菜はたっぷりです!」

「美味しそう!楽しみにしてる。」


 そのままダイニングに座ると、何か落ち着かない様子でチラチラとこちらを見ている茉乃に気付く。


「マノちゃん何かあった?最近は比較的落ち着いてたと思ったけど。」


 その言葉に茉乃が手を止める。エプロン姿のままで近づいてくるが、柊はああ、新婚みたいだな、なんて暢気なことを考えていた。


 だがその後に聞かされた内容は新婚とは程遠い話だった。


「私、今日ヒロさんに、デートに誘われたんです。」


 一瞬で頭が冷える。


「マノちゃん、行くって答えたの?」

「いえ、明日返事しますって言って。ただの先延ばしなんですけど。」

「・・・」


 茉乃が何を悩んでいるのかわからず、柊は苛立つ。


「マノちゃんはどうしたいの?」

「私は・・・」

「俺に何を言って欲しいの?」

「え?」

「行くなって言ってほしい?それとも後押ししてほしい?」


 我ながら意地悪を言っているのはわかっていたが、煮え切らない彼女の言葉に限界がきていた。


「・・・ヒロさん、私の世界に一緒に行ってもいいって、言ったんです。」


 柊はその言葉に衝撃を受けた。


「そんなに私を思ってくれる人のお願いだから、一度くらいはいいかなって、思うんです。でも、何かモヤモヤしたものが心にあって、決断できなくて。」


 目を伏せて、苦しそうな表情になる彼女がどれほど美しいか、きっと茉乃は知らないだろうと柊は思う。


「一度だけなら、いいんじゃないかな。」


 自分で言っておいて、心にも無いことを言ったとすぐに後悔した。


「いいんですか?」

「そもそも本来なら僕が止める権利はないしね!ただ、彼も一緒に向こうの世界にっていうのは僕の今の力じゃ結構難しいかな。」


 嘘を、ついた。


「それはさすがに私も考えていないので!」

「君がこの世界に来てやってみたいことは何でもチャレンジしたらいいよ。でも君が傷つくのだけは見たくないんだ。それだけは知っていてほしい。」


 気持ちを伝えたい自分と、隠したい自分の板挟みに苦しむ。そしてその苦しむ自分の気持ちすら、茉乃に気付かれてはいけない。



 柊は少しだけ笑みを浮かべて、言った。


「行っておいで。でも、必ずここに帰ってきて。」


 その言葉に、言えない全ての思いを隠し込んで。


「はい。もちろん、ここに帰ってきます!じゃあ、明日返事しますね。・・・柊さん。」


 茉乃がキッチンに戻りながら笑顔を向ける。なぜかその笑顔が少し寂しそうに見えた。


「私達もまた、どこかに出かけましょうね!」

「・・・うん。」


 その言葉がどれほど柊の心を弾ませていたか、茉乃はずっと先になるまで、知ることはなかった。





 翌日、仕事が終わる直前に、茉乃は沢木に返事をした。「一度だけ」と念を押したが、わかっているのかいないのか、彼は満面の笑顔で喜んでくれた。


 その週の土曜日に出かけようということになり、茉乃はとりあえず返事をしたことで肩の荷が降りた気がした。



(柊さんに、止めてはもらえなかった)


 止めてほしかったのかな、と自分の気持ちを振り返ってみるが、モヤモヤの中に突き進んでいくだけで何も見えてはこなかった。


(柊さんと一緒にどこかに行きたい)


 今別の人とデートの約束をしておきながら、最低なことを考えていると気付いて、両頬をパンパンと勢いよく叩いた。人気のない廊下にその音が響く。



「・・・何してるの?顔、赤くなっちゃってるよ!?」


 その時ちょうど階段を降りてきた柊が、慌てて寄ってきて茉乃の頬を自分の手で挟む。茉乃はその少し冷たく感じる柊の手のひらで、頬がより熱くなるのを感じていた。


「にゃんでむありむすん」

「え?あ、ごめん!・・・プフッ」

「・・・柊さん、またそうやって人で遊んで!!」

「だってあんなにパシパシ叩いてたらほっぺたが真っ赤になっちゃうよ!僕の手は冷たいから冷えるでしょ?」

「冷えません!むしろ・・・何でもないです。お迎えありがとうございます!帰りましょう!」

「う、うん。・・・行こっか。」


 二人の間に流れた少し甘い空気を、それぞれが感じないふりをして階段を降りていく。




「何だあれ・・・もう恋人同士みたいじゃないか。」


 その様子を目撃してしまった沢木は、思わず独り言が口をついて出る。


 茉乃とのデートが決まって浮かれている場合ではなかったと気付かされ愕然としてしまった。あの二人の間にある空気は、互いを思っているものだ。


(気付いているのかいないのか・・・)


 ドアの隙間から覗いてしまったことに後悔しつつ、もう廊下の向こうを見る気にもなれなくて、研究室のドアを静かに閉めた。


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