11 用務員、診察してもらう。
栽培施設の再稼働の話は、魔王城のあちこちで盛り上がっていた。
中でも「栄養剤案」については、開発部門に大いに受けて、研究してみようという話になっているそうだ。
他の植物でも応用が利きそうだと、研究者たちがやる気になっているらしい。
(役に立てて良かったですねぇ)
透はそんなホクホクとした気持ちを胸に、治療院へ向かっていた。
子供たちの様子を見るためだ。
近付くにつれて子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。どうやら今日は体の調子が良い様子だ。
透は口角を上げつつ、治療院の入り口からひょいと中を覗き込む。
すると玩具が置かれたスペースで、子供たちがキャッキャッと楽しそうに遊んでいるのが見えた。
「皆さん、こんにちはー!」
「あっ魔王様ー! こんにちはー!」
「魔王様だー! また遊んでくれるのー?」
「いいですよ、遊びましょうね!」
子供たちはにこにこしながら透の方へ駆け寄ってきてくれる。
その中には魔力欠乏症で倒れた子供もいた。
治療院のジナ院長の話によると、先日の結晶林檎から抽出した魔力のおかげで、症状がだいぶ落ち着いているらしい。
元気そうな彼女の様子に、透が胸を撫でおろしていると、奥の部屋のカーテンがシャッと開いて、そこからジナが出てきた。
「ん? ああ、魔王様か。ちょうど良いところへ来てくれた」
「こんにちは、ジナ先生。僕に何かご用事ですか?」
「ああ。そろそろ魔王様の診察をしようと思っていたところだったんだ」
おや、と透は目を丸くした。
「僕ですか? ノアさんに診察してもらっていますよ?」
「ノア様は優秀な魔導士だが、医者ではないぞ? ほら、こっちへ来なさい。魔力を持ったばかりで魔法を連発したと聞いて、心配していたんだ」
「あ、はーい。では皆さん、ちょっと待っていてくださいね」
「はーい!」
子供たちに手を振って、透はジナのところへ向かう。
そこは診察室だった。透の世界にある病院のそれと、大きく変わった様子はない。
もっとも顔のついた植物やら、うねうねと蠢く根っこやら、ザ・異世界というような謎のものもあるけれど。
それらを眺めつつ、透はジナに促され丸椅子に腰を下ろす。
「上の服のボタンを開けて」
「はーい」
「素直でよろしい。…………前に見た時よりも魔石化している部分が増えているな」
透の上半身を見て、ジナは目を細くした。
つられて透も自分の体へ視線を向ける。
最初に魔石化したのは左腕だけだった。
しかし今は徐々に面積を増やして、左肩から胸の辺りまでが魔石に変化している。
「あ、やっぱりそうですよね?」
「何だ、自覚があったのかい?」
「ええ。お風呂に入る時とか、目に入りますからね」
「体調はどうだい?」
「特に問題はないです。むしろ調子が良いくらいですよ。朝の目覚めもすっきり!」
「そうか。魔力も増えてはいるが安定しているようだし、魔力欠乏症の症状ではないだろうが……」
ジナは透の魔石化した体を見ながら、ぶつぶつとつぶやく。
彼女の見立てでも体調面ではあまり問題はなさそうだが、気になるようだ。
透も最初に見た時は「うわ、何これ⁉」と心配になったが、自分で言った通り体の調子に問題はないし、何よりノアが気にかけてくれているので安心していたのだ。
けれども、医者の彼女が気がかりだと言うのならば、もう少し自分の体について気を付けた方が良いのかもしれない。
「あんまり魔法を使わない方がいい感じですかね?」
「いや、お前さんの場合は魔力がまるでない状態で魔王に就任して、ヴェルデ神から魔力を与えられたことでそうなったからな。逆に使った方が良いだろう。というわけで……」
ジナは自分の机の上から、透明な液体の入った試験管やらなにやら、様々な魔道具を手に取って透に差し出した。
「これに魔力をもらえるかい?」
眼鏡をキランと光らせ、ニッと笑うジナ。
そこに一瞬、マッドな気配を感じたのは、透の気のせいだろうか。
「これ何です?」
「治療や診察に使う魔道具さ。小さいが、かなり多めの魔力が必要になるんだ。良ければ、これに魔力を込めていってくれるとありがたい」
「そういうことならば喜んで!」
彼女の笑みに若干慄いたものの、用途を聞けばノーという選択肢は透にはない。
満面の笑みで受け取ると、魔道具に魔力を注ぎ出した。
魔石の間で毎日魔力を注いでいるおかげで、すっかり慣れたものだ。
そうして魔力を注いでいると、透の上半身で魔石化していた部分が、少し減った。
「うむ。やはり魔石化した部分が少し減ったな」
「なら、毎日魔王城のあちこち回って、魔力注いでみますかねぇ」
「ああ、それは助かる。だが、ほどほどにな。減り過ぎても体調が悪くなるから」
「分かりました! いやぁ、やることがあって嬉しいです!」
「君は働き者だなぁ」
「働いてないと落ち着かないんですよねぇ」
「ワーカーホリック系かなぁ」
そんな話をしているうちに、ジナに頼まれた魔道具すべてに魔力を注ぎ終えた。
思ったよりも時間がかからなかったのは、やはり慣れがあるのだろう。
そのままもう一度診察を受けて、透が服装を整え終えると、診察室のカーテンが少し開いた。子供たちがひょっこり顔を出している。
「魔王様、診察終わった?」
「大丈夫? 大丈夫?」
「もう遊べる?」
そわそわした様子だ。
