3 用務員、魔王の仕事をする。
今後どうするかを話し合った結果、透たちは二つのことを目標とした。
一つは、透を召喚した者を探すこと。
もう一つは、魔王の仕事をすることだ。
「トールを召喚した者を探すのは私にまかせておけ。これでも顔が利くからな」
「ありがとうございます、ルイさん。助かります」
「うむ。期待して待っているが良い!」
ルイは元気にそう請け負うと、客間を颯爽と飛び出して行った。
最初に出会った時の印象は、恐らく最悪だっただろう。
しかし、今の彼女は少し、笑顔を見せてくれるようになっていた。
(ノアさんのおかげでしょうねぇ)
ちらりとノアを見る。
話し合いの最中に、ノアが度々、透のフォローをしてくれたのだ。
そのおかげでルイの態度もだんだん柔らかくなった。
ありがたいなぁと透が感謝していると、閉じたドアを眺めていたノアが、ふふっと微笑った。
「ルイの奴、機嫌が良いのお。魔王の座を奪われたから、もっと荒れると思ったが、楽しそうで何よりじゃ」
「だいぶ荒れていたように見えましたけど、そうなんですか?」
「控えめじゃったよ、ふふ。あの子はずっと魔王を目指しておったからの。まぁ、一族の期待を背負っておったのもあるが……」
「何か大変なんですねぇ……」
「大変なんじゃよ、色々なぁ。……さて、それでは其方の仕事の方も始めるとするか。我についておいで」
ノアは椅子から立ち上がると、透を手招きしつつ、客間を出て行った。
透の仕事とは、もちろん魔王の仕事だ。
「はーい、行きまーす!」
透は子猫を腕に抱くと、ノアの後を追いかけた。
先を行くノアに早足で追いつくと、速度を緩めて透は歩く。
そして先ほどは見ている余裕のなかった魔王城の中を、のんびりと眺め始めた。
(それにしても綺麗な城ですねぇ……)
はー、と感嘆のため息が口から洩れる。
設えられた調度品の美しさももちろんだが、何よりも透が素晴らしいと思ったのは、掃除が隅々まで行き届いていることだ。
手の届かないくらい高い天井には蜘蛛の巣が張っていないし、廊下の角に埃が溜まっていることもない。窓のサッシだって、汚れ一つなくピカピカである。
(うーん、良い仕事してますねぇ! 僕も見習わなければ!)
用務員の仕事にも掃除がある。
透も自分なりに頑張っているつもりではあるが、これを見てしまうと、もっとやらねばという気持ちになった。
良い刺激をもらったと、透はお上りさんのようにきょろきょろと周りを眺めながら、ノアについて行く。
そうしてしばらく進んだ先――魔王城の一番奥でノアは足を止めた。
「この中じゃ」
ノアは目の前にある、大きく重厚な扉を杖で示した。
「ここは魔石の間と呼ばれる部屋での。限れた者しか中へ入ることはできぬ」
言いながら、ノアは杖を軽く横へ動かす。
すると扉がひとりでに、ずず、と開いた。
「おお、異世界版自動ドア……」
透はポカンと口を開けてそれを見上げる。
動作自体は見慣れているが、異世界のものと考えると、何だかとても興味深い。
そんなことを考えていると、ノアが魔石の間へと入って行った。
透もそれに続く。
体が、ドアの枠を通り抜ける。
――その時、何か薄い膜のようなものに当たったような感覚があった。
「ん?」
思わず透は足を止める。
振り返ってみるが、そこには何もない。
「あれぇー?」
「みい?」
透が首を傾げると、腕の中の子猫も同じように不思議そうにしていた。
どうやら子猫も透と同じようなものを感じたらしい。
先ほどノアが「限られた者しか」と言っていたが、それを選別する何かがあったのかもしれない。
(……とすると、この子猫もそう)
この子猫すごい。
透が地味に感動していると「トール、こっちじゃよ」とノアに呼ばれた。
「あ、はーい!」
透はハッとして、慌ててそちらへと向かった。
ノアが立つ場所――そこには巨大なエメラルド色の水晶が、光を放ちながら浮かんでいる。
その水晶は、大きさこそ違うものの、透の左腕と同じもののように見えた。
