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1-2

「うわっ、なんですかこれっ!」

 眼を開くと走馬燈が終わっていると思っていたが、今度は違う夢の扉を開いてしまったようだ。

 眼前を電車が少しだけ浮き、線路に転がる俺をギリギリかわしていく。暗くて本当に電車なのかどうかわからないが、独特の鉄を擦る音がするので間違いないはずだ。

「はやくこっち!」

 言うと同時に隣の線路方向から手が伸びてきて俺の手を掴み引きずり出そうとする。俺は咄嗟に隣にいた痴漢少女の手を取った。少女一人分の重さなど錘にもならなかったようで、勢いそのまま引きずられる。線路の石が体をすり、血だらけになるだろうと思ったのだが生憎夢なので痛みなど感じられない。というか擦っているかどうかすらわからない。

 ……夢? ちょっと待てこれは本当に夢なのか。俺は異常体質になってから夢で音を感じたことがなかった。けれど今はどうだ。電車の通過音が鼓膜に響いてくる。

「さすがに焦った焦ったよっ。寸止やね」

 ほらやっぱり音がする。俺の夢に音が無いはずだ。なのにこの声……聞こえるどころか聞き覚えすらある。もしかして!

「お前は死神!」

「酷っ! 命かながら助けたのにその言われよう!」

 そう言いながら彼女は重力を無視したように軽々と線路の柵を俺と痴漢少女を引っ張って飛び越えて行く。コンクリートからビルの屋上まで、足にバネが付いたように跳ねる。この街全体がまるでトランポリンになったようだ。

「これどうなってんだよ。おい降ろせ死神!」

「ほいや」

 マンションから飛んだ瞬間、彼女は俺の手を離した。

 四メートル程の高さから道路に急降下。

「うわっ。今度こそ死ぬー!」

 恐怖を和らげようと俺は痴漢少女に抱きつく。この状態になってまで眼を覚まさないこいつを心底羨ましく思う。だって二度の死期を記憶に留めないでいられるのだから。

 こんなのトラウマ物だ。明日から俺は電車と高所の恐怖症になるのだろう。

 いやいや、明日なんてあるのか?

「ごめんなさい!」

 俺は出せるだけの声を精一杯出した。何で謝ってるのか意味が分からない。マンションの裏路地に反響する悲鳴にも似た声。

 あの女が死神なら助ける必要なんて無い、このまま死ねば投身自殺。だが女が死神でなければ助けてくれるはず。

 眼を開くと手を伸せばコンクリートに届きそうなほどまで落下していた。これは確実に死んだな。目を閉じた瞬間、横からぐいっと手が伸び、俺の体を抱えた。寸での所で落下を免れた。本当ギリギリのギリだ。

「バカ、死ぬとこだったじゃないか」

「あんたが降ろせって言うたやろ。だから降ろしてあげたの、地上に」

「もっと丁寧な方法があるだろうが! それに俺は絶叫マシーン系が嫌いなんだよ!」

「なに言ってるんかわからんけど、少し落ちついたら? 飛んでる最中、この近くで公園あるの見つけたからそこでおねーさんと話しよ、な? この子も気絶してくるから起きるまで面倒見た方がええよね」

 言われるままに俺は痴漢少女をおぶった彼女に着いて行くことにした。一瞬、得体の知れない彼女から逃げたい気持ちに駆られたが、さっきのエスパー的な力を思い出すととてもじゃないが逃げ切れる気がしない。大人しく着いて行き、話を聞いて「はい、さようなら」で済ませれば手っ取り早い。

