革
革で作られた製品に何を見いだせるかね。経年による深さかね。そこにロマンを見出す者がいる。年を経て、メンテナンスが重ねられた革製品には独特の良さがあるのだから。
鉄製のフライパンに油をなじませ、育てていく。それと似たようなものかもしれないね。素材は異なるとしても、経年による味わいや良さがそこにあるのだから。
使い続けていくことによって、固かった革が次第に馴染んでいく。その感触を考えたとしたら想像するだけで笑みがこぼれてこないかね。
動物の革。合成の革。様々な種類の革が世の中にはある。それを職人たちが手作業で作成している。素材となる革の良さを引き立てるために。使う人たちが使いやすいように、思考を重ね、試行錯誤を繰り返した先が、店頭に並んでいるのだよ。
人はそれに価値があると見出していく。高い値段を付けて。保証を与えて。ブランドにしてきた。
ワニ革の製品にも、価値があると見なしてきた。加工技術に驚きを隠すことは難しいだろう。
バッグにしかり、財布にしかり。様々な革製品があふれている。しかし、人間とは欲深いものじゃないかね。
加工するだけに飽き足らず、見栄を張るために、高価なバッグや財布を身につける。私のステータスを見て。そう言わんばかりに。
見栄というのは張るものではないのだ。ハイブランドの物を身に付けたとしても、内面が変わるわけでは無いのだから。それを剥がされたなら、価値が有るというのかね。
無価値な自分に恐怖に包まれているのだから。金銭で解決できるハイブランドに飛びつくのかもしれない。こえを買えるだけの財産を私は持っている。そういうステータスを周囲に知らせているのだ。リスクを考えもせずに。
昨今の闇バイトに関するニュースを知っているのかね。闇バイトに狙われるというリスクよりも、自分のステータスを優先するのは、どうなのかね。賢明な判断と言えるだろうか。
今日は周囲に見せびらかした。そのあしたは闇バイトによって財産を、生命を奪われかねないと言うのに。
飛躍というのかね。ならば飛躍で構わないよ。しかし、昨今の世界情勢を見る限り、飛躍だと言える根拠があるだろうか。むしろ紙一重に近いのではないだろうか。
ハイブランド品を盗まれたなら、買い直すことができるだろう。その金銭を得るための手段に悩まされるとしても。
しかし生命を奪われてしまえばどうなるのか。もう二度とハイブランド品で身を固めることはできない。
白装束を着せられて、火葬場で焼かれ、骨となり、墓地に入れられてしまうだけじゃないのかね。
そうなれば、どんなに高級な革製品も自分の手から離れてしまうだけ。売買されてしまうのだろう。そしてほかの誰かの手に渡る。ステータスで身を飾るための物が、自分の手から離れ流されていくのだ。悲しいことに。それが現実でもある。亡くなってしまえばの話になるがね。
生きている限り、闇バイトによる襲撃以外は手元に残るだろう。だが、見栄のためにステータスを見せびらかすのは止めておいたほうが良い。強盗という鳥に金色の魚を咥えることにならないためにも。
周囲の嫉妬や羨望の眼差しを得たいならば、それでいいかもしれない。しかしそれは良い結果を招くとは限らないのだから。
どんな革製品だとしても、身に付けることのリスクを考えたほうが良い。メリットとデメリットを天秤にかけるようにしてーー。




