疑い
結局、吉野はその後放課近くまで保健室で寝ていた。
体調が悪かったわけではない。体育を出たときには確かに多少のめまいはあったが、そんなものは保健室に着く頃には治っていた。ただ、教室へ戻りたくなかっただけだ。
秋東と顔を合わせることに、危機感がある。
ベッドに横になり、保健室の天井を眺めながら考える。
秋東は、何者か。
何者かも何も、秋東は転入生で、クラスメートだ――しかし、そうではない。
どうしても吉野は、ひとつの疑念が拭えないでいる。即ち、
……秋東は、何らかの関係者なのではないか。
つまりは、セネカに関係があるのではないか、ということだ。
セネカは、詳しいことはよくわからないが最強のホムンクルスで、だからこそ多くの人形遣いに狙われている。それは真柴が言い、事実セネカを狙っているという人形遣いも一度打破している。
秋東もまた、人形遣いなのではないか。
セネカを狙っているのではないか。
タイミングが良過ぎるような気がするのだ。セネカが吉野の前に現れて、その直後に秋東は転入してきた。そしてあの、殺意すら含んだ視線だ。
ついでに言えば、つい先程、この校舎の屋上に垣間見た影――これこそ最も見間違えの可能性が高いが、しかし、どうだろう。
見間違えではないとしたら。
それぞれが、符合してはいかないか。
確証はない。妄想のようなものだ。吉野の考え過ぎとも、自意識過剰とも言えるし、むしろそちらの方が余程説得力がある気もする。それこそ、実は秋東は吉野に気があって、あの笑みは度を越したツンデレのようなものである可能性も――
自分で考えて自分で笑った。鼻で。
それこそ在り得ないか。
「――ねえ、えっと、吉野くん? そろそろ帰りのホームルームだけど、戻った方がいいんじゃない?」
カーテンの向こうから保健医が声をかけてきた。もうそんな時間か。ああ、はい、などと返しながらもそもそと吉野はベッドを降りた。早退もせずに放課直前まで居座る形となってしまった。これではさすがに不自然だ。教室には当然、秋東もいるだろうが、こればかりは仕方ない。まだ何もわかっていないのだ。来られるのか否かはともかくとして、セネカを呼ぶこともちょっと考えたが、ここで呼んでも仕方がないだろう。無駄に混乱を増やしかねないし。
やや小走りで人気のない廊下を抜け、チャイムとともに教室に滑り込んだ。大丈夫か、などと訊いてくるクラスメートに曖昧に返しながら、吉野は自分の席に着く。
教師の事務連絡を適当に聞きながら、さりげなく教室の反対側、秋東を窺ってみるが――彼女はこちらに見向きもしていない。後方の戸から吉野が入ってきたときもそうだったが、姿勢よく教師の話を聞いている。
気のせい、だといいんだが。とりあえず今日は、帰ったらセネカに相談してみよう。
あれから一向に連絡の取れない真柴に、再度連絡を取ってみるのもいいかもしれない――そう思いながら、ホームルームをやり過ごす。
しかし、そう安穏と事は進まなかった。




