白い世界 2
「ほっ」
そしてまた一人、少年が姿を現した。スポーツ刈りにした元気な子どもだった。その子が車内に飛び乗ると相変わらずドアは直ぐにピシャリと閉じてしまう。
「ん?おねーさんだ、こんにちは」
この子も……考えようとしてやめた。こんなに元気な子が……改めて誰かと会い私は自分の推測を否定した。ここはその様な場所ではないと、違って欲しいという願いでもあった。
「こんにちは、私はカノ、君は?」
「オレはテツ、8才だぜ」
「元気だね、ちゃんと挨拶もできるしえらいぞ~」
「あったりまえよ」と、テツ君が私の横に座る。
「けどおかしーなー、オレ木のぼりしてたはずなんだけどなー」
テツ君が困った顔で言った。これぐらいの子どもは表情がコロコロ変わるものなのか。
「テツ君、木登りできるんだ?」と聞くと今度は自信満々な顔になる。
「おう、すげーとくいなんだぜ、さっきもな、すっげーたかい木のてっぺんまでのぼってたんだ!……けどおかしいなぁ、おりようとして、気づいたらいちめん白いところにいて……」
「そう、なんだ」
落下死。
いや、まさか。
自分の頭に浮かんだその言葉を振り払う。
「ま、こんなとこにいてもしゃーねーよな、オレ戻らなきゃ」
ドアが開く、テツ君はドアの手前まで行くと振り向いた。
「なぁ、カノねーちゃんは何でここにいるんだ?」
そう……私はそれを知りたい。
「おねーちゃんはね、次の駅に用事があるの」
ここにきて完全に否定できなくなった死後の世界について言えるわけもなく、私はそれだけ返した。
「ふぅん。それじゃーな、カノねーちゃん」
ドアが閉まり、窓から見えるテツ君の頭が白く溶けて見えなくなった。
私は揺られている。
実際に身体が揺れているわけではないのだが。この感覚にも少し慣れてきた。
ここは死後の世界。どうやらそう信じるしかなさそうだ。私にも何らかの死因があり、あのホームに呼ばれた。周りの人達もきっと、そうなのだろう。ケン君やテツ君は別の駅から乗ってきた。別に駅が複数あってもおかしくない。私はドアの外を見つめた。今は何もない白い世界が広がっているだけだが、やがてまたクリーム色の駅が見えてくることだろう。
時に、ケン君とテツ君はどうなったのだろうか?
気がついたらホームに立っていて、この電車に乗ったまではいい、しかし逆に、この電車から降りた場合、どうなってしまうのだろう。
路線図の光は6つ目を示した。ドアが開き私は立ち上がった。ゆっくりとドアの方まで近づいていく。この先に行ったケン君とテツ君は消えるように見えなくなった。それはこちらが彼らから遠のいたからであって、実際には消えていないはずだ。良いように考えるならば、彼らは生まれ変われたのだろうか。そもそも生まれ変わりという現象が在るのか私は知らない。しかしたった今私は死後の世界を体験している。生まれ変わりだって存在していい気がする。
……もし、生まれ変われるのなら、このドアの向こう側へ踏み出してもいいと思う。ケン君もテツ君も、きっとどこかに元気でやっている。そう思うと、私もそちら側に行きたくなってくる。また一歩、私はドアへと近づいた。いよいよ後一歩で向こう側というところで、私の体に異変が起きた。クリーム色のホームが、突如暗黒色へと変化していったのだ。底の無い暗闇、どこまでもどこまでも堕ちていく奈落。私はたじろいだ、怖かった、あんなところに行って生まれ変われるなんて到底思えない。二歩三歩と後退して瞬くと、ホームはクリーム色に戻っていた。幻覚、だろうか……あまりに一瞬の出来事で事態の把握ができない。
「よっと」
そんな私の元にまた男の子が現れた。
「こんにちはカノ、俺はシノ、11歳になったよ」
「え……?」
当然現れた子に名を呼ばれ私は驚いた。
「こんにち、は……私の事、知ってるの?」
この世界で私を知っている人と出会うなんて……私は緊張しながらシノ君に聞く。
「……あれ?なんでだろ。俺カノのことなんか知らないや」
「へ?」
「いや、ゴメン……俺にもよくわからないんだけど、勝手に名前が出てきたんだ」
どうやらシノという子は不思議な子のようだ。私の名前を知っているらしいが、果たしてそれだけではなかった。
「はぁ~、また死んじゃった」
「死んだのが、わかるの……?」
ケン君やテツ君とは違い、シノ君は死ぬ前の記憶がある……いや違う、記憶は彼らには確実にあった。12歳の彼は、恐らく理解したのだろう。死の直前と直後のこちらとあちらを結びつけたのか。
「わかるさ、苦しかったからね。波に飲まれて暗闇の中でずっともがいてたんだ」
私とシノ君は椅子に座る。シノ君は夏休みに海へいき、突然の大波に飲まれてしまったと話した。
「真っ暗で何も見えなくなって苦しくて、でも次の瞬間明るくなった。あたりいちめん白いところに来た。やっぱりここは死後の世界なんだね」
「……うん」
「ふうん……でも、さ。こんなとこいても仕方ないっしょ、次で降りなきゃ」
白い景色が変わる、外にホームが見えた。7つ目の駅に着いたんだ。
「ねぇ、カノも一緒に降りようよ」
「え?」
「こんなところにずっといたって仕方が無いよ」
確かにそうだ。私がこの電車に乗り続けている理由は無い。強いていえば、ルールに縛られているということだ。
「この電車、乗り降りが一人に限られてるんだ」
シノ君はなんだそれとキョトンとするので私は続ける。
「誰も乗らないといつまでも開き続けてるのに、誰か一人が乗ると直ぐに閉まるんだ。それこそ他の乗車を許さないかのようにね」
「じゃあ、同時にでたら?」
「あー」
それは考えてなかった。乗客が2人しかいなくて、なおかつ私が降りようとしなければ浮かぶはずのない案だ。同時に飛びだせば、ドアも二人が降りたと同時に閉まるはずだ。でも……
ドアが開く。
「ほら、いこうよ」
イスから飛び降りたシノ君が手を差し伸べる。私はその手を取って一緒にドアへと向かった。横に並んで一歩ずつ、ゆっくり歩いていく。後一歩というところで、やはりというべきか、私の足元の先が奈落へと変化してった。目眩がする、シノ君が支えてくれる「大丈夫?」と声をかけてくれる。「大丈夫だよ、せーので飛ぼうか」「うん、じゃあ……」シノ君は私を心配してか、とてもゆっくりせーのと言った。飛び出したのはほぼ同時、息ぴったしだった。シノ君はホームへ、私は奈落へ落ちていくのだろうか。ぞっとした、シノ君を奈落へと巻き込んだりしないだろうか、そんな不安が今になって飛び出てきた。どうしよう、二人飛び出したのは間違いだった。もう遅い、飛び出してしまった。
それなのに、下車できたのはシノ君だけだった。私はというと、何かに弾かれたかのように、車内に尻餅をついていた。直後、ドアが閉まる。
「カノ──」