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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第19話 相談窓口に必要なのは答えより、たぶん“ちゃんと聞く耳”なのだと思う

影山涼太は、自分が何か特別に賢い人間だと思ったことはない。


 成績は悪くない。

 むしろ安定している方だとは思う。

 生活力もある。春から一人暮らしをしている以上、それがなければ困る。

 人より少しだけ、弁当づくりと洗濯と荷物整理に詳しい自覚もある。


 でも、それだけだ。


 何でも解決できるわけじゃない。

 人の悩みに完璧な答えを出せるわけでもない。

 実際、ここ最近だけでも、うまく言葉にできず困った場面は何度もあった。


 朝比奈ことりに何を返せばいいか分からなくなった時。

 藤宮みずきの勢いにどう対処していいか迷った時。

 黒瀬レナの不器用な本音を前に、踏み込みすぎず、でも離れすぎずにいる加減を探していた時。

 白鳥つばさの観察者みたいな言葉の奥に、少しずつ別の感情が混ざってきている気配に気づいてしまった時。


 答えなんて、持っていない。


 なのに、なぜか最近、自分は“相談される側”になりつつある。


「……ほんと、意味分からないな」


 朝の台所で、味噌汁をよそいながら小さく呟いた。


 窓の外は明るい。

 春から初夏へ移る途中の空気は、朝だけ少し涼しくて、昼にはもう暑くなる。

 そういう季節の変わり目に、自分の高校生活まで妙な方向へ変わっていく必要はないはずなのに。


 弁当箱へ卵焼きを詰める。

 今日は鮭と、きんぴらごぼうと、ブロッコリー。彩りは悪くない。

 こういうところだけ見れば、わりと平和だ。


「……まあ、飯の話なら答えられるけど」


 最近の相談内容を思い出す。


 弁当のおかず。

 持ち物の整理。

 雨の日の荷物管理。

 部活後の軽食。

 ロッカーの乾燥剤。


 どれも生活の細部だ。

 人生相談でもなければ、恋愛相談でもない。

 そのあたりで済んでくれているのはありがたいが、それでも“なぜ俺に聞くんだ”という気持ちは消えない。


 ただひとつ、最近になって分かってきたこともある。


 自分はたぶん、“答え”を持っているから相談されるのではない。

 もっと別の、やっかいで地味な理由がある。


 そこまで考えたところで、炊飯器の音が鳴った。


「……続きはあとだな」


 朝の独り言を切り上げて、涼太は制服の襟を整えた。


     ◆


 教室へ入ると、今日はわりと平和だった。


 少なくとも、朝から「相談窓口」だの「生活相談所」だのと騒ぐ声はない。

 みずきがまだ来ていないのだろう。

 それだけで空気が少し静かなのが、なんとも言えない。


「おはようございます」


 静かな声。


 ことりだ。


 最近は、ことりの方からこうして自然に挨拶されることも増えた。

 最初の頃の気まずさはもうほとんどない。

 その代わりに、妙にやわらかい空気が間にある。


「おはよう」


 返すと、ことりは小さく笑った。


 ほんの少しだけ。

 でもそれが、教室で他の誰かに向ける笑顔より、少しやわらかいことに気づいてしまう自分が面倒だった。


 そこへ、案の定というべきか、みずきが飛び込んでくる。


「おっはよー!」


「朝から元気だな」


「元気しか取り柄がないので!」


「それ、自分で言うのか」


 みずきは鞄を椅子へ放り、すぐにこちらへ顔を出した。


「ねえ影山」


「何だ」


「今日のお弁当、何?」


「またそれか」


「重要だから」


 結局それを聞くのかと、涼太は半分あきれ、半分諦めて答える。


「鮭」


「朝比奈、当たりだ」


 ことりが少し驚いたように目を瞬かせる。


「え?」


「私、今日たぶん鮭だよって言ったの」


 なぜそんな予想を立てる。

 と思ったが、ことりはちょっとだけ得意そうに言った。


「先週の流れから、今日は魚かなと」


「何でそこで分析が入るんだ」


「なんとなくです」


 ことりは平然と言う。

 だが、その“なんとなく”が最近はかなり精度が高い。


 みずきがすかさず笑う。


「朝比奈、影山の弁当の傾向まで読んでるじゃん」


「そ、そういう言い方しないでください」


「でも事実でしょ?」


 ことりが少しだけ困り、涼太が面倒そうな顔をする。

 そこへ、後ろから低い声が飛んだ。


「朝からうるさい」


 レナだった。


「黒瀬もおはよ」


「……おはよ」


 レナは相変わらずぶっきらぼうだが、もう教室で会話が成立しないほど壁があるわけではない。

 これもまた、ここ数週間の変化だった。


「今日、白鳥ちゃん来るかなー」


 みずきが何気なく言う。


「何でだよ」


「最近なんだかんだで揃うじゃん、あのメンツ」


「あのメンツって何だ」


「影山中心の厄介な人たち」


「だいぶ失礼だな」


