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ワールド・セネカ  作者: FRIDAY
参 騎士(自称)
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これからが決着だ

 幾条(いくじょう)もの光撃(こうげき)が、向日(むかえび)を襲撃する。

 不意打ちにも関わらず、向日は吉野の身体から刃をまっすぐに引き抜くと、難なくその光を回避しつつ後方へ跳び退る。

 支えを失ったことで膝から崩れていく吉野を、横から滑り込むようにして支えたのは、離れたところで観戦していたはずの秋東(ときとう)だ。


「ちょっと、あんた、大丈夫!?」

 秋東は大声で吉野に呼びかけるも、吉野からの反応はない。


「――おやおや」

 距離を取った向日は、吉野を貫いた長刀を片手に下げたまま、追撃することもなく余裕の様子で、互いの間に入った六翼の天使を見やる。

「いけませんねえ、秋東さん。神聖な騎士同士の決闘に、こんな横槍を入れるなんて」

「横槍も何も……あんた、卑怯でしょ! それ!」

 秋東が睨み付けるのは、向日の持つ長刀だ。

「あんたのそれ、全然魔装(まそう)なんてものじゃない――それどころか、どうしてあんたがそれを持っていられるのよ」


 そんなことが可能なはずがないのだ。なぜならば、その長刀は決してただの刀などではなく、そして秋東が吉野に貸した短剣のような魔装ですらなく、それどころか、

「ホムンクルス四式武装型……! そんなの隠し持って、不意打ちするなんて卑怯極まりないわ! 何が騎士道精神よ!」

「いやいや、心外だよ秋東さん。正々堂々、全力をもって相手をする。出し惜しみはせず、確実に相手を打倒する。何も卑怯なことはありはしないよ」

「歪んでるわよ、あんた……」


 向日を罵りながらも、秋東は吉野の傷口を止血しにかかる。吉野は動かない。まさか死んだかと確かめるも、幸い息はあった。しかし意識があるかどうかはわからない。

「そもそもあんた、ホムンクルスは向こうでセネカちゃんと戦ってる狼がいるはずでしょ。それなのにどうして四式まで使っているの」


 人形遣いはひとりにつき一体しか人形を遣えない。それもまた人形遣いの常識のはずだ。それというのは、決して複数遣うことを禁じられている、などということではなく、ホムンクルスとの相性と、ホムンクルスに供給する人形遣いの魔力における問題だ。

 そもそも契約を可能とするホムンクルスとの出会いが滅多にあるものではなく、ひとたび契約すれば複数遣(つか)うほどの魔力が余るはずがない。


 しかし、向日は不敵に笑う。

「そこは僕の才能だよ……と言いたいところだけれど、まあそんなことはないよね。秋東さんも知っているでしょう? ホムンクルスとの契約は、人形遣いとの相性による。相性が合えば、契約は成立できる――つまり、僕はクライトとこの四式刀剣型『楔(くさび)』、二体との相性が合ったということなのさ。まあ、楔の方は協会からの貸与品だけどね」

「それにしたって、供給できる魔力の問題が……」

「そこも相性だったという話だよ。奇跡的に、クライトと楔の両方を同時に遣っても僕の魔力で賄(まかな)えるのさ。だから、何も卑怯なことはないんだよ――さあ、秋東さん」

