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4-3

 二人が向かった先は青戸の自宅だった。

 有馬は青戸に立石と四ツ木を招集するように命じていたのだ。

 この三人はクラスでも仲が良かったらしく、登校拒否を行い自宅にひきこもってからもパソコンのチャットで連絡を取り合っているのだという。そこで有馬は青戸にチャットで呼びかけるように言ったのだけど……はたしてひきこもりが友人の呼びかけひとつで簡単に外出するのか、というところが不安だ。

 チャイムを押し、青戸が出てくるのを待つが反応がない。

「もしかして引きこもりスイッチをまた押してしまったか?」

「いや、そうではない」

 統が指差す方向には二台の自転車。

「ってことはここには来てるんだな」

「間違いないだろう。確かめてみるか?」

 頷くと同時に有馬は門を開き玄関へと進んだ。

 鍵がかかっていると思われた扉は施錠されておらず、右にスライドさせると開き、脱ぎ散らかった靴が二足目につく。

「やっぱりいるな。でもどこの部屋だろな?」

 このまま入っていいものかと佇んでいると、上の方から笑い声と物音がした。

「行ってみるか統?」

「ああ、クラスメイトだからそう問題にはならないだろう、それに来ると連絡していたのだから」

 有馬は靴を綺麗に脱ぎ、統は散らかった二足と自分の靴を揃えてから玄関正面にある二階に続く階段を上った。

 上るにつれ笑い声と騒ぐ声が大きくなっていく。ひきこもりのわりに随分楽しそうな様子だ。その声が一番漏れる部屋の襖を有馬は開いた。

「よう、青戸。呼び鈴鳴らしてもこないから勝手におじゃまさせてもらったぞ」

 …………。

 反応がなく、テレビゲームをしている三人はさっきまでの和やかな空気を氷結させ、表情もそのままで振り返った。ゲームの派手な爆発音が耳につく。

 立石と四ツ木は顔を合わせ、どういうことだとアイコンタクトをとり、この状況を互いに理解していないことを理解し、ならば青戸か、と顔を向けた。

「ごめん、言ってなかったよね」

 笑って誤摩化そうとする青戸。二人は立ち上がり、猛然と襲いかかった。

「どういうことだよ! お前が新作のゲーム買ったって言うから来たのに!」

 叫ぶ立石。

「なんで委員長と……」

 四ツ木は言いかけて有馬の顔を見つめる。それに気付いた有馬は口を開く。

「有馬だ」

「有馬がいるんだよ! 騙したのか青戸!」

「そ、そういうわけじゃないんだけど」

「「どういうわけだ!」」

 動揺する青戸を捲し立てる二人。止めないといつまで経っても話が進まないと思い、統が青戸と二人の間に割って入る。

「少しは落ち着け。僕たちが来ただけで、まだ何をしようともしていないではないか」

 いつも通りの真剣な表情で説得する統に、二人はそれもそうかと納得し座り直した。

「では有馬から僕たちがここに来た理由を説明してもらう」

 有馬は襖から一歩進み、三人の前であぐらを掻いた。

「よろしく、ちゃんと知らないようだから名乗っておく、有馬だ。で、なんで俺たちがお前らを呼んだのかというと――」

 賭けで負ければ有馬が負債の倍を払う。という部分を除き、押上との勝負内容を有馬は告げた。三人は何も言わず話を聞いていたが、みるみるうちに顔色が青白く変わっていくのがわかった。恐らく口を開けないのだろう。唐突な出来事に。

