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〈1〉ナオの処刑

「八百長だ!」ナオは口惜しさを露わに上昇するエレベーターの中で吼えた。

ナオは両脇を二人のボディガードに掴まれ、身動きが取れない。

「ドクターハントが俺を嵌めたんだ!」

ナオの前に穂村がいた。

「ドクターハントがお前を嵌めたかどうかなんてどうでもいい。俺が会長に言われたのはお前がマジックグランプリで優勝しなかったら消せと言われただけだ。優勝することが会長との約束だったのじゃないのか?」

「優勝したさ! ハントが一点なんてふざけた点数出さなければ! 大体、他の四人の審査員がみな十点満点中十点なのに、どうしてハントだけが一点なんだ! そもそも一点なんてつけるか? おかしいだろ!」

「別におかしくない。ハントにはお前のマジックが一点に見えたんじゃないのか?」

「そんなわけねぇだろ!」

「大体、お前が悪いんだよ。会長の女に手を出したんだからな」

「あれは…」ナオは言葉が出なかった。

「援助までしてもらっていて義理を欠いたお前が悪いんだよ」

ナオは言い返せなかった。

穂村はエレベータに射しこんでくる月明かりを見た。

「見ろ、ナオ。今夜は満月だ」

ナオは項垂れていた顔をあげ満月を見た。


水樹よしのはシャンパングラスを掲げた。

グラスの中に丸くくり抜かれた白桃が入っている。

「なんか、満月みたい」

「そうです、ね……」

「はい」よしのはグラスをナオに渡した。

ナオはグラスを受け取った。

「改めて乾杯しましょう」

「俺は会長からよしのさんをとどけるように言われただけですから」

「ナオ君みたいに若い人とゆっくりお話をする機会がないのよ」よしのは甘えるようにナオに言った。

「そうですか……」

「若いっていいわね」よしのはナオの手に手を乗せた。

「よしのさんだって若いじゃないですか? 俺より四つぐらい上なだけでしょ」

「私が若くても会長は七十七よ」

よしのはナオの手に手を這わせた。

「いいわね。この手でみんなを楽しませているの?」

「手品師ですから」

「私もこの手で楽しませて欲しいわ」よしのはナオの手を握り、自分の太ももにナオの手を持っていった。

「いやいや、よしのさん」

「大丈夫よ。会長は初めからこうなることを承知の上であなたに私を送らせたのよ」

「いや、そんなことないですよ」

よしのはナオにキスしてきて、そのままナオをソファに押し倒した。

「よしのさん。それはマズっすよ」

〈そう、俺は会長の女、水樹よしのと関係をもってしまった。会長は俺のパトロンで会長から経済的な支援と威光の恩恵を受けていた。それだけに会長の女、よしのに口説かれても頑なに断ってきた。断り続けてきた。でも、あの夜だけはなぜだか拒み切れなかった……〉