 既に完全に勝利を確信した笑みで、向日は秋東へ手を差し伸べる。

「勝敗は決した。やはり秋東さんの騎士にふさわしいのはこの僕だ。人形遣いを失った人形に勝機などない。そんな奴は捨て置いて、早くこちらへ」


 く、と秋東は歯噛みする。確かに、勝負はついてしまっている。吉野は生きてこそいるが、それだけだ。反応をしない。でもあのストーカーのところへ行くのは嫌だ。


「起きなさいよ、吉野……あんた、世界をどうするのかまだ決めてないでしょうが……!」

 強く吉野の手を握りしめるも、返る力はない。その様子に、むっと向日は眉根を寄せて、

「まだそんな奴に拘るのかい。全く、そんな奴の何がいいんだか……ま、いずれにせよ同じことだ、クライトもさっさと七式にとどめを――クライト?」


 いつの間にか止んでいた風に、不審に思った向日が振り返った目の前に、直上から何かが轟音をもって落下してきた。

 何だ、と見ると、身体の半ば以上を地面にめりこませているのは、己のホムンクルスであるクライトである。

「何が――」

 疑問の念を浮かべた刹那――ぎょっとして、向日は視線を上げる。


 爆発的に膨張した、魔力。


 歴戦の向日をして、未だかつて感じたことのないほどの膨大にして高密度の魔力。

 はち切れる寸前にまで膨れ上がった、暴力の気配。

 驚愕する向日の視線の先に立っているのは、純白の少女だった。


「……テッペー」


 少女は向日を見ていない。まっすぐに、秋東に抱えられた吉野を見ている。

 向日に腹を貫かれ、動かない吉野を。


「テッペー――」


 小さく、ささやくように繰り返す名前に、返る答えはない。

 その事実を確かめるような沈黙の後――大気が、哭(な)いた。


 硬(コウ)、と鳴り。

 轟(ゴウ)、と震える。


 ただでさえ巨大だった魔力が、さらに爆発的に膨れ上がる。


「おいおい、これは……聞いてないな」

 口端をひくつかせながら、向日は思わず一歩を下がる。そのことに気付いて、自分自身に眉根を寄せた。

「人形遣いが虫の息だっていうのに、どうしてこんなに魔力が増えていく……? 結界が壊れそうじゃないか」

 平然としているように見せかけつつも、声の震えを抑えるので精いっぱいだった。


 手が、動かない。

 足も、竦(すく)んでしまっている。

 丸腰のまま、途方もない化け物を前にしているような錯覚に陥る。

「どういうこと、なんだよ……」


 ……これは、マズい。

 歴戦の人形遣いとして、当然のこと向日はあらゆる状況に対して対策を講じている。しかし、この現状は完全に想定外だった。

 予想できるどんな状況よりも、ぶっちぎりでマズい。

 ……人形の、暴走。


 暴発。それは、ときに人形自身のスペックを遥かに超える魔法を行使する。代償は勿論、人形遣いの生命と人形自身の存在だ。

 かつて数度あったという、六式天使型の暴走においては、聞くところによれば都市がひとつ丸ごと消滅したともいう。

 これが七式ともなれば、一体どれほどの規模になるか――

 ……自分が逃げることも、秋東さんを逃がすにも時間が足りな過ぎる!

 クライトは未だ立ち上がれず、秋東もまた吉野を庇ったままだ。

 どうするか。

 焦りばかりが募る向日に、ゆっくりと少女の視線が向く。


「――――」

 音もなく、声もなく、絶大な暴力が吹き荒れる――!



「――セネカ」



 声がした。

 それは、この場ではもう聞こえるはずがないと思われた声だ。

 驚きで目を剥く秋東の手を借りながら、ゆるゆると上体を起こした吉野が、弱々しくながらもはっきりと少女へ言葉をかける。

「すまん、心配かけた。俺は大丈夫だ、セネカ……だから、もういい」


 確かめるように、少女の瞳はじっと吉野を見つめた。

 そして、収束する。

 空間を蹂躙(じゅうりん)していた無形の暴力が、みるみるうちに霧散(むさん)していく。

 その中心にいた少女は、まるで何事もなかったかのようにてこてこと歩いていき、己の契約者の前で膝をついた。


「……テッペー」

「ああ、大丈夫だよ、セネカ。いやあ、油断した。まさかあんな隠し玉を持ってたなんてな。でも大丈夫だ。大丈夫だから」

 何度も大丈夫と繰り返し、安心させるように吉野はセネカの頭を撫でる。


「吉野、あんた……」

「秋東も。悪いな、手を出させて。でも、もう大丈夫だから」

 言いながら、吉野は身を起こしていく。しかし、


 ……大丈夫なわけがない!


