表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・セネカ  作者: FRIDAY
肆 ワールド・セネカ
42/51

接触

 それから一週間ほどを経ても、協会からの接触らしきものは一度もなかった。

 真柴が移送されるのがいつなのかはわからないが、しかしだからこそ、漠然とした焦燥が募っていく。まさかもう既に移送が完了しているとは思いたくないが、そんな恐れも芽生えてくる。


「何とか、できないものかねえ」

 ぼんやりと、つぶやく。学校からの帰路、吉野の他にはセネカと、向日のホムンクルスであるクライトがともに歩いている。監視を強化すると言っていた秋東だが、学校では吉野などには一切関わりのない同級生でしかないため、同じ屋根の下に暮らしている(というか占拠されている)といっても一緒に帰ったりなどはしない。秋東自身は友達付き合いなどで毎日忙しいのだ。向日はと言えばこちらはそもそも学生ですらないのだが、「野郎と、ましてや宿敵と仲良くなんてしていられるものか」と秋東から言われてすら断固拒否している。いわく、「僕は秋東さんの騎士なのだから、僕が付き従うのは秋東さんだけなのです」と。それはそれで秋東に絶対拒絶されていたが。そういうわけで、一日の大体の時間はセネカと、楔があるから貸してやるという形でクライトが吉野に付き添っている。


「……三ヶ月近くに、なるんだな」

 セネカと初めて会って、巻き込まれるという形で戦い、真柴に半ば押し付けられ、秋東と戦い、向日と決闘をして。

 全てが、およそ三ヶ月。これを早いと考えるか、まだこれだけと思うか。


 吉野にとっては、セネカとの出会いから始まっている。

 けれど、全ての物語は真柴・鈴沙から始まっている。


 真柴がセネカを作り上げたことで、世界はセネカを、そして真柴を追うことになった。その過程で吉野がセネカに契約者として見出され、ここに至っている。

 しかし、そもそもの始点。


「どうして真柴さんは――」

 ……セネカを、作ったんだろう。


 本当にセネカが真柴の標榜ひょうぼうする通りであるならば、錬金術の終末であるセネカ。

 強大過ぎるゆえに自身の安全すら脅かす。


 ……真柴さんは、

 真柴自身は、

「セネカで世界を、どうしたいんだ……?」


 そう、そうだ。

 真柴自身は、どうしたいのだ。


 自分の作り上げた作品がどうなっていくのか。そのことに無頓着な芸術家というのは少なくない。

 けれど、真柴はどうなのだろう。

 作り上げることに意味があり、作り出したことで真柴の中でセネカは終わっているのか。


 それとも。


 真柴の中には、思い描ける世界があるのだろうか。

 真柴なら、どんな世界を想像する?



「――気になりますか」



 己の中に沈み込んでいた最中に差し込まれるようにしてかけられた言葉に、完全に不意をつかれた吉野は勢いよく顔を上げた。

 正面。数メートルをあけて立っているのは、少女だった。黒髪を肩口に切りそろえた痩身、背丈はセネカと同程度か。そしてそれだけでなく、まるでセネカと対照するような、漆黒のゴスロリに身を包んでいる。それだけでも十分に思わせぶりなのだが、


 ……いつから、そこにいた?


 虚を突かれた一瞬は、ただ吉野が物思いにふけっていたために気が付かなかっただけとも考えた。だが、それなら傍らのセネカやクライトが気付いていないはずがない。それなのに、セネカもクライトも、声が聞こえる瞬間まで警戒の素振りなど見せていなかった。