 石から出てきた女なんて気味悪く、一分一秒も一緒にいたくないからな。

 案内された場所はブランコとベンチに砂場しかない小さい公園だった。石女は痴漢少女をベンチに寝転がせると、俺をブランコに案内した。

「うお、これ不安定な椅子やね」

 面白くない冗談を言い、ふらふらしている石女を俺は疑わしげな眼で見つめる。

「あれま。そんな顔で見ないでおくれよ。照れる照れる」

 薄ら笑いを浮かべ、見ないでと彼女は手をひょいひょいとはらう。

「何か用ですか? 僕はあなたのような不気味な人と関わりたくないんです」

「不気味?」

「ええ、気色が悪い。見た感じ高校生ですよね? そんな人が朝っぱらから中学生をナンパして……いや、それ以前にあんた石から出てきたでしょ? 一体何者?」

 俺が早口で言うと彼女はブランコから降り、俺の正面に立ち瞳を潤わせた。

 なんだこの雰囲気は。漫画ならきっと花びらが彼女の周りに舞い散っている。

「きみに一目惚れしちゃった。どうかあたしと付き合っては下さいませんか?」

「はあ?」

 全く質問の答えになっていない。けれど俺は怒鳴ることもできず、ただ彼女の艶やかで色っぽい厚めの唇と大きな瞳に心臓を高鳴らすことしかできなかった。

「好きなのですよ。あなたが」

「ちょい待って。あのその、なんというか、えーっと」

 告白された経験など一度も無く、さらに年上で、それに石から出てきた女。返答できず、ごまかすにもそんな奇異な経験を見たことも聞いたことのない俺は口ごもることしかできない。

 約一分もじもじした結果、出た言葉がコレだった。

「つ、釣り合わない気がするので」

 一昨日観たドラマのセリフを吐き、我ながらいい出来だと心の中でガッツポーズをとる。これほどまでにドラマを観てよかった思ったことは一度も無い。のだけど、彼女の様子は残念そうだとか、涙を溜めるだとかそういう方向ではなく、眉を上げ、目尻をピクピクと動かし怒りに満ちている。

「釣り合う? それは世間体を考慮したから? 恋愛感情を常識で縛るやなんてすっごい馬鹿っぽいし勿体無い気がするんよ。やからそんな物に縛られないで君自身の言葉で答えてえよ」

「そ、そうだよね、そうです。ならあなたは何者なんですか? それにさっきの中国雑技団真っ青の空中劇はどうやったんですか? それを訊いてから返事します」

「それもそうね。いきなり一目惚れしましたっ、言われても答えようないっか」

 うんうんと頷く石女。いやいや、あんたが告白する前に質問したんだけどな。人の話を聞かないタイプの人間なのだろうか。

「あたしはリラ。こことは違うもう一つの世界から来ましたっ」

 えっへんと腕を腰にあて胸を張る彼女。

「あの、もっと細かく説明してくれませんか?」

「あーそう? じゃあ、あたしは一七才で一人っ子で、みんなからよく明るいけど鬱陶しいって言われるかな? でもでも悪いことばっかじゃなくって一本芯が通っていて頑固とも言われるね。結構キレイ好きで、部屋の掃除は週二回。家事手伝いはあんましないけどできないこともないんよ。あとはえーっと――」

「そう言うことが聞きたいんじゃないんですけど」

「あっ、学校のこと? 成績はあまりよ――」

「もういい、俺が質問します。しかも二つだけ」

「うっわ優しー。ますます惚れちゃう!」

 人をぶん殴りたくなったのは久しぶりだ。けど殴れない。女だし、それにさっきのエスパーを見るとその後どんな仕打ちを受けるか……身震いがする。

「異世界って何ですか? それと何であんなすっごい力が使えるんすか? はい、この二つです」

 リラは立つことに疲れたのかブランコに座り、ふらふらふわふわしながら話し始めた。

「もう一つの世界。こことは違うけど一緒。うーん、枝分かれしたって言えばいいのかな。だからこの世界にもあたしはおるの」

「つまりパラレルワールドってことですね」

 和勝からそのような話を聞いたことがある。確か並行世界とも言うらしい。

「で、その世界では二人に一人くらいの割合であたしみたいな力が使えるんよ」

「どうして石から出てきたんですか?」

「あそこがあっちとこっちをつなぐ扉だったから。そう、そうなんよ!」

 話している最中にいきなり興奮してきたリラは頬を赤らめ、俺に上目遣いをしだした。

「ちょっとした手違いでドアに挟まってや、そこを君が助けてくれたんよね。ああ、思い出すだけで……イイ。あの指先にちょこんと触れる優しさ。もうそこから恋が始まっていたのよ」