「な、いい話しだろ? これでお前らの借金はなくなるし、学校にも行ける」

 三人の表情を柔らかくしようと気遣い有馬は明るく声をかけたのだが、

「バカか! ネットサーフィンしかできない俺になんてことを」

 と自虐して言い返すのは立石。

「器用な真似なんてできないぞっ。まつり縫いもできないのに!」

 とわけのわからぬ例えを出したのは四ツ木。

「文化祭のステージで……そんなの目立ちすぎだよ」

 と行う前から緊張する青戸。

 口々に文句を言い、初めから諦めにかかっている三人を見てため息をつく有馬。幸先不安どころの話じゃない。すると隣にいた統が手を二〜三度たたき、三人を黙らせた。

「まだ手品を行ったこともないのに諦めてどうする。もしかするとお前達には新しい可能性が秘められているのかもしれないではないか。がんばれ。諦めたらその時点で――」

「その先は言わせない」

 漫画の名台詞を吐こうとした統を有馬が割って入り止めた。理由は鬱陶しいからだ。

「まあ、こんなありきたりなことを統は言ってるけど、それが重要だと思う。これがその手品だ。一度見てくれ。それで納得いかなかったら断ってくれ」

 三人は顔を見合わせゆっくりと頷いた。

「じゃあ、まずはこの技だ」

 有馬は押上の手品もどきの動画を再生し、三人の中央に携帯を置いた。三人は食い入るように画面を見つめる。

 録画をした順に動画を再生していく。

 二本の瓶の口部分を合わせて立て、その間に入れた千円札を抜く技。そして百円玉の上に瓶を斜めに立てる技。と、ここまで再生して有馬は思い出した。

「この動画は後で青戸に送るから、青戸は二人に送ってくれ。で、あと一種類だけど……撮るの忘れた」

 最初に見せてくれた技を録画し忘れたのだ。

 有馬は口で説明するより実践した方が早いと判断し、財布から千円札と十円玉を取り出した。

「すまないが見ていてくれ。成功はできないけど要領はこんな感じだから。この千円札を横で真ん中を折って置いて、この透かし部分に十円玉を置く」

 口で言いながら手を動かすが、その通りにはならない。十円玉は音を立てて転がる。

「どういうことをするかはわかった。でも誰がどれを担当するかって結構問題じゃね? 得意不得意ってあるだろ」

 立石の言う通り人選が問題だ。たった十日で押上より上手にできるようにならないとなると、適正が重要だ。

「そうだな、俺は全部やるから問題ないけど……こういうのはどうだ? 一応全部練習して、明後日またここで見せ合うんだ。そして誰がどの種目に適しているか判断する。それでいいか?」

「そうだな、同じ練習ばかりしていると飽きがくるだろうから」

 有馬の提案を統も受け入れる。三人もそれなりにやる気になったようで顔つきが若干凛々しくなったように思える。

「ではまた明後日、青戸の自宅に集合。がんばって練習しよう。何ができるかではなく、何をすべきなのか、そういう意識が必要だ」

 力強く統が自己啓発本の受け売りを口にし、その場をキレイにまとめた。


 そして一日が経ち、有馬と統は一昨日と同じ青戸家への道のりを歩いていた。

「大丈夫か統? 顔色悪いけど」

 有馬が心配するのも無理はない。眼の回りには濃い紫のくまができている。いつもは真面目に授業に取り組む姿勢もこの二日間は総崩れで、先生に注意されない程度にノートをとり、それ以外はボーッと黒板を眺めている。なんだか自分の姿を見せられているような気分になり、有馬は授業中に何度もため息をついた。

 そんな統だが、いつもの空元気な声はどこへやら、ボソッと大丈夫と聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で答える。

