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第53話 七日目の朝
逃げられないと悟った夜、慎一はほとんど眠れなかった。
明け方、うとうとした浅い眠りの中で、声を聞いた。
ひとつではない。無数の声。男も、女も、老いも若きも。みな、どこか遠い水の底から、慎一に語りかけていた。
『おいで』
『こわくない』
『ひとりじゃない』
それは、脅す声ではなかった。むしろ慰めるような、招くような、優しい声だった。井戸に落ちた七歳のあの日、水の中で見た無数の顔。あれは、幻覚ではなかった。彼らは、ずっと待っていた。慎一が、戻ってくるのを。
目を覚ますと、枕が濡れていた。涙ではない。慎一自身の体から、にじみ出た水だった。
手のひらを見る。指のあいだに、薄い膜が張りはじめていた。水かきのような。
慎一はもう、水を恐れていなかった。
それが、何より、恐ろしかった。