 まるで、言葉とともに現れたかのように。

 吉野らの警戒に対して、ふっと漆黒の少女は口元を緩めた。


「失礼しました。私はハルカ。あなたは吉野・徹平様で間違いありませんね?」

「……そうだが」


 名乗りだけでは警戒を崩さない吉野に、ハルカと名乗った少女は非戦を示すように浅く両手を広げて見せた。

「そう警戒しないでください、吉野様……それに、ホムンクルス七式セネカ様と、向日・相馬様のホムンクルス二式クライト様ですね」

 こちらの顔触れは承知のようだ。セネカやクライトを認識しているのだから、錬金術の関係者であることは間違いない。それに、このタイミングを考えると、


「協会の関係者、か?」

「御明察、です」


 ふふ、とハルカは屈託なく笑う。威圧感のある黒衣に反して毒気を抜かれるような笑顔だったが、吉野は姿勢を崩さない。

「気になるか、って何の話だ」

「いえ、吉野様が随分と考え込んでいられる様子でしたので、一助いちじょにならないだろうかと。真柴女史じょしの真意が気になるのでしょう?」

「……それが、聞けるとでも?」

 ええ、とハルカはあっさりと頷いた。

「吉野様がそれをお望みでしたら」

「あんたは、何者なんだ。協会の、何だ」

 これは失礼、とハルカは品よく目を細めた。


「名前しか名乗っておりませんでしたね。申し遅れました。私は協会が代表、ジルヴェスター・ラルフォンスがホムンクルス三式、ハルカです。このたびは吉野様に、ひとつ御提案をさせていただきたく参りました」


 へえ、と吉野は平然を装って返すが、内心では結構驚いていた。協会の関係者だとは思っていたし、そうなれば何かしらの手段をもって協会に渡りをつけられるだろうとも思ってはいたが、まさか協会の代表直属の者とは。


「ジルヴェスター・ラルフォンスっていうのは、確か『至高の三師』のひとりなんだろ。人形師ってのは自分では人形を遣わないんじゃなかったか?」


 会話のリズムを取られないよう、あえて若干ズレた問いをする。しかし実際、人形師は人形を遣わないはずだ。変人で通っている真柴くらいが例外なのだと。

 ええ、とハルカはこれにも頷く。


「通常であれば。しかしジル師は協会の代表として非常に多忙であるため、執務補佐として私を作り出したのです。ですから私の能力は文官特化。そう警戒されなくとも、私に戦闘能力は皆無かいむで御座います」

 御提案に参りましただけですから、とハルカは繰り返す。それを聞いても、吉野は警戒を解くことはしない。確かにハルカからは殺気や敵意を一切感じないが、それでも相手は人形だ。三式といえばこれほど間近で見るのは初めてだが、人体から限界を外したような構成の人形だ。ただの拳で人体など容易に破砕できるであろうし、ハルカの衣装も装飾の多いゴスロリである。どこにでも武装を隠せそうなものだ。

 臨戦態勢を解かない吉野に、これ以上は難しいと判断したのか、ハルカは苦笑した。


「信用していただけないのも無理はありませんね。では手短に、このままお話させていただきます」

「提案、って言ったな。何を提案するって言うんだ」

 ええ、とハルカは柔和な笑みに戻って言った。

「真柴女史が協会に保護されているというお話は、既にお聞きのことかと思います」ハルカが捕縛ではなく保護と言ったことに吉野は眉根を寄せるが、立ち位置の違いだ、口は挟まない。「そこで、吉野様、一度、真柴女史にお会いしてみませんか?」

「……どういうことだ?」


 意図が全く読めない。強いて考えるならば虎穴に獲物を誘い込もうとしてのことかというところだが、吉野の予想はハルカにも想像できるのか、首を振った。

「勿論、セネカ様をあなたから奪うために誘い込もうとしているわけではありません。これも御存知かと思いますが、真柴女史は数日中にスイス本国へ移送されます。そうなれば真柴女史は常時保護観察下に置かれ、外部と接触できることは非常に困難になりますから、そうなる前に一度会っておくべきではないかと」

「……どうしてあんたが、そんな提案をする? あんたは協会の、代表の使いなんだろ」

「その代表、ジル師ご自身の采配さいはいですよ」

 胸の前でゆったりと手を合わせて、ハルカは言った。


「人形師とホムンクルスは親子のようなもの。いかな七式といえども、一度こちらで保護されてしまえば真柴女史に会うことは困難になります。それはこちらとしても忍びない。さらに言えば、吉野様御自身も真柴女史とは少なからぬ御縁がおありですから、やはり一度お会いしておいてもよろしいのではないかと」

