4-6
一度は見失った彼の姿だが、有馬は慌てず、彼がいるであろう中庭に向かった。
そこにはいつものように木陰で佇む姿があった。有馬が来たことに気付き、彼は視線を上げる。
「有馬さん。どうしたんですか? そんなに慌てて」
「どうしたも……お前だったのか、異世界人って」
息を切らしながら有馬が訊ねると、和勝はいつもと変わらない柔らかな笑みを浮かベる。
「へえ、気付いたんですね」
「舞台からお前がいることに気付いて全てに合点が付いた。学校に来ないのは病気じゃなくて人を殺しているからだ。休み時間に自販機に行くのは、密入界の証であるコインをなくし、それを探していたからだ。異世界に詳しかったのは図書館で調べたからじゃない、和勝が異世界人だからだ」
一気に捲し立てる有馬。
「まあそんなことでしょうね。でも密入界に必要な物が何かと気付いた点は称賛に値します。有馬さんが気付いたと言うことは、あの子が持ってるんでしょうけど」
「唯賀だろ?」
「あの子には少し関わりましたからね。能力を使わずないで人間を使って殺すために。そのときにコインを失うどころか殺すこともできなかったなんて大失敗です。こんなことなら押上さんとその妹や唯賀さんを巻き込まなければ良かった。ただ面倒なだけでしたよ」
有馬には和勝が言っていることが理解できなかった。あまりに唐突すぎて。
「じゃあ、あの電車の事故は和勝が起こしたのか?」
「起こしたんじゃなく、起こさせたんですけどね。一番笑いそうになったのは、有馬さんが押上さんを避けてまんまと三号車に乗ってくれたことですかね。それがスイッチでしたから」
「俺を殺す為のか?」
「いいえ、有馬さんを殺すだなんてとんでもない」
そう言うと和勝は視線を有馬の後ろに合わせた。振り返るとこちらに駆けてくるリラの姿が見える。
「ちょい待て。どうしてリラさんを? 和勝の仕事は俺を殺すことだろ?」
「それだと別に密入界なんて必要ないですよね、仕事をこなすだけなら」
言うと同時にリラの体が浮かび上がった。緩やかな風に流されるように。リラは手足を動かし逃れようとするが意味はない。
「僕はリラを殺したかったのです。最初はこの世界を全て消そうと思いましたが、それは叶いませんでした。僕はあなたと同じ器ではなかったようです」
和勝は寂しげに言い、自分を侮蔑するように笑う。
「簡単に言えば、僕はあちらの世界で作られたクローンです、亡くなったあちらの有馬さんの器を持つ方の。そして作った方はリラの親です」
「話を聞くからリラを離してくれ! 頼む」
五メートル程の高さを浮くリラを見つめ、有馬は声を荒げる。この高さから落ちれば骨折、打ち所が悪ければ死に至るかもしれない。
「いえ、このまま聞いて下さい。有馬さんもここを動かないで下さい」
上空を漂うリラにキツい視線を向けながら、和勝は淡々と話し始めた。
「リラの親はこちらの世界の科学とあちらの世界の超能力を融合させ、あらゆる実験していました。あちらの人間は通常ひとつしか超能力を持てません。それを遺伝子組み換えし、多数の能力を持った能力者を作り――」
「それってリラさんのことか?」
問いかける有馬を鼻で笑い、和勝は続ける。
「さらに捨て子を引き取り、その子でクローンを作りました。そしてその捨て子は無能力者だったので、自分の娘と同じように後天的に能力を与えようと実験したのです」
その言葉を聞いてリラの涙が頬を伝う。
「リラさんは普段はぼけっとしてますが怒ると怖いんですよ。だから姉弟のように育って来た捨て子以外が様々な実験を受け、能力を与えられたことを知ると、彼女は研究施設をめちゃくちゃにしたんです。親も研究員も半殺しです、笑っちゃいますよね」
「やめてよ、思い出させんといて」
嗚咽まじりの小さなリラの声が和勝に届くも、それを軽く笑って無視する。
「まあそれだけやればリラも無傷じゃすみませんよね。そこを実験で作られた唯一無二の能力……ヒーリングで捨て子は治したのですよ、自分の命を顧みず。治癒と言っても傷を己に移す能力ですけど。……それで彼は命を落としました」
「それがどうしてリラさんを殺す理由になる」
「別にリラ自身にはそれほど恨みはありません。けれどその親には恨みがあります。僕を自分勝手に作ったにもかかわらず、思っていた能力を身につけなかったからと人身売買したのですからね。だから殺してやろうと思いましたが、先にリラが痛い目に合わしたので。それならその娘を殺してさらなる苦痛を与えてやろうかと。なので仕事以外で能力を消費するため密入界し、リラを殺す為の能力を蓄えたのです。最初は刑を逃れるため、有馬さんを殺すように見せかけて、助けようとするリラを殺そうとしたのですが、彼女があまりにも粘るので。もう能力とイライラの限界で強行手段に出ました」
そう言うと和勝は首を左右に振った。するとリラも空中で左右に動き、周りに生える木々に体を打ち付けられる。
「僕は一体何なんでしょうね? クローンで同一の生命のコピーなら有馬さんと同じ器を持つはずなのですが、あなたと出会っても宇宙は変化しませんでした。何か変化があればと思い何度か会ってみても何も変わらない」
自問自答しながら、和勝は更に強くリラの体を打ち付ける。リラの肌は木々の枝が突き刺さり、引っ掛けられ擦り傷だらけになっている。それでもリラは和勝を視線から外さない。
「その眼が嫌いです」
和勝は眼に力を入れ、睨みつける。これで最後だと力を瞳に込めて。
その尋常ではない眉間の皺に瞳の充血。そしてその視線。もしかして……。
