3 用務員、魔王の仕事をする。
今後のことを相談した結果、透は二つの目標を立てることにした。
一つ目は透を召喚したものを探すこと。
二つ目は魔王の仕事をすることだ。
「トールを召喚した者を探すのは私にまかせておけ。これでも顔が利くからな」
「ありがとうございます、ルイさん。助かります」
「うむ。期待して待っているが良い!」
そう言って、ルイは元気に、召喚者探しを請け負ってくれた。
客間を颯爽と飛び出す彼女を、透は手を振って見送る。
(睨まれなくなった……良かった……)
ついでに、こっそり胸を撫でおろす。
最初に出会った時の印象が悪すぎて、彼女からはずっと睨まれっぱなしだった。
けれども今は少しだけ、笑顔を見せてくれる。
(それもこれもノアさんのおかげですね)
ちらりとノアを見る。
彼は座ったまま、クリスタルのように綺麗なペンで、手帳に何やら書き物をしている最中だ。
今後の相談をしている間も、透とルイはギクシャクすることが多々あった。そのたびにノアがフォローをしてくれたのだ。
おかげでルイの態度もだんだんと軟化し、普通に話ができるようになった。
(ありがたやありがたや……)
思わず手を合わせて拝んでいると、
「どうした?」
ふっと顔を上げたノアに見られてしまった。
「ノアさんのおかげで、ルイさんに睨まれなくなったので感謝をと」
「そうか」
ノアは軽く頷いて、ルイが出ていったドアの方へ顔を向ける。
「ルイの奴、ずいぶん機嫌が良くなって何よりじゃ。もう少し荒れると思ったんじゃがのう」
「もう少し?」
「うむ。今より小さい頃は、もっと血気盛んじゃったなぁ。だいぶ控えめじゃ」
懐かしむように目を細めるノア。
(あれで控えめ……)
本当だろうかと、失礼ながら透は訝しんだ。
何せ、今にも食いつかれそうな勢いだったのだ。
あの場でするりと土下座が出なかったら、果たしてどうなっていただろう。
そう考えて、透はぶるりと体を震わせた。
「そ、そうなんですね……」
「ふっふ、そう怯えずとも大丈夫じゃ。荒れておっても、殺しはしなかったと思うぞ。まぁ、腕か足に別れを告げていたかもしれんが」
「十分怖いですよっ!?」
ひいっ、と青ざめる透。
するとノアは声を立てて笑った。
「ははは。あの子はずっと魔王を目指しておったからの。まぁ、一族の期待を背負っておったのもあるが……」
「そちらも何か、色々と大変なんですねぇ」
「大変なんじゃよ、本当にな。……さて、それでは其方の仕事の方も始めるとするか。我についておいで」
言って、ノアは椅子から立ち上がる。
そして透を手招きしつつ、ひょいひょいと軽い足取りで、客間を出て行った。
仕事とはもちろん「魔王の」である。
「はーい、行きまーす! 猫ちゃん、行きますよ~」
「にゃう!」
透は子猫を腕に抱くと、ノアのあとを追いかける。
客間を出ると、ノアはずいぶん先へ行ってしまっていた。
歩幅は狭いし、走っている様子もないのに、歩く速度がずいぶん早い。
透は急ぎ足ノアに追いつくと、彼の後ろをついて進む。
そして先ほどは見ている余裕のなかった魔王城の中を、のんびりと眺め始めた。
(それにしても綺麗な城ですねぇ)
はー、と感嘆のため息が口から洩れる。
設えられた家具や調度品の美しさはもちろんだが、何よりも素晴らしいのは、掃除が隅々まで行き届いていることだ。
踏み台がなければ、掃除道具が届かないくらいの高い天井は蜘蛛の巣が張っていないし、廊下の角に埃が溜まっていることもない。窓やサッシだって、汚れひとつなく丁寧に掃除されている。
(うーん、良い仕事してますねぇ! 僕も見習わなければ!)