ちょっと待っていてね、と頼んだ透の言葉を、ちゃんと守ってくれていたのだ。
「ああ、今終わったよ。ありがとう、魔王様」
「こちらこそありがとうございます、ジナ先生」
透は丸椅子から立ち上がって頭を下げると、
「よーし、それじゃ遊びますかー!」
子供たちの方へ向き直って、にこっと笑う。
すると子供たちは両手を挙げてぴょんと跳ねた。
「わーい!」
「えへへー!」
「やったー!」
子供たちは透にぺたっと引っ付くと、腕や脚を引っ張って「早く早く」と急かす。
透は「はーい!」と返事をすると、診察室を出る前にもう一度ジナへ会釈をして、カーテンを閉めた。
「あれほど子供たちから好かれる魔王様を見るのは、久しぶりだな。二代前以来か……」
ジナは懐かしそうに微笑むと、
「……しかし、どうして魔力が増えたのだろうか。あの量、普通の増え方ではないぞ」
少し真面目な顔になって、透が魔力を込めた魔道具を手に取ったのだった。
◇ ◇ ◇
子供たちが満足するまで遊び終えたあと、透は魔王城のあちこちを回っては、魔道具に魔力を注いでいた。
そうしているうちに、魔王城の者たちともすっかり仲良くなることができた。
「魔王様、美味しい魚が採れたから、夕飯楽しみにしててくれよ!」
「野菜も美味しいよー!」
「やったー! 楽しみにしてまーす!」
透はワクワクしながらそう返す。
「夕飯かぁ……昨日のお肉も美味しかったんですよねぇ、フフ……楽しみ」
思い出し笑いを浮かべながら透は歩く。
朝食や昼食は食堂でとっているが、夕食は個室で食べるのが魔王の決まりらしい。
どうしてそういう決まりがあるのか透は知らないが、そんなわけで夕食だけはいつも、シェフの本日のオススメが如く出てくるまで分からない仕様になっているのだ。
どうやら魔王用に、ちょっと特別な料理を出してくれているそうで、あまりの好待遇に透は「この生活に慣れて元の世界に戻ったらどうなるか」と、戦々恐々としている。
(毎日がわくわくしっぱなしですねぇ。もしかして学生時代って、こんな風に毎日が見えているんですかね)
歩きながらふと、そんなことを思った。
何もかもが新鮮に見えて、将来に対する憂いや不安もなく、その日その日を全力で生きる――そんな日常。
中卒で働きに出た透には、学生時代の楽しい記憶は、ほとんど思い浮かばない。あったかもしれないけれど、それ以上に辛いことの印象が強すぎて霞んでしまっている。
学生時代には戻れないけれど、ならばせめて、その日その日を楽しんで生きようという気持ちだけは持って生きてきた。
その時、やりたいと思ったことをやる。
そうやって透は人生を歩んできた。
最たる例が用務員の仕事である。
(……ところでこれ、無断欠勤にならないといいなぁ)
透の世界とこの異世界で、時間の流れがどう違っているか分からないが、もしも同じだったのならば無断欠勤である。社会人として絶対にダメな奴だ。
せっかく用務員として働いていたのに、クビになってしまうかもしれない。
「まぁ、先のことを考えても仕方ないか……」
「なんだ、悩みごとか?」
「うひゃあっ!」
ぽつんとつぶやいた時、背後から急に声をかけられて、透は飛び上がった。
情けない悲鳴を上げながら振り返ると、そこには驚いた顔のルイがいる。
「そ、そんなに驚くとは思わなかった……急に声をかけてすまなかったな」
「あ、る、ルイさんでしたか! いえ、すみません。ちょっと考え事をしていて……」
「そうか。相談に乗ろうか?」
「いえ、大丈夫です。お気持ちだけいただいておきますね」
「分かった」
ルイは穏やかに微笑んで、それから透が歩いてきた方へ顔を向けた。
そこでは先ほど声をかけてくれた者たちが、せっせと仕事をしている。
「魔王としてすっかり馴染んでいるようで何よりだ」
「いやぁ、皆さん良い人ばかりなおかげですよ」
「そうだな。……むう」
「どうしました?」
「魔王を目指している私からすると、ここまで人気がある魔王の後を継ぐのは、少々大変そうだと思ってな……」
自嘲気味に笑うルイ。
そんな彼女に、透は間髪いれずに「大丈夫ですよ」と言った。
「気を遣ってくれるのはありがたいが……」
「いえ、本心ですよ。そもそも僕がやっているのは一時的なものです。持続性があるわけじゃないし、そういうことを考えられるような知識はありません。それに僕が魔王でいられるのは短い時間だけ」
透は自分の左手を見る。
エメラルド色に魔石化した手は、窓から射し込む日差しを受けて、相変わらずキラキラと輝いているが――これもただの借りものだ。
透のものではない、一時的なヴェルデ神の力である。
それを自覚しているからこそ、透は自分の立場もちゃんと理解できる。
「魔王城や緑の領地に必要なのは、長く続くもの。あなたならばそれができるでしょう?」
「――――」
ルイの目を真っ直ぐに見つめ、透は言う。
彼女の蜂蜜のように綺麗な瞳が大きく見開かれた。
それからルイはサッと目を逸らして、
「……人タラシめ」
頬を少し赤くしながら、拗ねたようにそう言った。
「あっはっはっ。僕、顔が良いですからね!」
「まったく、そういうところだ」
透がくすくす微笑っていると、やがてルイもつられて笑い出す。
そうしてお互いに和やかな空気になっていると、
「骨狩りだ! 町の外に骨狩りが出たぞ!」
――不穏さを孕んだ叫び声が聞こえてきた。




