伝統
伝統を守りたいのならば、その伝統を説明できるようにならなければならない。
伝統だからという理由で、その伝統を説明しない理由にはならない。
伝統に固執してしまえば、その伝統が自らの足を引っ張りかねないのだ。それは本末転倒になってしまう。
伝統を守るに値しなくなる。そうなればその伝統は終わりである。
どれだけ長く続いたとしても、真綿で首を締めることになる。緩やかに死んでいく。それからは逃れることができない。
伝統を一度見直してから、破壊していく。新たに継続できる仕方で。
悪しき伝統は終わらせるべきである。そして、新たに伝統を作り上げる。そのほうが良いではないか。
曖昧な伝統を続けていくのには、どんな価値があるのだろうか。
明確なもののほうが良いではないか。見て、一発で理解できるもの。そのほうが無駄な時間はかからない。
伝統の良さをそのままに、時代に合わせていく。応用することが求められていく。それが真に残る伝統なのではないかね。
後世に語り継がれていく。それが中核となるのではないだろうか。
閉じ籠もりゆく伝統と広がっていく伝統。目指すべき伝統は、一目瞭然である。
そうでなければ終わってしまう。途絶えてしまうのだ。それこそ、その伝統の終わりではないかね。
伝統の良さを知ってもらうなら、時代を知る必要がある。否、必要不可欠といっても良い。
それを知ろうとしない者こそ、固執しているのではないか。
時代を知り、応用していき、適用していく。そして次世代に受け継がれていく。
そのような伝統こそが、本当の意味での伝統なのではないだろうか。
すべての伝統は後世にまで受け継ぎたいという魅力を持っているべきなのであるーー。




