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顔が良いだけの用務員、何故か異世界で魔王になりました。  作者: 石動なつめ


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1/17

1 用務員、魔王になる。


 木から下りられなくなっている子猫がいる――。

 学生たちからそんな報せを浮けた用務員の透は、その現場へと急行した。


 場所は校庭にある桜の木。

 見上げれば、天辺近くの枝の上で、白い子猫がぷるぷると震えているのが見える。

 これは急いで助けてやらねば。そう考えた透は、すぐさま木を登り始めた。


「ね、猫ちゃ~ん、待っててくださいね~……!」


 言葉通りの猫撫で声で呼びかける透。

 考えてみれば、木登りなんて中学生の頃以来である。


 落っこちたらどうしよう。


 そんな不安が頭を過ったが、今更な心配である。

 透はご自慢の顔に必死の形相を張り付けて、ずれた眼鏡もそのままに、どうにかこうにか木を登る。


「長谷さーん! 気を付けてー!」

「落ちないでねー!」


 下からは学生たちの声援が聞こえてくる。


「はーい! ありがとね!」


 彼らの声に励まされ、元気と勇気をもらった透が、少しずつ子猫に近付いて行く。

 あと少しで手が届きそうだ。


(もう、ちょっと……!)


 足に力を込めて、ぐっと上へと体を押し上げる。

 手を伸ばす。

 すると指先が子猫のふわふわした体に触れた。そのまま手を伸ばし続け、そっと子猫の体を掴んでみる。

 子猫は暴れたりせずに、大人しく透の手の中に収まった。

 やった、と学生たちの声が聞こえる。


「よしっ」


 透が安堵の表情を浮かべたその時、強い風が吹いた。

 体がぐらりと傾き、木の幹から離れる。

 落下する。

 まずい、と透の表情が固まる。


(落ちるっ!)


 せめて子猫だけはと胸に抱き、ぐっと目を瞑った次の瞬間。


 ――透の体が、眩い光に包まれた。



       ◇ ◇ ◇



「これより、新たな魔王の就任の儀を始める」


 大勢の者たちが集う白く荘厳な広間に、女性とも男性ともとれる子供の声が響く。

 声の主は、頭の天辺から足の先まで真っ白なローブの人物――ノアだ。


「……準備は良いな、ルイ」


 ノアは目の前に跪く、竜の尻尾を生やした黒髪の少女に問う。

 

「はい」


 彼女からはすぐに、はっきりとした返事があった。

 力強いその声に、儀式を見守る者たちの表情が緩む。

 ノアもまたそうだった。口元で笑みを作ると、ノアは手に持った杖の先端をルイに向けた。しゃらりと魔石の飾りが揺れ、光を放ち始める。


「緑の領地を守る我らが神ヴェルデの名の許に、新たに魔王とならん者を――」


 ノアがそう言い始めた時だ。

 ちょうどルイの真上――広間の天井付近に突然、強い光と空間の歪みが生じた。


「うわ~~~~っ!」

「みぃ~~~~っ!」


 同時に、そんな情けない声の二重奏が響かせ、空間の歪みから何者かがポイッと吐き出された。

 用務員の長谷透と、彼が助けた子猫である。

 歪みから吐き出された二人の体は、重力に従って真っ直ぐに落下した。


「えっ、ちょっ⁉」


 真下にいたルイはぎょっと目を剥いて、後ろに飛んで躱した。

 素晴らしい反射神経である。

 しかしタイミングがあまりにも悪かった。


「――ここに願う」


 魔王就任の儀式、その最後の言葉をノアが告げる。

 その瞬間、透の頭上に半透明な男が姿を見せた。

 この領地を守護するヴェルデ神だ。


『何やらおかしな状況ではあるが――まぁいいか。認めよう』


 ヴェルデ神はそう言うと、透に向かってキラキラした光の雨を降らせる。

 光は、透の体に吸い込まれていく。

 ややあって、透の体がカッと光を放ったと思ったら、


『これでお前が今代の魔王だ。この地のために、私のために、しかと励むが良い』


 ヴェルデ神は満足げに笑って消えた。


「…………え?」


 その場に残されたのは、困惑の表情を浮かべる者ばかり。

 ほぼ全員の心境が奇跡的に「どうしてこうなった」で一致していた。


 かくして儀式は完成し――顔が良いのが取り柄の用務員・長谷透は、魔王に就任してしまったのだった。


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