用務員にも掃除の仕事がある。透も自分なりに頑張っているつもりではあるが、美しく掃除されたこの魔王城を見てしまうと、もっとやらねばという気持ちになった。
(良い刺激をいただきました)
透はしみじみそう思うと、お上りさんのようにきょろきょろと眺めながら歩く。
そうしてしばらく進むと、ノアは魔王城の一番奥にある、重厚な部屋の前で足を止めた。
「この中じゃ。ここは魔石の間と呼ばれる部屋での。限れた者しか中へ入ることはできぬ」
言って、ノアは杖を軽く横へ振った。
すると扉がひとりでに、ずず、と開いていく。
「おお、異世界版自動ドア……」
何だか感動してしまい、透はぱちぱちと拍手をした。動作自体は見慣れているが、これが異世界で起きていると考えると、とても興味深い。
呆けた顔でドアが開くのを見ていると、その間にノアがさっさと魔石の間に入ってしまった。
(おっと、いけないいけない)
透も同じように、入り口をくぐる。
――その時、何か薄い膜のようなものを通り抜けた感触があった。
「ん?」
独特の感触に、透は思わず足を止める。
振り返って確認するが、そこには何もない。
気になって一歩後ろへ下がり、また足を踏み入れる。
するとやはり、薄い膜を通り抜けたような感触があった。
「あれぇー?」
「みい?」
透が首を傾げると、腕に抱いた子猫も同じように不思議そうにしていた。
どうやら子猫も透と同じようなものを感じたようだ。
(そう言えばノアさんがさっき、限られた者しかって言ってましたっけ)
今の膜のような感触は、その「限られた者」を選別する何かだったのだろう。
やはり異世界とは不思議なものだ。
(……とすると、この子猫もそう)
この子猫すごい。
透が子猫へ尊敬の眼差しを向けていると、
「トール、何をしておる。こっちじゃ」
と、ノアに呼ばれてしまった。
「あ、はーい!」
透はハッとして、慌ててそちらへと向かった。
◇ ◇ ◇
ノアの声を頼りに部屋の奥へ向かうと、そこには巨大なエメラルド色の水晶が、光を放ちながら浮かんでいた。
(あれ、僕の腕と同じ?)
思わず自分の腕を見る。その水晶のようなものは、大きさこそ違うものの、色合いや雰囲気が魔石化した透の左腕と酷似していた。
「ノアさん、これは何ですか?」
「魔石じゃの。其方の腕と同じじゃ。ヴェルデ神の魔力を帯びた魔石でな、緑の領地に魔力を行き渡らせるために、必要なものなのじゃよ」
やはり同じものだったらしい。
なるほど、と透は軽く頷く。
「へぇー……あ、そうだ。さっき聞きそびれちゃったんですが、その、魔力って、どういう役割をしているんです?」
「うん? そうじゃのう……魔力の使い方は様々じゃが、土地に注ぐ魔力ならば、土に栄養を与え、水を行き届かせ……そうして植物を育てる役割があるのじゃよ。この世界の土地は、そうやって環境を保っておるのだ。無論、ただそれだけで、植物が育つことはないがの」
ノアの話によると過去に、それなら手を加えなくても良いだろうと、野菜の種だけ撒いて放置した者がいたらしい。しかし、そうやって育った野菜は実が小さく味も薄く、さらには収穫量も悪かったそうだ。
それはそうだろうと透は思う。仕事を楽にしようとしても、ただ手を抜くだけでは、そうはならない。楽にするために様々な試行錯誤と準備が必要なのだ。何も考えずにできることでもない。
「だが、今はなぁ……」
「どうしました?」
「…………ああ、いや、何でもない」
何かを言いかけて、ノアは首を横に振った。
透も気にはなったが、しつこく訊くのも失礼かと思い口を閉じる。
「では、其方の仕事を説明する。この魔石に魔力を注いでもらいたいのじゃよ。やり方は教えるからのう」