 それじゃ一目じゃなく一触れ惚れだ。そんな変な奴初めて見たけど。さすが異世界人。にしても映画の真似なんてするんじゃなかったな。影響力あり過ぎなんだよスピルバーグ。

「あっ、そうや。君に怪我は無い?」

「いや、大丈夫ですよ。勢い良く引っ張ってくれたから体が浮いてあまり地面に擦りませんでしたからって、あ!」

 ビルから落下させられたせいで忘れてたけど、このリラさんは俺の命を救ってくれたんだ。なのに俺は無愛想に受け答えして、それが恩人に対する態度か。

「すみません忘れてました。俺はあなたに死に際を助けてもらったんですよね。すみません失礼な真似を。いや、ありがとうございます」

「ええんよそんなの。それをする為にあたしは来たんやから」

「俺を助ける為に来たんですか?」

「えっと、話しの続きはあとで」

 そう言ってリラは俺の後ろを指差す。なぞるようにして視線を追うと、ベンチの上に寝転がっていたはずの痴漢少女が瞼をこすりながら座っていた。なるほど、リラが並行世界から来たことは他言無用なのか。

 痴漢少女は座りながら大きな欠伸と伸びをして俺の方を向いた。その瞬間、彼女の表情がみるみるうちに青白くなっていく。

「うっわ。生きてる」

 そんな露骨に引かなくてもいいだろ。ムカつくから悪戯してやる。

「生きてるんじゃなくて二人とも死んだんだよ。ここは天国なのだ」

「ちょっと黙れ。うるさいから」

 俺の言葉を無視し、痴漢少女は携帯を取り出し、忙しなく指を動かし始めた。

「あの子なにしてるん? ピコピコって」

「さあ、俺に聞かれても。あなたの超能力を使って調べてみればいいじゃないですか?」

「なんでもかんでも力に頼るのはダメなのだよ」

「はあ、そうですか」

 なんて指を横に振り俺を宥めるリラだが、好奇心旺盛な瞳で痴漢少女を見つめる。心の真ん中はガキなのだろう。しばらくその様子を見ていると、いきなり痴漢少女は携帯を見つめ声をあげた。

「どういうこと? ね、あんた、そこの傍観者!」

「俺のことか?」

「そう。あんた確かにあたしに突き落とされたよね?」

 そうだよ、と返事をしようと思ったが、それだとどうやって助かったのか説明するのが面倒になる。しかしこいつが人を殺そうとした事実をうやむやにするのは嫌だ。なので結局本当のことを言ってしまった。

「突き落とされたよ、見事なまでに」

「ってことはこの記事は本当なのね?」

 痴漢少女はいきり立って携帯の画面を俺の目の前に向けてきた。眼前五センチにも満たない近さ。

「近い。そこまで俺は近視じゃない」

 俺はチカチカする画面が目障りだから痴漢少女から携帯を取り上げ、表示されているページを適度な近さにして読む。そこにはさっき俺と痴漢少女がホームから落下した出来事が書かれていた。けれど事実とはかなり異なっている。

『中学生らしき男女が特急列車通過直前にホームに落下』

 ここまでは間違いない。けれどその後が問題だ。

『その男女は奇跡的に電車と線路の隙間に入ったことで命を落とすことは無かった。だが、電車通過後、二人は行方不明。血の痕跡などが残っていないため、その後この場を離れたと思われる。そのため現在警察は事情を訊くため二人の行方を追っている』

