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瑞花に沈む  作者: 百瀬ゆかり
7/10

6 花浜匙

今回は過激な表現描写を含んでいます!

ご注意ください!!

ざわざわざわ。

ざわざわざわざわざわざわ。



今では遠い記憶、母が消えてからしばらく続いた。それは庭師になるために家を出る時の直前の家の中。母が好きだったクリスマスローズの花が家中に飾られた枯れた花もまだ蕾の花も。



花がそこらじゅうに散乱した部屋の中で。

椅子の上で眠る痩せこけた父親。

目は窪み、眼下の隈は黒に近くなり皺は深く刻まれ頬はこけて顔は完全やつれていた。



「────。────。ふへへ」



何を言っているのか聞き取れないがどこか笑っている。……消えた母の幻影でも見ているとしか思えない。



「父さん、しっかりしろよ」



そう、この時に鋏を貰っていて。

蝋燭を灯したランタンの光で刃先に反射させて刃こぼれしていないかチェックをしていた。



「────。────。ぐへへ」



父さんの目から生気が失われてからすっかり人らしい意識なんてどこに行ったのだろうか。気づけば常に部屋の角に目を向けて具体的な言葉は発しなくなり、骸骨に近付いた顔は極端な喜怒哀楽しか表さなくなっていた。



「母さんは────好きな花に囲まれて冷たい土の中に入ったの、覚えているだろ」



ゲラゲラと地の底から響くような嘲笑う声はこちらへ向けられている。この状態はどうにも出来なかった。というより今思えばこれは奇妙過ぎたとも言えただろう。



極端な喜怒哀楽の表現。言語障害。

身の回りの介護は必要なし。自分で食事は摂れるし風呂も一人で入れて不眠症どころか不足ないくらいによく眠った。

なのに、体はくっきりと骨の上にたるんだ皮が乗るくらいに痩せこけて肌の色はほのかに青くなりつつあった。



スターチスの花が輝きの失ったフローリングを打ち破り人形のように座り続ける父親の足元を包んでいく。




「────。おいで」




鋏を片手に忍ばせて、一歩。一歩。

警戒しつついつでも攻撃に出られるように右手に重みが強まっている。




「父さん」




目の前に立った時、父さんは最期に良い顔をしたと思った。母の名前をうわ言のように呟いて。謝罪の言葉を並び出したと思えば自分の不甲斐なさを一心に呪って。






「さようなら────父さん」





今度は迷いなく突き刺せた。

父親を間違いなく仕留めるために頚動脈を狙って、鋏の先端を躊躇なく肉の塊の中へ裂くように潜らせた。



「────。あぁ」



足元を赤く染めていく。

噴き出した返り血をいくら浴びても温いとしか感じなくなっているのに気づいた。



「安らかに、逝ってくれ」





母さんのいる空の上へ。



***



橙色に染まる部屋。見慣れ始めた天井。

襖の隙間からこぼれる日の傾きで今は逢魔が刻の最中というのがよくわかる。


長い夢を見ているような気がする。

なんというか雪屋敷に来てから今まで深い関係にあった人間達との縁切り、言わば決別を果たしているように思えた。


手の中にはスターチスの種子。

これは、白雪がまた回収するだろう。

今までの見てきた夢の種は彼女がどこかに収納しているのだろう。


「これで、終わったんだ」


親友だったはずの悪魔のような者。

壊れた恋人だった者。

母親を苦しめた鬼畜のような者。

母親を生涯愛した父親だった者。



「僕に絡まった主幹とも言えた縁が、全て。渡されたあの剪定鋏で見事に断ち切ったんだ」




過去との決別。

現世に対する未練の断ち切り。

これを考えれば、自分自身が望んだことがほとんど形になっているとも言えるだろう。確信はどこにもないけれど。




「あはは……こりゃあ、参った」



仰向けから横にごろりと寝返った時に、トントンとノックされた音が耳に転がってきた。


「もし、八重菊様。起きていますか」



「はい、今さっき。まだ起きたばかりなので時間を頂きたい。そっちへ行きますから」



ガラッと言葉が最後まで紡がれることなくあっさりと襖を開けられた。

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