「……本音は?」

「七式と、七式の契約者に興味がおありとのことです。一度お話してみたいと」


 いかにも胡散臭いと思うところだが、本音がそれならまだ頷ける。錬金術の発展を標榜ひょうぼうする協会の、その代表ともなれば。まして、言わばライバルのような存在である『至高の三師』が一角、真柴の作り上げた最高傑作だ。それは興味も尽きないだろう。


 ……どうする。


 ハルカの言い分を全て信用するわけではない。信じるという点においては、真柴がまだ日本支部にいるというところにしか信憑しんぴょう性はない。ほいほいと行ったが最後、待ち構えていた人形遣いにたちに袋叩きにされないとも限らない。

 だが、ついていけば少なくとも、このまま何もしないよりは確かに、真柴に近づける。

「……俺は」

 だから、吉野が答えようと口を開いた、そのとき、



「ちょっと待ったぁ――――!」



 何と頭上から、声とともに人間が降ってきた。うわあ、とハルカの出現にも動揺しなかった吉野は派手に驚く。いきなり空から人が降ってきたら、誰だってびっくりするだろう。


「何を安易に判断しようとしてるのよ! ひとりで決めるな! だからあんたはバカなのよ!」


 着地から間断なく立ち上がり、吉野とハルカの間でハルカを眼光鋭く見据え、勢いよく吉野を罵倒するのは誰あろう、秋東だった。その傍らに、こちらはゆったりとトルクシュタインが舞い降りてくる。見計らったかのようなタイミングだが、

「トルクに盗聴させておいて正解だったわ。トルクは転移が使えないから、友達に言い訳してすっ飛んでくるのに思ったよりも時間がかかったけど!」

「盗聴してたのか……」

「こんなこともあろうかとね! 案の定じゃないの」

 乱入者にも動じることなく微笑みを維持しているハルカをきっと睨み、秋東は息巻く。


「徹頭徹尾信用できないわよ。ジルヴェスターが人形を遣ってるっていうのは聞いたことがなくもないけれど、どうして日本支部にいる段階でジルヴェスターが出張って来るのよ。あの女はスイスにいるんじゃないの?」

「現在は日本支部にいらっしゃいますよ。何せ『至高の三師』が、ふたりとはいえ揃うことは滅多にあることではありませんから。ジル師は真柴女史や七式セネカ様、その契約者である吉野様に大変興味がおありなのです。ゆえに、多忙な身をおしてこちらまでやって来られているのです。――もっとも、勿論それだけではありませんよ。もともと、この日本における案件の処理もありましたから、順番を前後させただけのお話です」

「ふん……どうだか。どのみち、のこのことついて行くなんてリスキーなこと、こっちがするわけがないでしょ。こっちが知りたいのはその日本支部の場所だけなんだから、招待されなくても自分たちで出向くわ。あんたから場所を絞り出してね」

 わきわきと手指を動かしながら、秋東は捕獲の姿勢に移っていく。その構えに、さすがのハルカもじりっと一歩を下がるが、

「おっと、こっちも通行止めだよ、お嬢さん」

 するっと音もなく、例によって気障ったらしいポージング付きでハルカの背後に現れたのは向日だ。これで、吉野側は全員が揃ったことになる。


「成程、『翔光しょうこう』秋東・七星ななせ様とホムンクルス六式トルクシュタイン様。それに『人形狩り』向日・相馬様と……相馬さんは、ホムンクルス四式くさび様を、確かまだ返還されていませんでしたね?」