「これって電車……止めてるよな」

「ええ。この前のページに載ってたけど、約三〇分の遅れらしいわ」

 首都の中央線。しかも通勤ラッシュと被る時間。いったい幾らの損害が出たのだろうか。痴漢少女の声も震えているから考えは同じなのだろう。

「まあ人を殺さなくて済んだだけマシだろ」

「何言ってんのよ! 殺人未遂に借金だなんて死んだ方がマシよ!」

 痴漢少女はじっと俺を見つめたまま声も出さずに泣き始めた。

「何だよ、俺が悪いのかよ? 突き落としたお前が悪いんじゃないか」

「だって、だって、うぐっ。結局死ななきゃダメじゃない」

「なにも死ぬことないだろ、痴漢少女」

「その呼び方、わたしが変態みたいじゃない! 元はと言えばあんたが見て見ぬフリするから死にたくなったのよ。そうよ、自殺スイッチを押したのはあんたよ!」

「そんな物騒なスイッチ押すか!」

 何故かこれじゃ俺の方が悪いみたいじゃないか。意味不明だ。

 痴漢少女は死んでやる、と何度も呟きながらベンチの上に三角座りをして縮こまった。その様子を見てリラが俺に耳打ちをする。

「ねね。あの子死んじゃうん?」

「さあ? でもこのまま放っておけば確率は高いんじゃないでしょうか」

「それは放っておけんね」

 リラは痴漢少女の前に行くと、目線の位置を同じにして優しく話しかけた。

「あんた名前はなんて言うん?」

「うっさいな」

「痴漢少女です」

「ちっがう! 唯賀。ゆーいーか!」

 この手のひねくれた奴は扱いやすい。ちょっと押してやるとすぐノってくるからな。

「あたしがゆいかを死なないようにする」

「どうやってよ」

「そ……それは」

 思いつきで物を言ったのだろう。リラはチラリとこちらを見ると、素早く俺の元に寄り、また耳打ちをした。

「なあなあ。あたしこの世界のことわからんのよ。どうすればいい? この場合」

 殺そうとした相手を助けるのはかなり癪だが、俺より年下の女子が死を選んだのだから、そうとう頻繁に痴漢をされていたのだろう。いや、痴漢だけが理由とは限らないけど。

 うーん、このまま自殺してしまうのもそれはそれで可哀想だ。

「えっと、警察に唯賀がホームに飛び込んだってバレなきゃいいんだから……監視カメラを破壊して……も意味ないよな。もう録画してるだろうから。じゃあ、そのテープかデータさえ消しちゃえばいいんじゃないでしょうか?」

「データ? テープ? うんわかった。ちょっと行ってくる」

 リラはうんうんと頷くと駅の方へ駆けて行った。本当にわかったのか凄く不安だ。

「ねえ。あの関西っぽい話し方する人、どこに行ったの?」

 そう言われてみればリラはそういう訛りで話す。向こうの世界じゃあの話し方が主流なのだろうか? 

