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融通の利かない異世界人のお陰で登校時間に間に合わず見事に遅刻し、担任に叱られたが、日頃の行いが良いせいか説教をされるまでには至らなかった。それよりとにかく、全体練習が怠かった。
九月も終わりだと言うのに気温は二八度近くまで上がり、そんな中、ずっと前にならえや右にならえ、横列縦隊やら足並みを揃えたりの繰り返しを、メガフォンを持った体育教師の気まぐれのOKとやり直しが午前中ずっと続けられた。午後からはやっと行進の練習を行うらしい。少し目眩がする。
昼休みになり喉を潤わそうと運動場から一番近い自販機がある二年棟に行くと、今朝ビンタを喰らわした唯賀が自販機の横の壁にもたれ、足をクロスして立っていた。小銭を大切そうに持って何故か眺めている。
眼が合うと小銭をポケットに入れ、どういうことか溜め息をつかれた。
「おい失礼だろ」
「あんた三年でしょ? 何でこんなとこいるのよ」
「人のこと言えないだろ。お前も一年のくせにさ」
当校は体操服の衿と袖口の色で学年を分けている。唯賀の着る一年の体操服はえんじ、二年は緑で、三年は青。
「さっさと飲み物買ってどっか行ってよね、鬱陶しい」
「言われなくてもそうしますよ」
それにしてもうちの学校の自販機にはろくな飲み物が売っていない。炭酸系が一つもないなんて……同じ種類のジュースを三つも四つも並べる意味があるのだろうか? ただの穴埋めにしか思えない。恐らく唯賀も飲み物を買おうと思ったけれど飲みたい物がなく、買おうかどうしようか悩んでいたに違いない。
「ほんと買う気失せるよな、この自販機。なあ唯賀」
「イチイチ話しかけないでよ」
第一印象と変わらず憎まれ口を叩く唯賀だけど、どこか今朝よりも言葉に重さを感じられる。本当に拒絶しているだろう。
痴漢を見て見ぬ振りすることがここまで重罪だと思ってもいなかった。
「はいはい、わかりましたよ」
俺はスポーツドリンクを選び、唯賀とすれ違う時そっぽを向かれたのでムカついて、つい冷えた缶をほっぺに引っ付けてしまった。
「つっべた。なにしてんのよっ」
すかさず蹴りが飛んできて、俺の尻にヒットしたが、それほど痛みを感じない。さすが中一女子。
唯賀が俺を蹴った足を地面に降ろした瞬間、嫌味ったらしい声が聞こえてきた。
「あ、唯賀じゃん。本当年上が好きなんだねー」
振り返ると緑の衿のジャージを着た、二年の女子が三人唯賀の後ろに立っていた。気味の悪い笑みを浮かべて。
「べ、別にそんなことないです」
おいおい、俺にはため口なのに、と突っ込もうと唯賀の顔を見ると、そこに憎たらしいつり目はなく、渦が巻いていた。今朝喚き散らしたときと同じ変化をしている。
「ちょっとこっち来て話しない? 昼休みなんだしたっぷり話そうよ」
「えっと、その……」
さっきまで犬のように吠えていた奴がいきなり縮こまってネズミのように小さく鳴いている。それにいきなり変化した唯賀の精神。
「ちょっと俺、こいつに用があるから、じゃあ」
俺は無理矢理唯賀の手を引いて二年棟を後にした。後ろから俺と唯賀をおちょくる声がしたけれど、馬鹿にかまう程俺も馬鹿じゃない。
何度も手を振り払おうと唯賀はしたが、この年齢の二年差と性別の違いは大きく、全くの無駄な抵抗となっている。
三年棟の裏に着くと俺は単刀直入に話を切り出した。
「お前が死のうとしていた原因はあいつらなんじゃないのか?」
「…………」
唯賀は下を向き、全く答える気がないのかうんともすんとも言わない。こいつは扱いやすい性格なのだろうけど変に噛み付いてくるから面倒くさい。
なのでわざとらしく三回咳をする。
「やっと呼んでくれた。待ちぼうけ開放ー」
三年棟の角からリラはひょこっと顔を出し、スタスタと俺の横まで素早く歩いてきた。どこで調達してきたのかちゃっかり当校の高等部の制服を着ている。
三回咳をすれば俺のそばにきてくれ。これがリラにした頼み事。こちらは訳のわからない奴らから命を狙われる身。ちょっとした異変がいつ俺の命を奪うのかわからない。その早期処理を行うため、この約束事を取りつけたのだ。
というのは建前であり、本当はリラを猫型ロボットの様な便利屋さんとして扱う為だ。これがその初回。唯賀の相手はハッキリ言って面倒だ。
まあ、便利屋を自分の好き勝手に使うヘタレメガネよりマシだろ。人の為なんだから……って俺もメガネか。ヘタレ……じゃないよな?