「これは何ですか?」
「魔石じゃの。其方の腕と同じじゃ。ヴェルデ神の魔力を帯びた魔石でな、緑の領地に魔力を行き渡らせるために必要なものなのじゃよ」
「へぇー……ちなみにノアさん。魔力ってどういう役割なんです?」
「うん? そうじゃのう……魔力の使い方は様々じゃが、土地に注ぐ魔力ならば、土や水、植物を育てる役割があるよ。この世界の土地は、そうやって環境を保っておる。しかし……」
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
何かを言いかけて、ノアは首を横に振った。
透も気にはなったが、しつこく訊くのも失礼かと思い口を閉じる。
「其方にはこれに魔力を注いでもらいたい。やり方は教えるからのう」
「なるほど……ついて来ておいて何ですが、これって僕がやってもいいんですか?」
何だかんだで透は、ほぼ偶然に魔王となっただけなのだ。
ヴェルデ神の魔力というものが、自分に注いだまではふわっと理解したが、そんな大事なものに関わって良いのかと心配になる。
するとノアは「もちろんじゃ」と笑った。
「今は其方が魔王じゃからの。魔王の仕事もしてもらわねばならん。そうでなければ其方、魔力を取り上げられて、魔王ではなくなってしまうぞ」
「えっ、それならそれで良いのでは?」
「そうか? 先ほども言ったが、そうなれば其方がただ死ぬだけじゃぞ」
「死」
「ヴェルデ神は怠惰な神じゃからのう。アフターケアなどしてくれんよ。運が良くて干物じゃの」
「与える時と取り上げられる時の差が激しくありません?」
透は思わず半眼になった。
思い出してみれば、魔力を与えられた時も『まぁいいか』とか言っていた気がする。
怠惰というか、ずぼらだ。口から出すとヴェルデ神の怒りを買いそうなので黙っているけれど。
「死ぬのはもちろん嫌ですが、干物にもなりたくないですね! せっかく美しい僕の顔が残念なことになってしまう!」
「其方、本当に自分の顔が好きじゃの」
「好きですとも! 僕の自慢ですよ!」
「そうか。誇れるものがあるのは良いことじゃ」
透の熱い主張を、ノアは長閑な小川のようにさらりと流し、手に持った杖を魔石へと向けた。
「それでは、そこなイケメン。この魔石に手をかざせ。ああ、変化した方の手でな」
「はーい。こうですか?」
「うむ」
ノアは頷くと、杖を軽く動かした。しゃら、と魔石の飾りが揺れる。
すると杖が淡く光り出し、それに呼応するように、透の魔石化した左腕も光を放ち始めた。
「うわっ⁉ って、何かあったかい……」
「それが魔力じゃ。慣れるまでは我が補助してやるから、感覚を覚えるが良い」
「ほほう……」
透が感動しつつ見ていると、腕からその温かいものが流れ出て、魔石の方へ吸い込まれていくのが分かった。
ややあって魔石が、カッ、と強く輝く。
光はすぐに収まって、同時に透の腕やノアの杖も元に戻った。
とたんに透の体が疲労を訴え始める。体が重くなる。急な変化に、透は「うわ?」と情けない声を上げて、床に尻もちをついた。
「うむ、このくらいで良いか……大丈夫か?」
「あ、はい……ちょっと疲れた気がします」
「そういうものじゃよ。初めてにしてはようやった。えらいぞ」
ノアはどこか大人びた顔で優しく微笑むと、透の頭をそっと撫でた。
子供なのに、ノアのその手は親や祖父母のそれを彷彿とさせる。
透は一瞬ぼうっとなって、それから少し気恥ずかしさを覚えて、誤魔化すように元気に笑った。
「もっと褒めてくださっていいですよ!」
「其方、調子に乗りやすいと言われないか?」
「言われますとも! そして調子に乗ると調子が良いのも取り柄です!」
「それは羨ましいことだ」
ノアは肩をすくめると、透の隣に「よっこらせ」と腰を下ろした。
「さて、少し休憩してから、次へ行くぞ」
どうやら透が回復するまで、休憩に付き合ってくれるらしい。
良い人だなぁと思いながら透は「はーい」と返事をしたのだった。