「実はあの人中央線の警備会社の娘なんだ。だから親に会いに行ってさっきの時刻の部分を消してもらうように交渉してもらいにいった」

「えっ、そんなことできるの?」

「さあな。で、なんでお前は死のうと思ってたんだ?」

「教えない」

「じゃ、もしリラが交渉成立したら理由を教えてもらうからな」

「好きにすれば。そんなこと出来っこないんだし」

 助けてやろうとしてるのに生意気な奴だ。しかもとばっちりを与えた俺に対し、自殺の理由すら教えないとは人としてどうなのだろう。

 ぶん殴りたい衝動を抑え、俺はリラが帰ってくるまで待つことにした。もちろん無言。唯賀を一瞥するとポケットから記念メダルのような物を取り出し、眺めていた。


 待つこと三分。駅に行って帰ってくる時間よりも早くリラは満面の笑みで帰ってきた。

「ほ、本当にやってきたのか?」

「もちノろん。テープやのうてコンピュータやから手っ取り早かったんよ」

 今度は俺がリラに耳打ちをする。

「あのですね、もうちょい常識をわきまえて下さい。ここから駅までたぶん歩いて三分くらいかかるんです。それを半分の時間で帰ってくるなんて……。ほら、唯賀も疑ってる」

 唯賀は疑っているというか驚いた表情で、こちらをキョトンと眼を丸くして見ている。

「ここは俺がフォローするので」

「あっ、ありがとね」

 俺は口をリラの耳元から離し、呆然としている唯賀に一歩近づく。

「お父さんに電話したんだってさ。だから早かったんだよ」

「あ、そうなの? で、証拠は?」

 どこまでも自分の都合しか頭にない唯賀に、俺は堪忍袋の緒が切れかかっていた。

「そんなのあるかよ。また電話してリラのお父さんに確認取るのかよ? どれだけ面倒かけるんだ。いい加減にしろ、バカ」

 俺がつい拳を握ると、唯賀の顔がみるみる溶けていき、次第に渦潮のように変わっていった。一瞬ドキリとしたが、気持ちを持ち直し、もう一度唯賀の顔を見る。だけど変わらず渦潮。きっと今の彼女の感情はぐちゃぐちゃで整理ができないのだろう。

「だって怖いんだもん。あんたもその女も警察も学校も親も、だから逃げるしかないじゃない!」

 もうこんなヒステリックな奴はどうでもよくなり、俺は背を向け、リラを放って公園を後にしようとした。リラのことは気になるが、俺のことを好きと言ってストーカーをする程の奴なのだから、しばらくすれば目の前に現れるだろう。摩訶不思議な能力を使って。

 そのリラはというと唯賀の隣に座り何やら話しかけている。異世界人が一体何をするのか気になり、つい足を止めて耳をすましてしまった。

「監視カメラやったら大丈夫。もうあたしが解決したから。信用できひんかな?」

 首を傾げ、人懐っこい表情をして問いかけるリラ。

 こんな純粋無垢な顔を向けられて信用できないと言う奴の方が信用できない。彼女はきっと心底心配しているのだろう。はっきり言って脅しよりもたちが悪い。

 意地っ張りでヒステリックな唯賀が最も苦手とするタイプだろう。ちらっと唯賀はリラの顔を見て、少し間を置き小さく頷いた。

「そこの傍観者は信用できないけど、あなた……なら嘘付いてなさそうだから信用する」

「そう? それは良かった。万事解決やね」

 なんだか解決ムードが漂っているけど、そんな終わり方じゃ納得できない。

「ちょい待て。どうしてお前は俺とホームに落ちたんだ? 痴漢を無視したからか?」

 唯賀は鬱陶しそうに俺を見て、吐くように言葉を口にした。

「そうよ。しつこい奴」

「あのな、それだけで死ぬ奴がいるか。もっと他に理由があったんだろ? 日々の積み重ね的なことが。それが爆発してこんなことしたんだろ?」

「わかった口聞くな!」

 そう言うと顔を真っ赤にした唯賀は俺に大降りのビンタを喰らわし、ダッシュで公園から出て行った。

「痛いんだよバカ野郎!」

「あーあ。行っちゃった」

「放っときましょう、あんな奴」

「で、でも……」

「それよりも俺はあなたの方が気になります。説明して下さい。俺を助けるために来たってどういうことですか? それとどうやって監視カメラのデータをあの短時間で削除したんですか?」

 リラは余程唯賀のことが気になるのか、彼女が駆けて行く方を目で追っている。

「聞いてます?」

「き、聞いてるよ。えっと君はあっちの世界やったら死んでしまってるねん。だからこっちの世界じゃ色々な事故やらで死なんようにする為にきたんよ」

 ………………………………。

「聞いてる?」

「すみません、唐突過ぎて」

 もう一つの世界。パラレルワールドでは俺が死んでいる? 色々な事故? 確かに心当たりならある。先週から食中毒やガス漏れ。大したことのない人為的ミスだと思っていたそれらは、もう一つの世界の俺が消えた原因だというのか?