 肩越しに問うハルカに、向日は悪びれなく肩をすくめる。

「まあね。別に返せとも言われなかったし。このまま無期限に借りてしまうつもりだよ」

「ええ、こちらとしてはそれでも構わないところですよ」

「心が広いねえ」

「必要となれば強制的にお返しいただくだけですから」


 柔和に微笑むハルカに、穏やかじゃないねと軽口で返す向日だったが口元はやや引きつっている。協会に属していた向日には、ハルカの言葉の重さがよくわかっているのだろう。

 しかし、と前に向き直ったハルカはやや困ったような顔をする。


「三対一。これはさすがに分が悪いですね。ここは一度、出直すとしましょう」

「そんなこと、できると思うの? 逃がすわけがないでしょ」

「文務担当とはいえ、私は『至高の三師』ジルヴェスター・ラルフォンス師の人形です。その程度のことはできますよ。――では、吉野様」

 秋東を越して、ハルカは吉野を見る。

「また、数日中にお伺いいたします。それまでにご決断の程、よろしくお願いします――では」


 ハルカは深々と、丁寧に一礼し――消えた。


「なっ……」

 秋東も向日も瞠目どうもくする。不審な動きを見逃さないよう目を光らせていたというのに、ハルカはふたりの目の前から、音もなく、溜めもなく、まるで初めからそこにいなかったかのように綺麗に消え去ったのだ。

「転移の魔法……それにしても、魔力の発動なんて全然感じなかった……」

 秋東は顔をしかめるが、そこは本人の言っていた通り、『至高の三師』の人形だということだろう、諦めるように首を振り、吉野の方に向き直った。

「言うまでもないと思うけど、あんた、協会に出向いたりなんてしないでしょうね」

「……いやあ」

 ハルカに向き合っていたときのままの勢いで凄まれるも、吉野は曖昧に笑って頭を掻く。その煮え切らない反応に、秋東は顔をしかめた。

「ちょっと、冗談でしょ。いくらなんでも、あいつの言うことを信用できるはずが」

「信用は、してないよ。勿論。ちょっと都合が良過ぎるような気もするし」

 それなら、と言い募ろうとする秋東を押しとどめ、吉野は言う。

「でも、行ってみる価値はあると思う」

「どうして」

「それは単純に、真柴さんに会えるチャンスだからだよ。スイスに移送させられてしまったら、本当にもう無理だろう。それに、今あのハルカって子から日本支部の場所も聞けなかったから、こっちから殴り込み、っていうのはやっぱりできないわけだろ? それなら、案内されるままについて行った方が確実だ」

「罠だとは思わないの? いいように言いくるめられて、葱束背負って鍋まで行進するつもり?」

「罠だとしても、いや、罠かもしれないと考えればこそ、事前に対策も練っておけるだろ。万が一袋叩きになりかけたら、そのときは全力で尾羽巻いて逃げ出すさ。葱もしっかり小脇に抱えて」

「……できるわけ? 私やそこのなんちゃって騎士に、百人単位で囲まれて」

「そこは俺の想像力かな」


 冗談めかして言う吉野に、秋東はますます渋面じゅうめんになる。しかし吉野は笑みのまま、秋東と、秋東になんちゃって騎士と言われてなぜかショックを受けているらしい向日を交互に見て、言った。


「それに――ふたりにも、手伝ってもらうし」

「……は?」

「ひとりよりふたり、ふたりより三人だ」

 予想外、という表情を作る秋東と向日に、吉野は堂々と言い放つ。

「派手に手伝ってもらうぜ」


「……あんた、私たちがそんな簡単に手伝うと思ってるの?」

「思ってるさ。簡単かどうかはともかく。秋東はセネカを監視するために、やっぱり俺の動向を追うしかないし、向日はとりあえず秋東の行くところについて行く。そうだろ?」

「く、おのれ吉野……正解だ」

「バカは知ったことじゃないけど、私は……!」

 むっとして言い返そうとした秋東だが、ぐ、と口をつぐみ、また観念したように深く息を吐いた。

「……作戦くらい、あるんでしょうね。三人で固まって特攻とか仕掛けるって言い出したら、私はあんたをここで絞める。絞め落とす」

「いや、さすがにそこまで安直なことはしない」

 実は考えていたりするのだが、絞め落とされるのは嫌だ。冗談でも言わないでおく。


「難しいことではないよ。ただ、そうだな。ここから先は一蓮托生になるから、一応確認はしておかないとな……覚悟の確認を」

「覚悟って、大げさね。特攻は仕掛けないんでしょ? 人形遣いに袋叩きにされる覚悟とか、やめてよね」

「あー、どうだろうな。もっと凄いかも」

 なに、とこちらを見る秋東と向日に、吉野は極めて爽やかに言った。


「世界を敵に回す覚悟は、ある?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