13 用務員、友達ができる。
その日から透の仕事に栽培施設の見回りが入った。
ノアが魔石の間から、緑の領地へ広がる魔力の経路にここを増やしてくれたおかげで、少しずつだが植えられた木々が結晶化し始めている。
根本の方が僅かにエメラルドになっているのを確認して、トールはノートにその様子を描いた。栽培記録である。
やりました、できました、ではその間にどんな変化が起こったのかが分からない。自分が元の世界に帰った後でも、魔王城の人たちに伝わるように残しておこうと思ったのだ。
もっとも、この世界の文字が分からないので、残すと言っても絵だけれど。
(絵は……そんなに苦手じゃないんですけどねぇ)
上手いかどうかと問われたら微妙だが、悪くはないだろう。
「どうですか?」
何となく、上着のポケットにすとんと収まった子猫に訊いてみる。
「みい?」
子猫は首を傾げた。
「そうですか、素晴らしいと!」
「みう」
そんなことなど言っていない……というような視線を受けながら、透が自画自賛をしていると「トール」と呼びかけられた。
振り向くとそこにはルイがいた。
「ルイさん、こんにちは」
「ああ、こんにちはだ。もうすっかり体の調子が良いようだな」
「ええ、おかげさまで!」
「それは何よりだ……が……ん? お前、その体はどうした?」
ルイの目がトールの首の辺りに向けられた。魔石化が広がった部分だ。
トールは「ああ」と頷いて、ペンを持った方の指で、ぽりぽりと頬をかいた。
「何でか広がっちゃってるんですよねぇ」
「だ、大丈夫なのか、それはっ⁉」
「ええ。ジナ先生にも診察してもらっていますけれど、体調的には何の問題もないそうです」
「そうか……だが、しかし……」
透が明るく言ってみせたが、ルイは心配そうに眉を寄せた。
ルイは強い物言いをする時もあるが、本来優しい性分なのだ。だからこそ、透の体の様子を見て心配してくれているのである。
ありがたいなと透は微笑んだ。
「あっ、でも、魔力を使った方が良いとは聞いたので、ほどほどにやっていますよ! そうすると、面積ちょっと戻るんで!」
「……そうか。だが、無理はするな。この間のように倒れるかもしれない」
「はい。ルイさん、優しいですよねぇ」
「んなっ⁉ な、な、な、何を言っている! 誰が優しいと……」
「ルイさん」
「~~~~!」
本音八割、からかい二割で言えば、ルイは真っ赤になってしまった。
そうしてしばらく唸った彼女は、少しして脱力するように長く息を吐いた。
「……ああ、もう、貴様と話をすると調子が狂う」
「僕の顔、人の心を搔き乱すほどのものとは……フフ……」
「誰も貴様の顔の話などしていない」
ぴしゃり、と言われてしまった。
まぁ、それはそうである。
「……それにしても奇妙な話だな」
ルイは胡乱げに透を見た後、腕を組んだ。
「魔王就任の際にヴェルデ神より魔力を与えられたとしても、それは一度きりのはずだ。あの神は『面倒だ』などと言って、そう何度も魔力を与えたりはしてくれない」
「ああ、やっぱりあの神様そんな感じなんですね」
「ノア様がいつも怒っているよ。だから、もともと魔力を持っていない貴様に、魔力を増えるようなことなんてないはずだが……」
怪訝そうなルイの言葉に、そうなのかと透が思っていると、
「トール、ルイ」
栽培施設の入り口からノアが顔を出した。
仕事の途中だったのか、両腕に大量の書類を抱えている。
「話し声が聞こえたから覗いてみたら、二人とも最近仲が良いのう」
「な、な、仲が良いっ⁉」
「フッ、親しみやすい用務員さんが僕のモットーですからね! このおかげで学生たちにも大人気!」
「自分で言うことか?」
「言いますよ。自分で言わなきゃ、誰が言ってくれるんです?」
「それは暗に誰も言ってないという……」
「あっはっはっ!」
ルイから厳しいツッコミが入ったが、透は高笑いして聞こえないフリをした。
ちなみに実際どうかと言うと、透は学生たちと仲が良かった。
学生たちと話をする時になるべく同じ目線で接していたから、というのもあるだろう。
子供とは聡いもので、大人が少しでも自分たちを侮っていると分かればとたんに義務的な態度に変わってしまう。
そうして悲しいことに大人の方がそれに気付かず、いつの間にやら距離ができたと嘆くのだ。
「それにしてもノアさんから見て仲が良いとなると……これはもうフレンドでは?」
「何だそのフレンドというのは」
「友達って意味です」
「ともっ⁉」
ルイが驚愕に目を見開き、大げさに仰け反った。
そして何を思ったか小刻みに震えながら、
「そうか、友達……友達か……友達……」
くつくつと低く笑っている。目が、ちょっと怖い。
さすがの透も若干引きつつ、すすす、とノアの隣へ移動した。
「……ねぇノアさん。ルイさん一体どうしたんです?」
「友達がおらんかったから嬉しいんじゃろ」
「そっ、そんなことはない! 私にも友達は大勢いる!」
ルイはハッと顔を上げ、勢い良く胸を叩いた。
たぶん嘘だ。
「だ、だが! 友達になりたいと言うなら、なってやらんでもない!」
透とノアから優しい目を向けられていることなど気付かず、ルイは興奮した様子で、早口でまくし立てる。
そして彼女の申し出は透にとってはありがたいものだった。
何故なら透だって、友達がそう多くないのである。
「なりたいです!」
「そうか!」
二人はがっちりと握手を交わす。
眺めていたノアは「仲が良いのー」とぱちぱち拍手をしていた。
その音にルイは我に返った様子でパッと手を離した。
一時の妙なテンションで、普段ではありえない行動をしてしまったことに気が付いたようだ。
彼女はコホンと誤魔化すように咳をすると、
「よし! 友達であれば、良いところへ案内してやろうではないか!」
などと言い出した。
半分くらいは照れ隠し、もう半分は自棄っぱちだろうか。
うーん、と透は少し考えた。
魔石にも本日分の魔力は注ぎ終えたし、見回りも粗方済んでいる。治療院の子供たちも診察の時間だから、会いに行くこともできない。
つまり今の時間、透はそこそこ暇である。
「ノアさん、出かけてきても良いですか?」
「ああ、大丈夫だ。行っておいで。ルイにも休憩が必要だろうからな」
「よし! では行くぞ!」
ルイはにんまり笑うと、透の手首を掴んで走り出した。
その力の強いこと。
透の体は、まるで凧あげのように跳ね上がりそうになりながら、ルイに引っ張られて行く。口を開けば舌を噛みそうだが、それでも透は情けない悲鳴を上げた。
そんな透のポケットに入った子猫は「みぃ~~~~!」と何やら楽しそうだった。風になってる、とでも言いたげな鳴き声である。
そんな一人と一匹の、ドップラー効果で小さくなっていくその声に、ノアはくつくつと笑ったあと。
「……友か」
ノアは一番近場にある結晶林檎の木を見上げた。
少しずつエメラルド色に染まっている、それ。
二代前の王が植えた木を使って、挿し木をしたものだ。
ノアは木の幹を手で撫で、ややあって額をそっと当てた。
「……もう少しだ。もう少しで、其方との約束を果たせるぞ。なぁ、友よ」
寂しげに、そしてどこか後悔しているような声色で、ノアはつぶやいた。




