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顔が良いだけの用務員、何故か異世界で魔王になりました。  作者: 石動なつめ


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4 用務員、魔王城を見て回る。


「えっ、ノアさん、僕よりずっと大人だったんですか⁉」

「うむ、そうじゃよ」

「女性に年齢を訊くのも良くないんですが、ち、ちなみに何歳……?」

「年齢くらい別に構わぬよ。我は男でも女でもないからのう。それにしても歳か……ふーむ。今年でいくつじゃったかのー。三百を過ぎてから数えるのを止めたのでなぁ」

「はあ……」


 ノアから衝撃的な話を訊きながら、透は魔王城内を歩いていた。

 魔王の仕事の続きだ。城の見回りをしているのである。


「魔王の仕事って、書類仕事ばかりだと思っていました」

「まぁ、それもあるがのう。城の中の様子を確認するのも、大事な仕事じゃ……む?」

「どうしました?」

「何やらあちらが騒がしいと思うてな」


 そう言って、ノアは廊下の先に杖を向ける。

 何かの部門のようだ。室名札がかかっているが、あいにくとこの世界の文字は、まだ透には読めない。


(そう言えば、どうして言葉は通じているんでしょうね)


 今になって気付いたが、これも魔王に就任した影響なのかもしれない。

 透はそんなことを考えつつ、ノアと共にその部屋へと向かった。 

 開いたままのドアから中を覗いてみると、頭に牛のような角を生やした大柄な男が、ぷすぷすと煙を上げる機械を前にがっくりと肩を落としていた。


「あー、また止まっちまったなぁー……」

「どうした、ラキ。何かあったか?」

「あっ、ノア様。それと……」

「新たな魔王のトールじゃ」

「一時的な魔王のトールです、初めまして」

「あー、あんたが。初めまして、ラキっす」


 ノアから紹介をされた透が挨拶をすれば、ラキは普通に返してくれた。

 反発や嫌悪感があると透は身構えていたので、少々拍子抜けだった。


「それでラキ、どうしたんじゃ? 何やら賑やかじゃったが」

「あ、はい。これです、これ。また壊れちまって……」


 ラキはそう言って、目の前の機械をポンポンと叩いた。

 見た目は薪ストーブに似ている。


「これ、何ですか?」

「冷暖房用の魔道具っす。暑いときは涼しい風が、寒い時はあったかい風が出てくる奴なんすよ」


 どうやら見た目通りのものだったらしい。

 透は眼鏡を指で押し上げて、興味津々に顔を近づけた。


「へー、この世界にもそういうのあるんですねぇ。でも、素人が見ただけでも何か……すごく古い感じがしますけど」

「そうなんですよ。五十年前から使っている奴で……前々から陳情していたんすけど、全然新調してもらえなくて」

「前の魔王はケチじゃったからのー。魔王城にある設備の大半が古いままじゃ」

「修理して騙し騙しで使ってるんすけど、そろそろダメそうで……今は寒暖の差が激しいからどうしたもんかなって」


 ラキは、はぁ、とため息を吐いた。


「魔王城って、そういうの買い換えられないほどお金がないんです?」

「いや、さっきも言ったが、前の魔王がただケチだっただけじゃ。もっとも、理由はあるがのう」

「本人は節約って言ってましたけどねぇ。理由はあるんすけど」


 二人とも呆れた顔もしているが、強く責める気はないようだった。

 つまりその理由が、納得できるものであった、ということだろう。

 なるほどなぁと思いながら透は体を起こす。


「こういうのって、他にもあるんですか?」

「ああ、あるよ。というか魔王城の設備の大半がそうだと思う」

「なるほど……それでは!」


 透は目をキランと輝かせ、左手の人差し指をピンと立てる。


「城にある設備を全部ぐるっとチェックしましょうか!」


 するとノアとラキがポカンとした顔になる。


「えっ、ええっ⁉」

「急にやる気を出してどうした?」

「いやー、僕、こういう仕事、大好きなんです! まさに用務員さんの仕事! もう、用務員さんの仕事をしていない時間が落ち着かなくって!」


 ウキウキし始めた透を見て、ラキが太い指で頬をぽりぽりとかき、ノアを見下ろす。


「あー、えっと……それはありがたいっすけど……ノア様、いいんすか?」

「まぁ、いいんじゃないかのう。こやつ、ひとまず魔王じゃし」

「そっかぁ……」


 ラキはまだ、いいのかなぁ、という様子だった。

 しかしノアが許可したという部分が大きかったようで、すぐに「案内するっす!」と、案内役を買って出てくれたのだった。



       ◇ ◇ ◇



 ラキの案内で魔王城の設備を点検して回った結果、やはり老朽化したものが大半を占めていた。

 透も最初はウキウキしながらメモを取っていたが、徐々に増えていくその数を見てだんだんと、ある種の恐怖を覚えるようになった。


(この魔王城ヤバイ)