 秋東は別に、医療の知識などを持っているわけではないが、それでも吉野が絶対に大丈夫ではないことなど容易に知れた。

 軋(きし)みが聞こえるほど強く奥歯を噛み締め、顎から脂汗を滴(したた)らせながらもがいている。ただでさえ腹に貫通創(そう)を残し、血も止まり切っていないのだ。せめて傷口を塞がなければ、このままでは失血死は免れない。だから、


「――トルク」

「いや、いいんだ、秋東」


 己のホムンクルスを呼び、簡易的であれ治療を施そうとした秋東を、やんわりとでありながら決然と吉野は断った。その態度に、秋東は思わず目を剥く。

「ちょっと、あんた! せめて傷口を塞がないと……!」

「後でいいんだよ。今はまだ戦いの最中だ。さっさと勝てば、さっさと治療もできるさ……それに」

 顔中を汗まみれにしていながら、無理が見え見えの笑みを見せて、吉野は言う。

「秋東としても、ここで俺が倒された方が都合がいいだろ? セネカが俺の契約から解放されれば、秋東もセネカをどうにかできるようになるんだから……」

「なっ……バカなこと言ってんじゃないわよ! それは確かにそうだけど、目の前であんたが死にかけているのを見殺しにはできないでしょうが!」

 反射的に怒鳴った秋東を、一瞬吉野はきょとんとした顔で見返して――苦笑した。


「そっか……いや、変なこと言って悪かった。意外と優しいんだな、秋東……有り難う」

 素直な感謝の言葉に、いや、と思わぬところで激昂してしまった秋東は視線を逸らす。

「べ、別に、あんたが心配だったとかじゃなくて、誰であれそんなのを放置していたら寝覚めが悪いし……というか、意外って何よ」

 照れ隠しのように憤る秋東だが、先程までのような勢いは勿論ない。そんな秋東に笑いながら、ようやく吉野は立ち上がった。一瞬ふらつくも、すっと横に立ったセネカの肩を借りて踏みとどまる。


「……やあ」

 弱々しくではありながらも、吉野は向日へ言った。

「待たせたな、なんちゃってナイト……仕切り直しだ」


 視線も茫洋(ぼうよう)として定まらない吉野に、向日は不快げに眉根を寄せながら鼻を鳴らす。

「ふん、仕切り直しだって? 君はそんな状態で、僕にまだ挑もうと?」

 吉野は腹部貫通創、セネカも片腕を負傷している。それに対して、クライトは先程のセネカにより大きなダメージは受けているものの、向日自身は無傷だ。

 けれども、それだけの戦力差を示されながらも、吉野は口許の笑みを失わない。


「挑むさ。そして勝つんだ。俺たちは……俺とセネカは。なぜなら俺はセネカを信じるし……セネカも俺を信じてくれるから」

 吉野の言葉に、セネカは静かに頷く。無事な右手で握る吉野の左手には、か細いながらも確かな力が返る。


「――なあ、ひとつ訊いていいか」

 ぽつりと、吉野は向日へ言う。

「何だ」

「あんたはさ……世界について、どう思う」


 藪(やぶ)から棒な吉野の問いに、は? と怪訝(けげん)な顔をした向日だったが、すぐにまたあの不敵な笑みになって答えた。

「愚問だね。僕にとって世界とは、秋東さんさ。秋東さんが僕の全て。秋東さんのいるところが僕の世界。秋東さんから僕の世界は始まって、秋東さんで僕の世界は終わる。なぜなら僕は、秋東さんの騎士だからね」

「……そうかい」


 後ろから「気持ち悪い!」と全力で吐き捨てる声も聞こえるが、吉野はぼんやりとセネカを見下ろし、

「だ、そうだけど。セネカはどう思う?」

「どうでもいいと思う」

「だよなあ。俺もかなり賛成だ。本人に拒否されてるのに気が付かないとか、ほんと都合がいいというか……」

 はは、と笑う。笑って、身を立て直した。

 自分の足で、立つ。


「さあ、決着をつけよう――今度こそ、想像しよう。創造しよう」

 滴る脂汗を無視して、にっと力強く吉野は笑う。

「世界を」


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