超える現実を想像せよ
何が起こったのかわからなかった。わからないままに、ごろごろと背中から転がりまくる。ゴリゴリと背中が削られていく感覚。
「――っつ、な、何が」
慌てて我に返り跳ね起きようとするも、自分の腹の上に乗る重みがある。何だ、と思ってよく見ると、
「セネカ!?」
自分の横に立っていたはずのセネカが、吉野に覆いかぶさるようにして倒れていた。慌てて肩を掴んで揺すると、すぐに瞼を開ける。
「おい、セネカ、大丈夫か――」
言葉の途中で、息が詰まる。
身を起こしたセネカ、その左腕が、肩から指先までズタズタになっていた。
「これは――」
「おやおや、これは意外」
背筋を凍らせている吉野の正面から、向日の声が聞こえた。顔を上げると、初めから一歩も動かない位置に、変わらず立っている向日がいる。
そして、十メートル前方、つい先程まで吉野らが立っていた位置。
そこには、あの狼が牙を剥いて身構えていた。
「いつもの先手必勝が防がれるとは……まあ、そこはさすがに七式というわけか。これで終わっても詰まらないしね。もっとも――」
余裕たっぷりにポーズを交えながら、向日はセネカを見て嗤う。
「――そちらのホムンクルスは、早くも重傷のようだが」
追撃を警戒しつつ、吉野はセネカを抱き起こす。いや、警戒したところで、吉野だけでは絶対に反応できないだろう。さすがに状況から、攻撃されたということは把握したが、
……速過ぎる!
見えない、どころではなかった。
それこそセネカが咄嗟に庇ってくれなければ、開始と同時にぶち貫かれていただろう。警戒していたところでどうにかなるものではない、圧倒的な速度。
もっとも、吉野が命拾いをしたところで、セネカが負傷してしまったのだが。
「セネカ、おい、大丈夫か」
「……大丈夫」
負傷した腕を庇う様子もなく、セネカは淡々と応ずる。だが、どうやら左腕は、もう動かないようだった。
「セネカ、腕は……!」
「大丈夫。時間があれば治せる」
言いながら、セネカはゆっくりと立ち上がる。向日と、そのホムンクルスに向かって。
「ふん……まずはさすがと言っておくよ、七式。僕のクライトの速度に反応できるなんてね。もっとも、どうやら完全に対応できたというわけではなさそうだけれど」
勝ち誇ったように笑う向日に、反応どころか感知すらできなかった吉野は何も言い返せない。
「おいおい……こんなに速いものなのか。……参ったね」
何も対策を講じておかなかったが、これではどんなに考えていたところで役に立つ方策は思いつかなかっただろう。
絶対的な速度に、間に合うことのできる思考策などない。
だが、
「大丈夫」
セネカは端的にそう言った。
その答えは、しかし先程までとは向きを異にしている。
大丈夫、とセネカは言った。
「追いつけない速度じゃない。対応は、できる」
セネカの表情には、気負いも焦りも一切ない。いつもの無表情だ。
「…………」
だが、そうだ。そもそも第一撃を、セネカは負傷しながらではあるが反応している。だから、
「テッペーが信じてくれれば、私もテッペーも大丈夫」
「……俺が」
「私を信じて。私があのホムンクルスを越えられる現実を、想像して。テッペーが想像できるなら――私は、創造できる」
信じて、とセネカは言う。
だから、吉野は。
「……ああ」
笑った。笑って、頷いた。
「信じるよ、セネカ。俺は想像する――最初から、そうだったもんな。あんな奴らに負けるわけがないよな……想像するよ、セネカ。だから、創造してくれ」
頷くセネカの肩に手を置いて、吉野は力強く言う。
「世界を!」