 語彙が消失するレベルだった。

 魔王城で働く者たちが修理をして何とか使っているようだったが、いつ駄目になってもおかしくない。

 その中には壊れるととんでもなくまずいものもあったようで、一緒に見て回っていたノアとラキから表情が消える様を透は何度か目撃した。

 めちゃくちゃ怖かった。


 そうして三人は最後の点検場所――治療院へとやって来た。

 ここは緑の領地に住む者たちの中で、特に重い症状の病人や怪我人が運び込まれる場所だ。魔王城の施設では一番広い。

 重要な場所ではあるのだが、ここの設備もだいぶ古かった。

 ただ他と比べてマシではあったので、前任の魔王はまったく考えていないわけでもないようだ。


「本当に、何でこんなに交換しなかったんですかねぇ」

「まー、其方の前の魔王が就任したばかりの頃は、緑の領地はなかなか財政難じゃったからの。その時の感覚を引きずっておったというのもあったかもしれぬ」

「それってどのくらい前なんです?」

「んー? ざっと二百年ほどかのー」

「はー、ノアさんってほんと長生きさんですねぇ……」

「ははは。魔人種はこんなもんじゃよ。じゃが、不老長寿じゃが不死ではない。我もあとどのくらい生きれるか……」

「…………!」


 ふっと凪いだ目をするノア。

 それを見て透はハシッと手で口を覆って数歩後ずさった。


「そ、そんな……! 長生きしてください、ノアさん……っ!」

「おうおう、初々しい反応じゃ。其方はかわいいのう」


 涙目になりながら訴えると、ノアは切なげな表情を浮かべてそう言い、


「魔王様ー、その人まだまだ長ーく生きるから安心しなー」


 直後にラキのツッコミが入った。


「あっ、こら、バラすでない」

「そうなんです?」

「ああ。魔人種の寿命は体に出るのさ。寿命が近付いてきたら、体にひび割れのような、光の線が入り出すんだ。ノア様にはその兆候がないから、まだまだ健康だよ」

「なるほど……」

「まったく、せっかく若者に労わられるチャンスじゃったのに……」


 透が胸を撫でおろす隣で、ノアは拗ねたように口を尖らせた。

 そしていると、がらり、と奥のドアが開いて年嵩(としかさ)の長身女性が入って来た。耳が鳥の翼のようになっている。

 彼女はこの治療院で院長を務めているジナだ。


「ノア様、若者をからかうんじゃないよ」

「じゃってー。ジナも労わられたいじゃろ?」

「まぁ、そこだけは同意するよ」


 ジナは丸眼鏡を指で押し上げて苦笑しつつ、透のところまでやって来た。

 そして持っていた書類をひょいと差し出してくる。


「はいよ、魔王様。うちにある設備の状態だ。チェックしてあるのが、できれば早めにお願いしたいものだ。用途も一緒に書いてある。文字は……」

「読めませんが、ノアさんに教えてもらいますので大丈夫です。お忙しいところ、ありがとうございました」

「いや、礼を言うのは私の方さ。古くなって、いよいよどうしようかと思っていたもんだから、魔王様に声をかけてもらえて嬉しいよ。ありがとう」


 ジナはそう微笑むと、近くにある機械――この世界では魔道具と呼ばれるそれをを見上げた。


「特に、これが動かないと、困る子が多かったから良かったよ」

「これは?」

「魔力抽出装置さ。果物や野菜から魔力を抽出するものでね……って、そういや魔王様、魔力がない世界から来たんだったね」

「あ、はい。まったくないです。今こんな体ですけど」

「そうか。じゃあ、軽く説明しようか」


