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瑞花に沈む  作者: 百瀬ゆかり
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5 金平糖と分霊

今回はほのぼのです。

今日は部屋の寒さに起こされた。

夢の中で使用した鋏は浅葱色の手拭いに包まれて机の上に鎮座している。その隣には四つ折りにされた置き手紙があった。



“おはようございます。今日は私用で半日ほど留守にします。朝餉は客間に炭を入れた七輪がありますので好きなものを焼いて食べてください”



服を適度に整えてから客間に足を踏み入れてみた。いや、だって誰もいないというよりか白雪以外で接触があるのは木々の妖精たちだけしかいないけど。


誰かがそこに居ると思ったらだらしない格好は出来ないと思っていたからで────


「……は?」


白雪の代わりと言わんばかりに初めて遭遇する人に近い風貌の女性が七輪の横で何かを焼きつつそこにいた。



***



「白雪の方から聞いている。生憎、育ちが良くなかったせいもあって上に利く口を持ち合わせていない、だから敬語を抜いて話してくれ」


不躾ながらと自ら公言する目の前の人物が白雪が言っていたカヨと呼んでいる相手なのだろうか。この人はなんだか人ならざる者というよりかなり人間寄りのような気がする。


「カヨと申す。よろしく」


絞り染めの藍色の手拭いを三角巾のように頭に巻き、短く切られた黒い髪が耳の近くで揺れている。目は黒寄りの灰色。あまり着飾らないが、どこか飄々とした猫を思わすさっぱりとした風貌だった。


「まどろっこしい挟みは抜くとして。

本題に入る。可能性の一環として話すがおまえ様は────“人の器”を捨てる覚悟というものはあるか」


人の器?カヨの言い方からすると人間であることを辞めたいのかと問うているのだろうか。


「人を辞めるとはどう言った意味を持つのだ。質問を質問で返すのは失礼だとわかっているが、教えて欲しい」


カヨは、袖を捲りあげて素肌を晒したと思えば見せてきた。その意味は。


「人を辞めて妖へと変わった時にその証明として“人あがり”という紋章が浮かび上がる」


腕には連なるように輪の模様が刻まれていた。彼女が呼吸する度に円は薄く空色に発光しては黒くなったりを繰り返している。


「上がる者様々だが体のどこかにこんなものが刻まれる。人のように妖も友好的なものもいれば差別するものもいる。ここは人とは違う力関係が生まれて一生這い上がれない」


カヨの目は仄かに暗い。感情が篭もるその虹彩はどこか奈落の底を覗くような、それこそ背筋に寒気を感じる。


「でも、お前様は。特例になるかもしれぬ。

特例で人上がりになると普通の妖とは比べ物にならない化け物になるからなぁ」


特例。それは白雪から今一度考え直すようにと言われたことか。なんでも願いが叶うというのはなんだか未だに胡散臭い気がして、なんとも思えない。本当にそれが叶うというのなら悪用されないように秘密裏に動きそうなものを……どうして。


「白雪がお前様を見定めている。

白雪が神格化を果たすには誰か一人の人間の願いを叶えないといけないのだ、それに相応しいのか白雪とその分霊、上のものが見ている」


神格化。願いを叶える。

それだけ重要で大きなことをしているのか。


「お前様の願い。今一度考え直した方がいいという白雪の意見には賛成している。身の振り方一つで今後の扱いが変わるから気を引き締めろ」


「ちょっと待ってくれ。なぜ二人して同じことを言うんだ、こっちは願いの欠片すら口にしていないというのに」


考え直した方がいい。白雪だけでなく台所にいるカヨすら口を揃えるように何故、遠まわしに撤回を求めるのだろうか。


音の無い時間が流れる。七輪にくべられた炭がパチっと弾けた時にカヨは再び口を開いた。





「────この世の理から消えたいのだろう?」




ぐうの音も出ない。

あっさりと暴かれた唯一の願いを嘲笑うわけでもなくただ、淡々と言い放った彼女は何を考えているのだろうか。


「一つだけ、教えよう。これは覚えておくといい。“(あやかし)”になることでも人の理から消えることが出来ることを」


彼女は言いたいことを終えたのか、スッと立ち上がると七輪が鼓舞するように小さな火花が宙を舞った。


「どういうわけか、白雪はお前様のことをとても気に入っている。愛想尽かされないように気をつけるといい」


襖を閉めながら言ったその言葉の意味はまるで、物語に出てくる恋愛に不器用な友人の気持ちを代わりに言うお節介なキャラクターにも思えてならなかった。



***



こんがりと狐色に焼き上がった焼き餅を箸で落とさないように食らいつく。磯部焼きから香る海苔と香ばしい醤油は空腹の状態の胃に納まると不思議と安心感を得られた。


餅をじっくり堪能し終えた頃には日の光の長さで昼を少し過ぎたことに気づいた。朝と昼を兼用した食事になってしまったようだがこんな時間も悪くないと思うのは心に余裕が生まれている何よりの証拠だった。


「寝て食べるだけってのも暇だなぁ」


なんだか急に老け込んだ気分だ。

何かしらの前線にいた人が隠居するとこんな感じで忙しさから解放されるのかもしれないな。


「屋敷を回っても大丈夫だろうか」


ちょっとした思いつきではあったが棚から鶯色の箱を取り出し、蓋を開けてみれば予想通りな展開に思わず笑みがこぼれた。


「これなら、行ける」


箱から数粒の星を取り出して、清潔な手拭いに包み込み懐へ仕舞ってから冬の気配バリバリの廊下へ足を踏み出した。



砂糖の星こと金平糖を取り出した理由。

悪巧みに白雪の分霊を使うってのは少々気が引けたが手段を選んでられない。この先、ここで過ごすのならほんの些細な情報でもいいから手に入れておくべきだと思ったからだ。


両肩に白と赤の分霊。

両方とも金平糖をかりこりと無我夢中にかぶりついている。まさか砂糖を好む性質があるとは思いもしなかったがこれが取引の品になるのならかなり安いものだ。


『白雪様は離れでまったり〜』


『八重菊様は母屋の客間でまったり〜』


甘いものを食せて満足しているのか話し方が舌っ足らずの幼児を思わすコレらが自分より年が上だと思うと理由はわからないが背筋がゾクッとした。


「これで屋敷の配置を大体覚えられた。

どうもありがとう」


肩から静かにコレらを葉の上に降ろす。

泊まっている客間の目の前にある庭の樹木にちょこんと乗る様はやはり愛らしいとは思う。


『白雪様の選出した方なら仕方ないのですー』


『また八重菊様から甘味の星屑を頂けるのなら僕達はもう真名を知る必要なんてないのですー』


こいつら、もしも真名をもらえたらそれまでという考えに加えて何をしようと企んでいたんだ。


『僕達は白雪様の一部なのでおそらく今回のことは筒抜けだと思いますー』


ん?筒抜けとはなんぞや。


『甘味が好きなの知られちゃったからしばらく食べられないかもー。白雪様はちょっと意地悪なところがあるからー』


白雪が意地悪?

常に微笑みを崩さない彼女はどんな風に分霊に意地悪をするというのだろうか。


「そうか。では私といる時に食べられる特別なものだと思ってくれればいい。白雪様は少し甘いところがあるからね」


そう伝えれば分霊たちはぴょんぴょんと雪の上を駆けるうさぎのように葉の上ではしゃぐ。



「それじゃあ、また明日」




そう言って僕は部屋に戻った。

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