「おいおい、まさか学校以外は不眠不休で手品の練習してたんじゃないだろうな?」

 統は小さく頷く。冗談で言ったことが事実だとは。有馬の二の腕に鳥肌が立つ。

「僕は賭けに参加できない。だからせめてコツでも掴んで教えてやろうかと思って」

 有馬は彼の真面目さに驚き、感銘を受けた。いつもは人の為に何かをしようとする彼を小馬鹿にしていたところがあったが、ここまで真剣だと笑えない。逆に尊敬してしまう。

「大丈夫か? 風邪でもひいてあいつらに感染したら元も子もないからなあ」

「ああ、大丈夫。それより僕はお前の方が心配だ」

 唐突に意味深なことを言う統。有馬の体調は一昨日と何も変わらず至って良好。なぜそんなことを言うのかと不思議そうな目で有馬は統を見る。

 すると統は親指で後ろを指した。

「有馬、ずっと尾行されてるぞ。ストーカーか? 一昨日もちらちらと見かけたのだが、今日はずっと堂々と後ろを着いて来ている」

 もしかして。悪い予感しかしない有馬はゆっくりとその指先を辿った。すると延長線上で彼女と眼が合い、笑いかけられる。

「ちょっと先に行っててくれ。すぐ戻る」

「それはいいが、彼女は誰だ?」

「俺の友人だ」

 適当な嘘をついてゆったりと歩くリラに有馬は駆け寄り、すぐさま声を荒げる。

「何してんですかリラさん! 俺に付きまとう時はちゃんと姿を消して下さい。周りから怪しまれるのはリラさんですよ」

「あっれ? 消えてへんかったん? ごめんごめん、ミスったわ」

 いつもよりヘラヘラ感が三割増しなのでわざとじゃないか、と怪しむ有馬だが、もしかすると青戸のことが気がかりだったから姿を現したのではないかと勘ぐり、青戸の家にリラを誘うことにした。

「いきなり行ってもええのかな?」 

 ひきこもりと言う連中は人見知りをする可能性が高い。しかし今日は鍛えた技を見せ合う日だ。本番は何百人の視線を集めた中で披露するのだから、知らない人が一人見ているだけで失敗しているようではダメだ。そう有馬は判断し、リラを同行させることにした。


 青戸の家に着きチャイムを鳴らすが、二日前と同じように返事がない。

 先に統が向かっているのだから家に上がってもかまわないだろうと、有馬はリラを連れ、門をくぐった。玄関の扉を開くと統の靴がキレイにそろって並べらていたので、おじゃましますと一言、リラも続けて言って二階に向かう。

 階段を上り終え、二階に着いた瞬間、統の声が聞こえた。それは談笑の感じではなく、強い怒り。

「どうしたんかな?」

 心配そうにリラは有馬に訊ねるが、答えている場合ではないと有馬は駆け足で部屋に向かい、襖を開いた。

 そこにはゲーム機のコンセントを引き抜き、叩き付ける統の姿があった。

「おい、統。何してんだよ」

 たまらず有馬も怒声を浴びせる。瞬間、ビクッと肩が震えた。

「有馬。すまん」

 正気に戻ったのか、統は暗い顔をして部屋を出て行こうと有馬の横をすれ違う。

「ちょっと待て。何があった?」

「すまない、今は説明したい気分ではない」

 肩に伸びる有馬の手を統は弾き、足早に階段を降りて行く。

 熱血漢の統だが、人に対し怒りをぶつけることは少ない。その彼が尋常じゃない感情の昂りを見せている。

「お前ら、統に何した? リラさんは統を見失わない程度に距離を保って追いかけて」

「ほいよ」

 有馬の指示に従いリラは部屋を出て行く。そして有馬は三人を左から順に見据えた。

 有馬の瞳からはまだ変化は伺えない。けれど三人は酷くおびえた表情をしている。

「説明してくれ。あいつがあんなに怒るところは初めて見た」

「い、息抜きに……ゲーム……してたんだよ。ただ、それだけだよ」

 恐怖しているのか、とぎれとぎれに説明をする青戸。

「なるほどね」

 有馬はそう言って背中を向ける。

「また明日来るから、そんときまでに成果見せれるようにがんばれ」

 文句のひとつくらい言ってやりたい有馬だったが適当に挨拶をすませる。今は彼らよりも統が心配なので後を追う。

 家を出ると、有馬の右手に静電気が走った。もしかしてリラが誘導しているのかも知れないと思い、有馬は右に曲がった。そして曲がり角に出るたび、額、左手、右手のどれかに静電気が伝った。額に静電気が伝った場合、どこを行けばいいのか少し迷ったが、正面だろうと判断し、十字路を突っ切る。