 ジナは頷くと、白衣のポケットから五センチくらいの棒を取り出した。それを軽く振ると、カンカン、と小さな音を立てて伸び、指揮棒のような長さになる。


「魔力ってのは血液と同じく、体の中で作り出せるんだ」


 話しながらジナは指揮棒を軽く振る。

 すると空中にシャボン玉がのようなものが現れた。

 シャボン玉の中には、小さな光の粒がぎっしりと詰まっている。


「だけど魔力ってのは厄介なものでね。多過ぎても少な過ぎても、体に不調を及ぼしてしまう。そこにちょっと厄介な病があってね」

「病ですか?」

「ああ。魔力欠乏症と言って、魔力が体の中で上手く作れず、できても外へ流れ出てしまう病気なんだ」


 ジナが再び指揮棒を動かす。

 するとシャボン玉に小さな穴が開いて、光の粒がサラサラと外へ流れ出した。


「減ると……どうなるんですか?」

「体が動かなくなって、最悪、死ぬ」


 その言葉と同時に、シャボン玉がパチンと弾ける。

 透は目を見開いた。 


「それは……治るんですか?」

「まだ治療法は確立されてはいないんだ。今のところは個人の自然治癒能力に賭けるしかない」


 ジナは首を横に振った。


「体内の魔力を増やせば症状を緩和させられることが判明したので、ひとまずの対処法として、魔力を含む食べ物や飲み物を摂取させている。ただ、魔力がしっかり詰まっている食べ物は、緑の領地にはそう多くはない。だからこの装置を使って魔力を抽出し、飲ませているんだ」

「つまりジューサーみたいなもの……」


 用途が想像できた透は、ぽつりとつぶやく。

 

「魔力そのままだとちょっと苦いから、ジュースに混ぜたりするんだけどね」

「なるほど~……ん?」


 そんな話をしていると、視界の端で何かが動いた。

 何だろうかとそちらを見れば、病室へと繋がる通路の方から、子供たちがひょこっと顔を覗かせていた。

 おや、と透は目を丸くししたあと、朗らかに笑って手を振ってみる。

 子供たちは、ぴゃっ、と一度隠れてしまったが、少しして再び顔を出して、おずおずと手を振り返してくれた。


(あれ……?)


 その手を見て透は軽く目を開いた。

 彼女たちの手が、透の左腕と同じく結晶化していたからだ。

 ただ透とは違って、彼女たちの腕は透明――水晶のようだった。


「あの子たちは?」

「城で面倒を見ている子たちじゃ。魔力欠乏症でな。魔力が足りないと、体が補おうとしてああなる」

「なるほど……僕のこれと似たような感じですかね」

「そうじゃの。似て非なるものではあるが……」


 ノアは透の腕を眺めてそう言った。

 透の場合は、体が魔力を馴染ませようとして魔石化したとのことだった。

 だからなのか、特に不調は感じないし日常生活に不便もない。

 けれど、あの子たちはどうなのだろう。


「長いと二年くらいずっと、親と離れて城で生活しておってなぁ」


 ノアはそうも続けた。

 それを聞いて透は胸が痛んだ。

 親と離れて――それがまるで自分のことのように感じたからだ。

 透はスッと立ち上がると、子供たちのところへ歩いて行って、


「どーもー! 用務員で魔王の透さんですよ! こんにちはー! よければ一緒に、あーそびーましょー!」


 なんて、治療院では場違いなくらい明るい声で、子供たちを遊びに誘ったのだった。


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