「否定できないのがやばい」


 ことりが少しだけ吹き出し、レナは呆れたようにため息をついた。


 こうして見ると、たしかに変だ。

 最初は個別だったはずの関係が、少しずつ重なっている。

 それをまとめるようなつもりはまったくないのに、気づけば一つの輪に近いものができ始めている。


 平穏ではない。

 だが、もう完全に嫌でもなかった。


     ◆


 昼休み。


 珍しく今日は、目立った相談がなかった。


 弁当箱を開き、ようやく少し静かに食べられるかと思っていた時だ。


「影山くん」


 クラスの女子が一人、少しだけ遠慮がちに声をかけてきた。


「ん?」


「ちょっとだけ聞いていい?」


 またか、と思う。

 でも声には出さない。


「何」


「私、雨の日にいつもノートぐしゃってしちゃうんだけど、あれってどうしたらいい?」


 予想よりだいぶ小さい相談だった。


 いや、小さいというのは正しくないか。

 本人にとっては、地味に困るのだろう。

 毎回ノートが濡れるのは嫌だ。


「クリアファイルじゃなくて、口閉じられるやつに入れろ。あとタオル一枚あるだけでまし」


「やっぱそうかあ……ありがとう」


「いや」


 それだけのやり取りで、女子は本当に助かった顔をして戻っていく。


 その背中を見ながら、涼太は少しだけ考えた。


 今の相談に、特別な答えなんてない。

 たぶん誰が考えても似たようなことを言う。

 それでも聞いてくるのはなぜだ。


 向かい側で弁当を広げていたみずきが、それを見て言った。


「ほらね」


「何が」


「やっぱ影山って、答え持ってるからじゃないんだよ」


 その言葉に、ことりとレナも自然にこちらを見た。


 みずきは箸を持ったまま続ける。


「今のだって、すごい裏技とかじゃないじゃん」


「まあな」


「でも聞きたくなるのって、“ちゃんと答えてくれそう”だからでしょ」


 ことりが小さくうなずいた。


「それは、たぶんそうだと思います」


「朝比奈まで」


「だって本当に」


 ことりは弁当箱を見ながら、静かな声で言う。


「影山くんって、聞かれたことを笑わないので」


 その一言は、思っていたより重かった。


 みずきが「それ」とすぐ乗る。


「そうそう。地味な相談ってさ、変に人に聞くのちょっと恥ずかしいじゃん」


「たとえば?」


 涼太が聞く。


 するとみずきは指を折って数え始めた。


「お弁当のこととか、ロッカー整理とか、部活の荷物の入れ方とか、そういう“別に人に聞くほどでもないけど、ちょっと困る”やつ」


「……」


「そういうのって、変に笑われたり、“そんなことも分かんないの?”って空気出されたら最悪なんだよね」


 レナがそこでぽつりと口を開く。


「でも影山は、それしない」


 全員が一瞬だけレナを見る。


 レナは少しだけ眉をひそめた。


「何」


「いや、黒瀬が素直に言うの珍しいなって」


「うるさい」


 だがレナは言い直さなかった。

 そのまま小さく続ける。


「別に大した答えじゃなくても、ちゃんと“困ってる前提”で聞くじゃん」


 それは、意外なほど的確な言い方だった。


 涼太は少しだけ黙る。


 たしかに、そうかもしれない。


 自分は相談された時、役に立つ正解を出そうとしているわけではない。

 まず“それで困ってるんだな”と受け取っているだけだ。

 そのうえで、知ってる範囲なら答えるし、知らないなら知らないと言う。


 それだけだ。


「白鳥さんなら、きっと“落ち着いて聞ける場所”って表現しそうですね」


 ことりが小さく笑って言う。


「それ、あいつっぽいな」


 みずきも笑う。


 すると、本当にタイミングを見計らったみたいに声がした。


「呼びました?」


 全員が振り向く。


 白鳥つばさだった。


「何でいるの」


 みずきが即座に言う。


「返却本を届けに来たら、何か私の名前が聞こえたので」


「気配が薄すぎる」


 涼太が言うと、つばさは静かに会釈した。


「褒め言葉として受け取ります」


「違うって毎回言ってるだろ」


 つばさはいつものように涼しい顔で、昼休みの輪へ加わる。


「何の話ですか」


「影山が何で相談されるかって話」


 みずきが答えると、つばさは一瞬だけ考え、すぐに言った。


「答えをくれるから、ではないですよね」


「ほら」


 みずきが得意げに言う。


 つばさは続けた。


「たぶん、“ちゃんと聞いてくれそうだから”です」


 それは、ことりやレナの言い方とよく似ていた。


「影山先輩って、相談された瞬間に“そんなことか”って顔をあまりしないじゃないですか」


「してる時もあるぞ」


「面倒そうな顔はします」


 つばさがきっぱり言う。


 教室に小さな笑いが起きる。

 みずきが「分かる!」と乗り、ことりまで少しだけ笑った。


「でも」


 つばさはそこで少しだけ目を細める。


