エピローグ
中学三年の冬休みを終えても忙しさは相変わらずだった。一週間を八日にしたいバンドの気持ちがわかるくらいに多忙だ。
マンネリ化した初夏を終え、俺の人生を良い意味でも悪い意味でも変えた少女と別れてからは得意の絵画に性を出す毎日。気が乗らなくても描けば意外とノってくるもので、友人からはマンネリ化してんじゃね? と言われるがそんなことはない。だって眼に映る物はいつも違い、新鮮そのものだからだ。
朝は七時五五分の普通電車の三両目に乗り、居合わせた押上と軽く談笑し、二駅先の大型駅につくまで統にメールでひきこもり少女との進展を訊ね、返信が来るまで多少見飽きた中学校を見つめてため息を飲み込む。
返信メールには「会えた」の三文字が表示されていた。
車内はいつもより少し熱く感じ、外気温がいつもより低いから、暖房が効きすぎているのかと思ったが違った。
周囲を見渡すと原因は明らか。二つ左隣にいるサラリーマンは顔から赤いモヤのような物を発していた。少々眼が痛むくらい明るい。顔は見えないがどのような表情をしているのかは大体予想がつく。俺は仕事だと、眼を冷ますため自分の太ももを思い切りつねる。
そのサラリーマンは俺と同じ快速が来る駅で降り、その後を追う。そして隣の快速待ちのホームに列をなした。俺はモヤを発するサラリーマンの横に列をなす。
「特急列車が通過しますので黄色い線の内側にお下がりください」
アナウンスがホームに響く。電車の姿は小さいが眼に捉えられるくらいの距離だ。
その時だった。サラリーマンは前の人達を押しのけ、線路内に駆けて行く。
俺は慌てて追い、その手を掴み制止させた、つもりだった。
所詮俺は中学生。大人の力に敵うわけがなく、振り切られ、ならばと体を掴んだが、俺の体ごとそのサラリーマンは線路に飛び降りた。こいつさては昔ラグビーやってたな、などと考えている場合ではなく、電車は容赦なくこちらに突っ込んでくる。あと十秒もすれば衝突するだろう。逃げれなくもないが、残念。落ちた拍子に足首を捻ったので思うように立てない。
線路に向かって手を組み懺悔するサラリーマンを、俺は手で力任せに押して隣の線路に押し込むことに成功したが、その俺が線路の真ん中にいては意味がない。死んでしまう。手は動くが足が動かないとは何という運命の悪戯。ならば匍匐前進しろよ、と言われそうだが咄嗟にできる物でもない。
電車はあと数秒すれば俺にブチ当たるだろう。眼を閉じ俺は祈りを捧げた。
その瞬間だった。俺の体はタックルを決められ隣の線路に押し込まれた。
電車はスピードを落としながらも俺の元いた位置をそれなりの速度で通過して行く。電車が過ぎると同時に、その金属音と同じくらい大きな声が俺の耳元で響いた。
「バッカじゃない! あんたはいっつもギリギリすぎるのよ」
「だって、自殺するなんて最後の最後までわからないから助けようないだろ……それに死にそうになればリラが来てくれるかもって思うんだよ、どうしても」
「はあ? 最後聞こえないんだけど!」
制服姿の唯賀はそう言って俺を貶しながらも手を差し伸べる。
「あんまりギャーギャー言わなきゃ、あとは良いのにな」
俺がちょっとした愚痴を言うと唯賀は顔を赤らめ俺の背中を強く叩いた。思わず咳き込んでしまう。そしてサラリーマンを確認すると、その顔に見覚えがあり、少々どきりとさせられた。しかし唯賀は気付いていないようで、胸を撫で下ろす。
「もう! いい加減こんなことやめたら?」
こんなこととは自殺しようとしている人を見かけたら救うことだろうか。
「あの三人には恩があって、あんたの手伝いしろって言われたからこうしてるけど。次、死にそうになっても助けないからね! こっちも命がけなんだからっ! それにあんたが死んだら誰があの変な絵を描くのよ。あたし好きなのよ、あのキュビズム? な絵がさ」
「ああ、ありがとうな」
唯賀は俺の言葉を無視し背を向けて、ホームに手を差し伸べ、周りにいた乗客たちに引き上げてもらう。
自殺者を救うこと。確かに危険かもしれないけど、あの異世界の男と約束したことだからやめるわけにはいかない。
それにこれがリラと……いや、並行世界をつなぐ方法だと信じているから。
終わりです。
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