 一五分程駆け足で進むと、河川敷に辿り着いた。左右を見渡し、リラか統がいないか確認する。

 緑の芝生が広がる広場は橙の夕陽に色づき、吹く風は夜を運び少し冷たい。川沿いの道路ではランニングするおじいさんや犬の散歩をする子供。帰路を目指し自転車を漕ぐサラリーマンや学生。色々な人達が行き交う。

 それらを眼で追う有馬は少し先にある誰もいない野球のグラウンドのベンチに座る統らしき人を見かけた。その近くではバックネットに隠れながら統の様子を伺い、有馬の方に手を振るリラの姿が見える。器用な奴だな、と有馬は笑みを浮かべながらリラに駆け寄る。

「有馬、あそこにおるで」

 そう言ってリラはベンチを指差す。

「ええ、リラさんのお陰です。ところで力のコントロールが上手ですね。静電気なんて微力を上手に使うなんて」

「あたしは大か小しか調整できへんからね」

 苦笑いを浮かべ、舌を出すリラ。

「それより早く行ってあげて。見た感じ落ち込んでるから」

「ええ、そうですね。結構やばい状態かも」

 有馬の眼には特殊な瞳にはまた映っていた。統の顔の周りにシャボン玉のような物が被い、しかも今回は三重にも四重にもされている。

「このままじゃダークサイドに落ちるかもな」

「どういう意味?」 

 リラの質問を笑ってごまかし、有馬は統の元に向かい、ベンチの空いた部分に腰を降ろした。

「どうした? 統らしくないじゃないか。感情的になるなんて」

 項垂れた統は頭を抱え、大きく息をついてから口を開いた。

「すまない、また過ちを犯してしまった。しかしあいつらもあいつらだ」

 そう言って統は右手をぐっと握る。

「再び学校に行ける可能性があるというのに、ろくに努力もせず、諦めよって。あいつら、僕が来たときテレビゲームをしていたんだぞっ。練習は? と訊いたらあんなのできるわけないと言って、更に頑張るくらいならこうやって遊んでる方がいいと言ったんだ。あの馬鹿共」

「落ち着け、統」

 怒りで体を震わせる統は、その声を聞いて徐々に振動を抑えていく。

「悪い。ただ可能性が残っていると言うのにそれを無下にするのが許せなくて」

「あいつらにはあいつらなりの生き方というか考えがあるんだよ、良い悪い関係なく。それを変えるのは難しいさ。でも変えるのに一週間とちょっとしかないんだから、俺たちがあいつらを理解しようとしないと駄目だろ?」

 統は大きく息を吐き、川の方に視線を向けた。

「わかっているが……わかってないんだよ」

「もしかしてもう一人の登校拒否の子がそうさせてるのか?」

 瞬間、統を被っていたシャボン玉のような物が、すーっと幕を下ろすように上から下にひとつ消えていった。

「そうだろうな。有馬にはいつか事情を説明しなくてはと思っていたのだが、今の僕の精神では残念ながら無理だ。また……明日にでも話す、すまないな」

 そう言うと統はゆっくりと立ち上がった。

「帰るのか? なら一緒に」

「考え事をしたいんだ。一人で帰らしてくれ」

 優しい口調に似合わない重く切ない背中を見て、有馬はそれ以上声をかけることができなかった。いつもの有り余る自信をこの日の為に貯めておけよ、と有馬はため息をつき、夕陽を眺めた。視線の端に映る川が橙にきらめく。

 この問題がまだ始まっていないことに有馬は気付き、更に深くため息をつく。すると後ろから幸せが逃げるで、とありきたりなアドバイスをする声が聞こえたので、再び深いため息をついた。


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