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アイソフェミア ―第4次産業革命が魔法と呼ばれた世界―  作者: ArgasNorn


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地下の朝

ホワリッジの町の、遥か地下。


石畳の広場から、およそ四百メートル下。


そこに、もうひとつの街があった。

〈機械都市セクター7・ホワイトリッジ 中央駅 第二ホーム〉


天井は高く、白く、継ぎ目ひとつなかった。地上の白の塔と同じ、汚れも苔も寄せつけない、なめらかな素材。そこに埋め込まれた照明が、正午の空のような均一な光を、ホームの隅々まで落としている。


影が、ほとんどできない光だった。


ホームの壁には、細長いデジタルサイネージが等間隔に並んでいた。画面の中で、緑の草原が風に揺れ、白い服の少女が両手を広げている。少女の手のひらの上で、光の粒がふわりと浮かび、くるくると輪を描いた。


柔らかなピアノの旋律が、ホーム全体に、ささやくように流れている。


画面の下に、銀色の文字が浮かび上がった。


〈すべてのステークホルダーの利益を最大にするべく、我々の歩みは止まりません。〉

〈ARGUSNORN CORPORATION〉

〈Breathe with us.〉


低い、滑らかな走行音とともに、電車がホームに滑り込んできた。


車体は白い。車輪の軋む音はない。線路の上を、わずかに浮いて走っている。力場で支えられた車両は、ホームの停止線にぴたりと合わせて止まり、扉が一斉に開いた。


人が、溢れ出してきた。


紺色、灰色、黒。似たような色のスーツを着た男たちと女たち。手には薄い端末。耳には小さな通信機。誰もが同じくらいの速さで、同じくらいの歩幅で、改札へ向かって流れていく。


話し声は、少なかった。


ときおり、誰かが端末に向かって短く何かを言う。「了解しました」「午後の会議に回します」「数値は承認済みです」。それ以外は、靴音と、ピアノの旋律だけだった。


その流れの中に、エリオット・ハーンがいた。


三十二歳。セクター7観測管理部、地上観測課の主任。紺色のスーツに、地味な灰色のネクタイ。手首のバンドは緑。いつもの朝と、何ひとつ変わらない顔で、改札を抜けた。


駅の通路を歩きながら、彼は手元の端末で、今朝の業務連絡に目を通した。


〈本日の地上観測区画状況〉

〈区画名:ホワリッジ(広域実験場・北辺第七区)〉

〈大気マナ濃度:レベル1 良好〉

〈住民魔力残量:レベル1 良好〉

〈気象:午前四時十分〜午後一時二十分 局所霧発生(制御外)〉

〈新着メール1件〉〈件名:競合他社の偵察用アンドロイド侵入への対応強化〉


何十層にも重なったビル群が、地下の空洞を埋め尽くしている。その間を、透明な管の中を通る電車が、音もなく行き交っている。空中を、小さな荷物がふわふわと漂い、それぞれの宛先へ運ばれていく。


吹き抜けの中央を、一本の白い高層ビルが貫いていた。

太く、まっすぐに、天井を突き抜けて、さらに上へ。


彼はその高層ビルに入り、エレベータに乗った。

しばらく上ったあと、エレベータが止まり、ドアが開く。


そこは、円形の広い空間だった。


周囲の壁は全てガラス張りになっており、そこから絶景が見渡せた。


下を見下ろすと中世ヨーロッパ風の街並みが見下ろせ、その外側に目を向けると新緑の森と山頂に白い雪が残る山々を見渡せた。


一見すると、観光地の展望台のようにも見えた。だが、それらと異なるところは、窓の前に多数のスイッチが敷き詰められた制御盤、そして多数のモニターが備えられ、そこに様々なグラフや数値が示されていることであった。


エリオットは自席に着く。そしてキーボード叩き始めた。


窓から見渡せる街の中の石畳の広場では、黒いローブに身を包んだ男が指先に炎をともして、鎧を着た騎士達と談笑しているのが見えた。


エリオットの隣に座る若い新入社員らしい女性が話しかけてきた。


「……本当に、魔法使いなんですね」


彼女は、少し感動したような声で言った。


「教科書では知ってましたけど。あの人たちは、自分たちが何の上に住んでるのか、知らないんですよね」


「知らない方がいい」


エリオットは、キーボードを叩くのを止めずに答えた。


「彼らにとって、あれは魔法だ。私たちにとっては、管理された力場だ。」


そのとき、ビービーというアラーム音が鳴り響き、赤い警告灯が部屋全体に灯る。


隣の女性社員が尋ねる。

「主任、これって、例のあれですよね」


エリオットが女性の前にあるモニターを見る。


<被管理個体ID : Z421Q38 >

<体内のヘテロフェミア濃度がアイソフェミア濃度を上回りました>

<体内変異リスク上昇中>


エリオットは淡々と答える。

「規定通りに処置を進めろ。区画全体が怪異に汚染される前に聖浄教会の工作員に連絡して、該当個体を回収するんだ。一応、ギルド内の工作員にも連絡を入れておけ。」


女性は焦りながら、ヘッドセット越しに指示を出している。

「こちら、セクター7・広域実験場地上管制室です。変異予備群の個体1体を確認。個体ID:Z421Q38です。至急、回収をお願いします。」


スピーカーから声が返ってきた。

「こちら、ホワリッジ聖堂教会、了解。聖浄教会騎士団を派遣します。確保した個体は、セクター7・変異体研究所へ移送しますので、受け入れ手続きをお願いします。」


別の社員から声を掛けられる。


「主任、定例会議の時間です。」


「ああ、今行く」


エリオットは部下とともに管制室を後にした。



管制室から見下ろせる街の広場では、冒険者たちが歩き、

子どもたちが、手をつないで輪になって回って遊んでいるが見えた。


誰も知らない。


自分たちの世界が秘密裏に管理されていることを。

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