ナオが会員制高級クラブで余興として手品を見せては場を盛り上げていた。そこに穂村が現れた。バックヤードにいるナオに言った。

「ナオ、会長は大変ご立腹だぞ」

「あれは」

「言い訳はいい。会長は俺にお前を消せと言った」

「……」

「但し、会長はお前にチャンスをやるとも言った」

「チャンス?」

「マジックグランプリで優勝しろ。優勝したらお前を許してやるそうだ」

「マジックグランプリで優勝?」

「そうだ優勝だ。優勝したらお前を許す。それどころか、よしのをお前にやるそうだ。どうだ、いい話だろ。会長の懐の深さ、慈悲深さが伺える。どうだ、やるか?」

「やる。優勝すればいいんだろ」

「できるのか?」

「マジックグランプリなら楽勝だ」ナオは断言した。

「ほぉ、たいした自信だな。さすが会長が目にかけてきたマジシャンだ」

ナオは穂村を見た。

クラブのボーイがナオを呼びに現れた。ボーイは穂村を見て会釈し、ナオを見た。

「ナオ、お呼びだぞ」

「お前が優勝するの、会長は楽しみにしている」穂村は微笑み、ナオの肩を叩いてクラブから出て行った。

〈マジックグランプリは名をあげようとする駆け出しの手品師の登竜門。そんなところに俺はいない。そんな連中と比べられること自体、ナンセンスだ〉

「マジックグランプリでいいなんて、会長も俺の実力がわかってない。もうろくし始めたのかな」ナオはそう呟き、ホッとした顔で呼ばれた客席に向かった。


〈そう俺は間違いなく優勝するはずだった。審査員の一人、ドクターハントが一点なんていうふざけた点数をつけなければ……〉


ナオは二人のボディガードに両脇を掴まれたまま穂村と超高層ビルの頂上の立ち入り禁止区域に立っていた。

「さすがに高いな」

ナオも眼下に広がる高層ビル群をみた。

穂村はスマホを取り出し、動画撮影をし始めた。

「こうして他のビルを見下ろすと、なんかビルも墓石に見えなくもないな。なぁ、ナオ」

ナオは答えなかった。

「墓石に見えるのは、今からナオがここから飛び降りるからかな」穂村は笑ってナオを顔を撮影した。

ナオは真顔だった。その表情に怯えはない。

「どうした、そんな怖い顔して。ここから脱出するマジックでも考えているのか? お前を助けに空から見えない糸でも降りてくるのか」

穂村は夜空には満月が見えた。

「いいお月さまだ」

「マジックグランプリは出来レースだったんだな」

「あ?」

「初めからドクターハントに俺を優勝させないように一点つけさせるつもりだったんだな」

「そいつは知らんよ」

「マジックグランプリのメインスポンサーは確か獅子王グループ傘下の会社だったよな」

「んん、そうだっけ?」

「そうだ。あの爺のグループ会社だ」

「会長のことを爺呼ばわりか? それはないんじゃないか? 今まで散々恩を受けてきたろ。それに不義理を働いたのはお前なんだ」

「あの爺は初めから俺を殺すつもりだったんだ」

「兎に角、俺はお前をここから落として来いと言われただけだ。俺に出来ることはお前が安心して苦しまずにここから落とすことだけだ。それが会長のお前にかける最後のお慈悲だ」

ボディガードの一人がナオに頭巾を被せた。

「何すんだよ!」

ボディガードがナオを自由にした。

「見えない方がいいだろ。こんな高いところから落ちるんだ。おいおい、あんまり動くなよ。見えないんだから。それとも自分から落ちるか?」

頭巾を被らされ視界の見えないナオは動くのを辞め、止まった。

ナオは深く深呼吸した。

ナオは観念した。

「わかったよ。お前の好きにしろ」

「お、腹くくったか」

「もうどうしようもねぇや……」

「なんだ、マジシャンなのに諦めるのか?」

「……」

「会長は命がけで藻掻く人間の姿を見るのが好きなんだがなぁ」穂村は動画でナオを撮影している。

「あの変態爺」

「ナオ、お別れの前に一つ教えてやるよ」

「何を?」

「ここが都市伝説の場所だってこと、知ってるか?」

「都市伝説の場所? 一体何の伝説なんだ」

「ここは飛び降り自殺の名所なんだ。その界隈では有名な話だ」

「それがどうして都市伝説なんだよ」

「それはな、ここから飛び降りた人間の体が見つからないんだよ。地面に肉片も血痕見つからない。飛び降りたのに飛び降りた人間の痕跡がないっておかしいだろ。だから都市伝説って言われてるんだよ」

「そんなの、飛び降りたように見せかけて飛び降りてない。ただのふりだ」

穂高はスマホを一人のボディガードに渡した。

「なるほど。それがマジシャンとしての種明かしか。じゃぁ、その都市伝説も今夜で終わりだな」

「え?」

穂高はナオの腹を思いっきり蹴った。

ナオの体が宙に浮き、超高層ビルの外に出て落ちていった。頭巾を被らされているナオには何も見えず、「うわぁ」と叫び続けながら落ちていく。満月の明かりが超高層ビルの窓ガラスを照らし、落下していくナオを追うように満月の明かりが照らし、満月の明かりは窓ガラスにも反射してナオの体は光で包まれた。

穂村にナオの叫び声が聞こえたが、すぐ聞こえなくなった。

穂村はスマホの動画撮影を止めた。

「帰るか」


穂村と二人のボディガードが超高層ビルから出た。すると二人の巡回中の警察官が現れた。穂村と二人のボディガードは立ち止まり、そ知らぬふりをし背を向けた。

二人の警察官の話し声が聞こえた。

「やっぱり、こっちはいいですよね。酔っ払いもいないし。第一、人が少ない。駅の向こう側の繁華街なんて酔っ払いや喧嘩やらで一日の中で夜が一番忙しいですからね」

「そうだな。夜勤やるならこっちだよな」

「まぁ、何もないっていうのも、それはそれで気が抜けますけどね」

「俺たちが暇ってことは平和ってことだ」

「そうですね」

二人の警察官は穂村たちの前を去って行った。

穂村は、警察官の後ろ姿を見てからボディガードの一人に声をかけた。

「ナオが落ちた場所、見て来い」

穂村たちの前に高級車がやってきて停車した。穂村が車に乗ろうとしたとき、ナオの死体を見に行ったボディガードが慌ててやってきた。

「死体がありません!」

「死体がない?」

「はい!」

「無いわけないだろ。肉片になったんじゃないか」

「肉片もありません! 何もありません!」

「血は? 血の跡ぐらいあるだろ」

「血も何もないです!」

「そんなわけねぇだろ」

穂村は車に乗るのを辞めて、ボディガードと一緒にナオが落ちた場所に向かった。

「落ちたのならこのあたりです」

穂村は地面を見た。石畳の綺麗な地面。

「どこかに引っかかってるんですかね」ボディガードは超高層ビルを見上げながら言った。

穂村は超高層ビルを見上げた。

窓ガラス張りの頂上まで凹凸のない垂直平面のビル。

「引っかかるって、どこに引っかかるんだよ」

「そうですね。どこでしょう……」

穂村は超高層ビルを見上げ続けた。

窓ガラスには満月が写っていた。



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