6 用務員、昔の夢を見る。
夢を見た。
透が用務員として働く、とある日の夢だ。
「でさー、うちの担任がちょー良い人なのよ」
某高校の中庭で、透と学生たちが円になって座り、賑やかに話をしている。
話題は学生たちの担任のコイバナだ。
「それでね、近々プロポーズするらしいんだけど! でも、どうにも奥手だから失敗しそうなんだよね。だから何か良い感じにシチュエーション作ってやりたくてさー」
「ほほう、サプライズって奴ですねぇ! いいですねぇ」
「いいっしょ?」
「でもサプライズ大好きって人も、サプライズ大嫌いって人もいるから、そこのところは慎重にした方が良いですよ」
透は学生たちの内緒の作戦を聞いて、眼鏡を押し上げつつ助言をした。
サプライズというものは、企画する側は楽しい。
しかしサプライズを受ける側の反応はまちまちだ。
もしもサプライズが嫌いな人間だったら、喜ばせるどころか逆効果になってしまう。
透がそう伝えると、学生たちはハッと目を見開いた。
「……確かに。うちもさ、両親に外食しようって連れ出されたら、実は親戚の子の面倒を見ながらって奴だったの! 親戚のちびっこかわいいけど、何かさー、違うじゃんねー」
「分かる! 家族で食事と、親戚と食事じゃ違うもんな」
「な~。んん、ちょっと考え直すかぁ」
学生たちは神妙な顔で頷いた。
それから、ああでもないこうでもないと相談をしているうちに、あっという間に時間が過ぎて、授業の予鈴が鳴り始める。
「あ、ヤバ! 授業始まっちゃう!」
「長谷さん、行くわ! またな!」
「仕事頑張ってねー!」
「はーい、ありがと! 君たちも勉強頑張れ~!」
立ち上がって走り出す学生たち。
透はその背中に向かって「廊下は走らないでね」と続けようとしたが、あっという間に校舎の中へと消えてしまった。
若者は実に元気だ。透は苦笑しつつ、自分もよっこらせと立ち上がる。
「さーて、今日も元気に一日、お仕事がんばりますかねー!」
そして両手を空に突き上げて、大きく伸びをしてから歩き出した。
それが用務員としての透の日常だった。
用務員の仕事をして、学生たちと雑談したり相談に乗ったり。
そんな毎日を透は過ごしていたのだ。
◇ ◇ ◇
長谷透の二十六年の人生には、高校時代というものがなかった。
中学一年生の時に両親を事故で亡くし、親族もいなかった透は施設へ預けられ、そこで中学卒業まで過ごした。
中学卒業後は地元の建築会社に就職。年齢・学歴・資格不問。そんな謳い文句を見て応募し、採用された。
中卒だったが真面目に働いていたことが功を奏し、昇給もちゃんと考えてくれる良い会社だった。
不満はない。むしろ感謝しているくらいだ。
だけど――胸の中には何とも言えないもやもやした感情が、ずっとあった。
それが何なのか透には分からない。
分からないまま数年が過ぎた。
そんなある春の日のことだ。
夜勤を終えたは良いが、バスに乗り遅れてしまった透が、仕方なく歩いてアパートへ向かっていると、とある高校の前を通りかかった。
いつもはバスでサッと通り過ぎていたそこでは、朝の陽ざしを浴びながら、学生たちが楽しそうに笑って登校している。
(いいなー……)
学生たちを見ていたら、透は無意識にそう思った。
そして一拍遅れて「あれ?」と思った。
いいなと思った時、胸の中のもやもやが少し晴れたからだ。
「…………」
透は目を見開いた。
ああ、と口が動く。もやもやの正体はこれだったのだ、と。
(高校生、やってみたかったんだ……)
心の中でぽつりと独り言ち、透は自分のアパートへと向かう。
どういうわけか泣きたい気持ちになった。
目の奥が熱くなって、透は服の袖で顔をぐいっと拭く。
そうして走ってアパートへ帰れば、郵便受けには新聞やらチラシやらがぎっしり詰まっていた。
ため息を吐きながら、透はそれらを引っ張り出す。
すると、ぱさり、とチラシの一枚が床に落ちた。
見れば求人広告のようだ。地元で募集されている求人が載っている。
しゃがんで拾い上げる。
すると「用務員募集」と書かれた文章が目に留まった。
「用務員……高校の?」
その時、ぱちり、と目の前が弾けたような気がした。
学校の先生にはなれないし、学生もこの年から入学するのはどうにも勇気がない。
だけど用務員だったら。
そう考えた時には、透はもう電話をしていた。
「あのっ! 求人広告を見たんですが、まだ募集していますかっ?」
――そうして面接を経て、透は用務員として採用された。
前の職場には申し訳ないと思いつつも、受かった時は透は嬉しかった。
用務員の仕事は大変だけど、生徒たちと話をしたり、賑やかな学校の中で働くのはとても――。
「楽しかったなぁ」
『楽しかったなぁ』
誰かの声が、透のつぶやきに重なった。
『楽しかった。だから――だからせめて、この命が続く限り、少しでも、其方の愛したこの地を――』
寂しそうで、悲痛な声だ。
どこかで聞いたことがある気がする。
これは誰の声だっただろうか――透が思い出そうとしていると、
「トールっ!」
「みいっ!」
大きな声が聞こえて、透はハッと目を覚ました。
目の前には心配そうな顔のルイと子猫がいた。
「あれ……僕……」
ぼんやりとつぶやくと、ルイはホッと息を吐いた。
「ああ、良かった。目が覚めたか……!」
「ルイさん? それに猫ちゃん……えーっと……?」
「城へ戻ってみれば、骨狩りとの戦いで倒れたらしいじゃないか。様子を見にきてみたら何やら唸っていたが……大丈夫か? 怪我はしていないか?」
状況が飲み込めない透に、ルイは色々と話してくれた。
そのおかげで、何となく理解した透は「なるほど」と頷いて、上半身を起こす。
「ご心配、ありがとうございます。この通り僕は無事ですよ」
「そうか、良かった……って、違う! べ、別に心配などしていないぞ! この猫が、トールはどうなったかと不安そうに鳴くのでは……! それに仮にも魔王となった者が、そう簡単に死んだりせぬのは分かっているからな!」
ルイはぷいっと顔を背けてしまった。頬が赤くなっているのは指摘するべきだろうか。
そんなことを考えながら透がくすくす微笑っていると、不意にお腹の虫が、ぐう、と鳴いた。
「む? 腹が減ったのか?」
「みう?」
「そう……みたいですね? 何か自覚したらすごく……」
ぐう、と再度お腹が鳴った。
透はお腹を押さえて「うぐ……」と呻く。
それを見たルイはくすくす楽しそうに笑う。
「ならば食堂へ行こう。ここの食事は美味いからなっ!」