「手厚い……! っていうか、今さらなんですが、本当にこれって僕がやってもいいんですか?」
透は少し心配になって、念のため確認する。
何だかんだで、ほぼ偶然と流れで魔王になってしまっただけなのだ。
ノアから聞いた説明で、ヴェルデ神の魔力とやらが、自分に注がれたのはふわっと理解できた。
けれども、そんなに大事な仕事に、自分のようなぽっと出の異世界人が関わって良いものかと思ったのだ。
するとノアは「もちろんじゃ」と笑った。
「今は其方が魔王じゃからの。魔王の仕事もしてもらわねばならん。そうでなければ、其方はヴェルデ神から魔力を取り上げられて、魔王ではなくなってしまうぞ」
「えっ、それならそれで良いのでは?」
「そうか? 先ほども言ったが、そうなれば其方がただ死ぬだけじゃぞ」
「死」
突然の物騒な宣告に、透の体がぴしりと固まる。
「ヴェルデ神は実に怠惰な神じゃからのう。アフターケアなどしてくれんよ。運が良くて干物じゃの」
「いやー! 干物はいやー! 与える時と取り上げられる時の差が激しくありませんっ!?」
透は思わず半眼になった。
思い出してみれば、魔力を与えられた時も『まぁいいか』とか言っていた気がする。
怠惰というか、ずぼらである。さすがにこれを言うと、ヴェルデ神の怒りを買いそうなので黙っているけれど。
「死ぬのはもちろん嫌ですが、干物にもなりたくないです! せっかくイケメンで美しい僕の顔が、とんでもなく残念なことになってしまいますからっ!」
「其方、本当に呆れるほどに自分の顔が好きじゃの」
「好きですとも! 僕の自慢ですよ! 唯一の取り柄です!」
「そうか。誇れるものがあるのは良いことじゃ」
透の熱い主張を、ノアはのどかな小川のようにさらりと流す。
そして彼は手に持った杖を魔石へと向けた。
「それでは、そこなイケメン。この魔石に手をかざせ。ああ、変化した方の手でな」
「あっ、はーい。こうですか?」
「うむ」
ノアは頷くと、杖を軽く振った。しゃら、と先端についた魔石の飾りが揺れる。
すると杖が淡く光り出した。
それに呼応するように、透の魔石化した左腕も光を放ち始める。
「うわっびっくりした!? ……って、何かあったかいですね?」
「それが魔力じゃよ。慣れるまでは我が補助してやるから、感覚を覚えるが良いぞ」
「ほほう……」
透が感動しつつ見ていると、腕からその温かいものが流れ出て、魔石の方へ吸い込まれていくのが分かった。
ややあって魔石が、カッ、と強く輝く。
しかし、それは一瞬だ。
光はすぐに収まって、同時に透の腕やノアの杖も元に戻る。
「うむ、このくらいで良いな」
「あ、もう良いんですね……って、ん?」
そのとたんに、透の体が疲労を訴え始めた。
体が、ぐん、と急に重たく感じた。
突然のことに、透は「うわっ!?」と情けない声を上げて、床に尻餅をつく。
「大丈夫か?」
「あ、はい……ちょっと疲れた気がします」
「そういうものじゃよ。初めてにしてはようやった。えらいぞ」
ノアはどこか大人びた顔で優しく微笑むと、透の頭をそっと撫でた。
姿は子供なのに、ノアのその手は親や祖父母のそれを彷彿とさせる。
透は一瞬ぼうっとなって、それから少し気恥ずかしさを覚えて、誤魔化すように元気に笑った。
「もっと褒めてくださっていいですよ!」
「其方、調子に乗りやすいと言われないか?」
「言われますとも! そして調子に乗ると調子が良いのも取り柄です!」
「それは羨ましいことだ」
ノアは肩をすくめると、透の隣に「よっこらせ」と腰を下ろした。
「さて、少し休憩してから、次へ行くぞ」
どうやら透が回復するまで、休憩に付き合ってくれるらしい。
良い人だなぁと思いながら、透は「はーい」と返事をするのだった。