「もしかしてそっちの世界の俺が死んだのって先週だったりします?」

「そうやで、やから急いでこっちの世界にきたんよ。殺されてまうからね。ほな、なんちゅう偶然。助けなあかん人に助けられるなんてお笑いやな」

 くくくっ、と笑うリラ。できれば俺も一緒に笑いたかったけれど、彼女の発言に妙なところがあったので顔面蒼白だ。

「今、殺されるって言いました?」

「えっ? 言うたよ。そうやね、説明してなかったわ。実はあたしら異世界人はこの世界の至る所におるのよ。こっちの人のフリをしたりして姿を見せてないだけで」

「何をしに来てるんですか?」

「人の数合わせ。説明するとな、あっちの世界の能力者がここの世界との扉を開けたねん。で、その人が言うにはここと向こうの人の数を合わせな扉がだんだん空け辛くなるらしいんよ。で、あたしの世界の人、もしくはここの世界の人が同時に死ぬ以外は四九日以内に殺しましょうという法ができたねん」

「殺す以外には何もしないんですか?」

「観察と観光かな?」

「なんて自分勝手な」

 それじゃこの世界は見世物小屋じゃないか。

「でも四九日までに死なへんかったら、それは神様のお導きってことで助かるんよ。まあ今までそんなこと一回もないけど」

「じゃあ俺は死んじゃうんですね」

「いやいや、だからあたしが助けにきたんよ。あっちの世界とこっちの世界を切り取る為に。人を殺してまで並行世界はつなぐもんやない。

 あの食堂のご飯も死ぬかもせえへん食中毒をあたしが軽い食中毒に変えたし、ガスも爆発せえへんようした。つまりあたしはなんでもできんねん」

 なんでもだなんて大雑把すぎる。

「なんでもってなんでもですか?」

「そう。人が想像できるほとんどのことをあたしはできるんよ。あたしがこの国の言葉を話せてるのはこっちの世界の人の記憶を読み取って、翻訳してるからやねん。だからさっきの監視カメラの件はその応用。駅員の記憶を読み取って、ハイ消去。でも結構疲れるからあんまりしたくないんよ」

 えらくカットされた説明で理解なんて出来ないけれど、彼女は住む世界が違うのだ。理解できないで当たり前だろう。だが彼女の能力の強大さは信じられる。俺はこの一週間で二度あちらの世界の人間に殺されかけたが助けられている。唯賀の件を含めれば三度もだ。

「俺を殺そうとしている奴らはどこにいるかわかるんですか?」

「わからんねんよそれが。それわかったら苦労せんねんけど。それよりゆいかどこ行ったんやろね?」

「さあ、でも学校には向かってるんじゃ……」

「じゃ?」

 やばい……学校のことを忘れていた。そういえば今日は体育祭の全体練習だ。不良ですら真面目に登校するということは、遅刻すればタダじゃすまないのだろう。

 携帯で時刻を確認すると八時二〇分。確か体操着に着替えて運動場に八時半に集合だったはずだ。なら、今から電車に乗っても間に合わない。電車で一〇分、徒歩五分。

「どうした?」

「いや、学校に間に合わないと思って。今日は遅刻すると痛い目に遭いそうなので……」

 いつくるかわからない不幸よりも、確実に迫っている不幸の方が重要だ。

「あのワガママ言っていいですか?」

「もしかして能力使って、学校まで送って言うんちゃうやろね?」

「その通りです」

 俺が申し訳なさそうに言うと彼女は満面の笑みで言った。

「なんでもかんでも力に頼るのはダメなのだよ」


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