「面倒そうなのに、ちゃんと相手の困りごととして扱うんです」


 涼太は思わず、少しだけ黙った。


 後輩にそこまで観察されているのも嫌だが、言っていることはたしかに近い。


「だからだと思います」


 つばさは静かに結論づける。


「相談窓口に必要なのって、たぶん答えより先に、聞く耳なんですよ」


 その言葉が、その場にすとんと落ちた。


 みずきが「それだ」と言う。

 ことりがやわらかくうなずく。

 レナは「うまいこと言う」と小さく呟いた。


 涼太だけが少し返事に困った。


 そう言われると、照れくさい。

 でも完全に否定もできない。

 しかも今まで自分でぼんやり感じていたことに、ぴったり名前をつけられてしまった感じがある。


「……大げさだろ」


 やっと出た言葉がそれだった。


 すると、みずきがすぐに笑う。


「出た、影山のそれ」


「何だよ」


「褒められるとすぐ大げさって言うやつ」


「実際そうだからな」


「でも違うと思う」


 今度はことりだった。


「私、前にも言いましたけど」


「ん?」


「影山くんって、答えをくれる人というより、ちゃんと落ち着いて考えられる場所みたいです」


 その言い方は、不意打ちだった。


 落ち着いて考えられる場所。


 それは、人に向ける褒め言葉としては少し変かもしれない。

 でも、だからこそ妙に本音で、妙にことりらしい。


「……何だそれ」


 涼太が言うと、ことりは少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「うまく言えませんけど」


「いや、分かる」


 みずきが言う。


「私もそう。相談したあと、何か“よし、じゃあこれやるか”ってなるもん」


 レナもぶっきらぼうに続く。


「変に励まされるよりまし」


「それは褒めてるのか?」


「たぶん」


「便利だな、その返し」


 つばさが少しだけ笑った。


「でも、それだけ皆さんが同じこと思ってるなら、たぶん事実ですよ」


 そう言われると、もう逃げにくい。


 涼太はため息をついた。


「……じゃあ何だよ。俺は今後、どうすればいいんだ」


「そのままでいいんじゃない?」


 みずき。


「無理のない範囲で」


 ことり。


「嫌なら断ればいいし」


 レナ。


「でも、ちゃんと聞ける耳は、そのまま持っててください」


 つばさ。


 きれいに四方向から言われて、涼太は本気で困った。


 自分の役割みたいなものを、勝手に外から定義されるのは好きではない。

 でも今この場の四人が、雑に押しつけているわけではないのも分かる。


 むしろ、それぞれ違う理由で、自分のそういう部分に助けられてきたのだろう。


 そう考えると、完全に突っぱねるのも違う気がした。


「……分かったよ」


 小さく言う。


「別に看板出す気はないけど」


「出さないの?」


 みずきが即座に聞く。


「出すわけないだろ」


「影山生活相談所(仮)」


「その紙まだ持ってるのかおまえ」


「持ってる」


「捨てろ」


 教室にまた小さく笑いが起きる。


 その笑いの中で、ことりが少しだけやわらかい顔をしていた。

 レナも完全には嫌そうではなく、つばさは静かに満足そうだ。

 みずきは相変わらず楽しそうで、たぶんこの先も一番うるさい。


 でも、その輪の真ん中にいることを、前ほどは嫌だと思わなくなっている自分にも気づく。


 面倒だ。

 かなり面倒だ。


 それでも、誰かのちょっとした困りごとを“そんなこと”で済ませないでいるのは、たぶん自分の性分なのだろう。


「……やっぱ損な性格だな」


 ぼそりと漏らす。


「そうですか?」


 ことりが聞く。


「うん。もっと適当に流せるやつの方が楽そうだし」


 すると、ことりは少しだけ首をかしげてから、静かに言った。


「でも私は、影山くんがそうじゃなくてよかったです」


 一瞬、言葉が止まる。


 その言い方はずるい。

 静かで、まっすぐで、逃げ道がない。


 みずきが横で「うわ」と小さく言い、レナがわざとらしく視線を逸らし、つばさがまた面白そうに目を細めているのが分かった。


 涼太は視線を弁当箱へ落とし、やっと一言だけ返した。


「……それなら、まあ」


 ことりが少しだけ笑う。


 みずきが「何その返し」と茶化し、レナが「十分だろ」とぼそりと言い、つばさが「今のはかなり本音寄りですね」と追撃してくる。


 やっぱりこの面子は面倒だ。


 でも、たぶん今の自分には、その面倒さごと受け入れるしかないのだろう。


 相談窓口に必要なのは、答えより、たぶんちゃんと聞く耳。

 そう言われてしまった以上、もう完全には知らないふりもできない。


 弁当の鮭を一口食べながら、涼太は思う。


 パンツを拾ったあの日から始まったこの妙な放課後は、まだしばらく終わりそうにない。

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