有馬はそれに気付くと体が自然に動いた。
地面の堅い土を握りしめ、思い切り和勝に振りかぶる。
土が飛んでくることに和勝は気付かず、眼に土が入り咄嗟にリラから眼を離す。その瞬間だった。リラが落下する、が、木の上だったので枝がクッション代わりになりそれほど大事には至っていない。
「くっそ、殺すんだ!」
すぐさま眼に入った土を取り除き、リラが落下した辺りに視線を向ける和勝だが、目の前には有馬がいた。
「こうすればリラさんに攻撃できないだろ?」
和勝の超能力は眼に捉えた物をサイコキネシスできる能力。だから対象物を瞳に映さなければ意味がない。
「そして俺を攻撃することもできない。俺を殺せばクローンのお前も始末されるからな。まあ、器が若干違うから両方殺されるかもしれないけど、俺が生きていれば可能性はないわけではない、だろ?」
くそ、と地面に這いつくばり手を叩き付ける和勝。悔しそうな横顔には涙が伝っている。
「リラさん眼は冷めました? 和勝の体に電撃を当てて下さい。気絶させるくらいなら大丈夫ですよね」
リラは体を起こし、有馬の背後に隠れながら近づく。
「うん。でも、まだ気力ある? この子」
「油断しては駄目です。まだこいつの感情の変化は治まっていません、早く」
有馬の瞳には和勝を被う青黒い光が消えていない。
リラは小さくごめんと言いながら和勝に手を向け、電撃を当てる。
小刻みに体が震えのたうち回り和勝。悲痛なうめき声が漏れる。
「和勝。何事も眼を背けないでちゃんと見据えてくれ。リラさんはちゃんと見据えた。だからこの世界とあちらの世界をつなげない方法を探し、実行したんだ。成功かどうかはまだわからないけど。だから和勝。お前もお前の方法で見つけてくれ」
有馬が全てを言い終える前に和勝の意識は失っていた。その力が抜けた和勝の眼を隠すように有馬は自分の制服の上着を頭にかぶせた。
「じゃあ、リラさん。公園に行きましょうか、こいつをおぶって」
「うん、有馬……ありがとう」
ボロボロの体で心身疲れているにも関わらず、リラはいつもと同じ笑みを有馬に向ける。
「いいですよ。それより体が傷だらけですから早くあっちの世界に帰って治療してもらいましょう」
有馬はそう言って和勝を肩で抱き、持ち上げた。リラも慌てて有馬と逆の方を肩で抱く。有馬が持たなくてもいいと言ってもきかない。
そして二人は向かった。初めて出会った場所、中央公園へ。
夕闇に染まりつつある公園。その広場の外れの道路脇にある気味が悪いほど綺麗な楕円状の石。そこに座りながら有馬とリラは五〇日がくるギリギリまで話し続けた。有馬が怪我をしているから早く帰れと言ってもかまわずリラは喋り続けた。
そして、およそ四九日終了三分前。
「そろそろ帰るな、有馬」
「やっとですか? ほんと擦り傷だからいいものの、これからは気をつけて下さい」
「うん、ありがとう。あたし有馬にはいっぱい感謝してる。最終的にはあたしが命を助けられたし――」
「たまたまですよ、止めはリラさんですし」
有馬がそう言うとリラは膨れっ面を浮かべた。
「最後まであたしの話し聞いて。有馬はあたしに前を向かしてくれた。有馬に会えへんかったら、あたしずっとアイツのことばっかり考えてたと思う。ほんまにありがとう」
リラは笑って手を差し出す。有馬は照れ隠しにうつむく、が、これで最後なら眼を逸れしてはならないとしっかりリラの眼を見て口を開いた。
「俺の方こそ。この眼が異常だと知って絶望しました。リラさんと出会っていなければ、俺は何を見るのも嫌になっていたはずです。リラさんは俺に見ることの大切さを教えてくれました。自分のことは他人を見ないとわからない。それから逃げていた俺を、俺を」
有馬はこらえきれない嗚咽に言葉がつまる。泣くことはできる、しかし有馬はそれを我慢した。そんな有馬の頭をリラはそっと抱える。
「ありがとうリラさん……俺、眼に映った世界を絵に描いてみます」
「うん。あとはため息つく癖も直したら完璧やな」
涙を拭き、視線を上げるとそこにはもう異世界人の姿は消えていた。
なんだかあっけないなと有馬は苦笑いしながら振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。彼が発する異様な雰囲気に有馬は察する。
「もしかして俺を殺しにきたんですか?」
男は低い声を響かせる。
「ああ、その通りだ四九日内に殺すと決めているからな」
それを聞いて有馬は小馬鹿にするように笑う。
「四九日はそっちの能力の都合でしょ?」
「その通りだ。しかし決まりは決まりだ」
「そっちの世界の都合をこっちに押し付けないでくれ。だいたい俺を殺せば和勝だって殺さなくてはいけないだろ。同じ器を持つ人間のクローンなんだから。せっかくのクローンをこんな無駄に殺していいのか? そんな判断をお前一人でしていいのか?」
「そ、それは……」
男は口ごもり困惑する。その様子を見て有馬は畳み掛けた。
「リラさんはこっちの世界とあっちの世界をつながないようにしたらしい。その結末が出るまで俺の命はとっておいてくれるか? つなぐと決まった時点で殺してくれていいから。それと俺も仕事を手伝うからさ」
「それはどういうことだ?」
男が有馬に仕事の内容を聞き、それはいい考えだ、と納得し姿を消した。
有馬は橙と青黒い空のグラデーションを見つめ呟いた。
「また始めきゃな」
つきそうになったため息を有馬は飲み込み、代わりに笑ってみた。