「あれま。泣いてるん、ゆいか?」
「えっ?」
痴漢を見ぬフリした俺は果たしてヘタレなのかどうか考察していたのだが、リラの言葉で唯賀の方を振り返ると、拳を握る渦潮、いや、唯賀がいた。また感情が乱れている。
「どうしたん? あたしに言ってみて。悩みは話すことで半分は解消するって聞いたことあるで」
こいつのことだから半分じゃ意味がないとでも言うのだろう。
鼻をすすりながらも唯賀はゆっくりと口を開いた。
「リラさん……ここの、高等部の人、だったんですね。長くなるけど聞いて頂けますか?」
「ええよ、何時間でも。あたし暇やし」
「えっと、わたし、好きなひとがいてね。それをクラブの、合宿のときに同じ部屋の子に言ったのね。そしたらそこにいた先輩も好きだったみたいで。しかもその先輩、わたしのこと嫌ってたから嫌がらせとかやられて。わたしだけなら、よかったけど、クラブの友達まで嫌がらせされて……だからクラブも辞めて、もう大丈夫と思ったんだけど、だめだったの。今度はクラスの子にまで嫌がらせして、だからだんだんわたし、クラスでも除け者にされて。どうすればいいかわたし、わかんなくて」
全てを言い切ると唯賀はこらえていた涙を流し、その場に崩れ落ちた。渦潮は消えているので少し安心した。
これだけ強気な唯賀ことだ。きっと何度もその先輩に抗ったのだろう。そして先輩もそれを嫌だと思い、唯賀の反抗を抑えるために周りを巻き込んだのだが、その結果引くに引けない結果となったのかもしれない。
男なら殴り合って終わりなのだろうけど、女はこれだから面倒だ。終わりがない。
俺は一つ妥協案を提示することにした。
「その先輩にさ、別に好きな人ができたーとか、適当な奴捕まえて彼氏役してもらって、先輩の前で嘘付けばいいんじゃない?」
言った瞬間、涙を流しながら唯賀は立ち上がり、俺の前までくると大降りのビンタをお見舞いしてくれた。それも二発。
「痛っ。ちょい、別にいいじゃないか、ただのフリだろ? 本当に好きなのはそいつなんだから別に支障はないだろ。なんだったら俺がその役……」
と続けようとしたが唯賀のビンタが飛んできたので歯を食いしばる。
パンパンパン、と張りのいい音が響く。今度は三発。
横にいたリラも怪訝な表情をしている。俺の発言はどうやら余程的外れだったようだ。こちらとあちらの世界でも評価されないのだから。
「あんた本当にバカ! わたしは和勝さんが好きっていう気持ちに嘘をつきたくないから先輩と争ってきたんじゃない。こんなに好きになったのは初めてなの、だから嘘をつきたくないの、わかる!」
ハッキリ言うとわからない。そこまで他人を思ったことはないからな。これが家族となれば別だけど。……って今、和勝って言った?
「お前が好きな奴って和勝なのか?」
「ちょっとキャー」
今度は四発。
「あっ、ごめん……つい」
咄嗟に人を殴るような人間を誰が好いてくれるのだろうか。こいつの恋路は前途多難だ。
「なんだ、それならクラブの後輩だったから、今度あいつを誘って遊びにでも行くか?」
「おっ、いい発想やね」
リラもこれには賛同してくれた。
「あたしも行っていい?」
「それはダメだ」
なんよ、ケチ。と唇を尖らせるリラ。
というか和勝の前に姿を現さないでほしい。あいつは石からリラが出てきたことを知っている俺を除いて唯一の存在だ。大混乱して引きこもり、もしくは蒸発されては困る。
唯賀は涙を拭いて俺に視線を合わせると口にした。
「あの……それはちょっと遠慮しとく」
「えっ? 俺が邪魔ならドタキャンするけど?」
「そうじゃない、というかあんたも邪魔だけど、わたしはもし失恋したとしても人のせいにしたくないの。だから……他人に頼るのちょっと」
うんうんと隣にいるリラは頷く。
「その気持ちわかるよー。恋愛はそれくらい重要なものなんよ。命と等しい、いやそれ以上かも」
「あ、ありがとうございます。賛同してくれて」
乙女心がわからない俺にとっては全く理解できない、けどこのまま除け者にされるのも嫌だ。
「そうだ、和勝って病弱だけど運動神経いいよな。そう言うところがモテる理由だろ?」
「あと背が小さいのに、っていうギャップもあるわ。それに……顔もかっこいいし」
さっきまで幼児のようにえんえん泣いていたくせに、和勝の話になると花が咲いたように顔を明るくさせる唯賀はちょっと可愛く思う。
直接的には唯賀の為にはなれないなら、間接的になら大丈夫だろ。それなら一つ案がある。
「あのさ、もう一つ案があるんだけど……」
「またさっきみたいなのだったら蹴るわよ」
正直、蹴りよりビンタの方がきくんだけどな。
「落ち着いて聞け。来週運動会があるよな、そこで俺がこの学校始まって以来の大活躍をする」
「そんなことできるの? わたし去年ここの運動会観に行ったけど、和勝先輩はすごかったよ。でもあんたの名前なんて一度も聞いてない」
そりゃそうだ、全員参加の五〇メートル走とどうでもいい障害物競走にしか出ていないからな。しかも両方一〇人中六位というどうでもいい結果。
けれど今年の俺には猫型ロボット並の便利屋がいる。きっといい結果を残せるはずだ。
「大丈夫だ。これでも卓球部の副主将だった男だ。期待しろ」
三年が二人しかいない部活だけど。
「まあ、あんたが大活躍したとしてどうなるわけ?」
「それにより和勝よりも俺がすごいとなる。で、お前の先輩が俺を好きになる。だって運動神経が良さそうじゃないのに良い奴が好みなんだろ? だったら眼鏡で動ける奴もそれに該当するだろ。なんならお前も好きになるかもな」
唯賀は答えることなく何故か俺を睨みつけ、今度は蹴ると言っていたのにビンタを五発喰らわせ、「そこまでバカだと思ってなかったわ!」と叫んで三年棟裏を後にした。
頬の痛みを手で押さえ視線をあげるとリラが可哀想なものを見る目で俺を見ていた。
「こっちの世界の君って、本当にアホなんやね」




