幕間のダンジョンマスター1
「――で、残りの8はどうすいればいいんですかね?」
大歓声。大声援。
酔っ払いどものダンジョンマスターコールがとどまるところを知らない。
何しろ、自身でもなにかよくわからない働きで、人を生き返らせてしまったのだ。
「にゅふふん」
もはや崇め奉らんとする勢いの大合唱に、これ以上ないくらいのドヤ顔になっているのは、酔っ払い時の定位置、タツキの左腕にぴっとりと貼り付くチェリである。ちなみにもっと進行すると膝に上ってきて、そして寝る。
一方カミューは、私も右に貼り付いてドヤ顔するんだー、的なエリキシルの残滓を残して、早々にパパンにドナドナされていった。
娘は渡さん、的な親バカドナドナではなく、この地を治める一族として、この宴を取り仕切るためとのことだったので快く送り出したのだ。
まぁ、そんなパパンは復活を果たした己の右腕とも言える戦士たちと、ガハハと笑って酒を酌み交わしており、カミューはダリアら侍女たちとともに彼らの奥様方をおもてなし――、もとい、真っ赤のなってあわあわして時折涙目でこっちを見たりするので、きっと良い酒の肴にされているのだろう。
うん、あの一画には絶対近づかない。
「とまぁ、こういうわけで、俺の刃が屍腐真竜の首を叩き落したってわけさ。がっはっは」
「おやっさん、その前に俺が岩石の防御を断ち割ってますからね」
「あ~あ~。あのドラゴン、儂の盟友じゃったんじゃがのぉ」
え? と、皆の視線が、サツキが出した陶器に入った酒をうまそうに飲むカータヴェルに集中する。
「まぁ、ゾンビだけにもう修復は終えとるがの」
「何それー、ネクロマンサー的ジョーク?」
そして、酔っ払ったルイーゼさんが楽しそうにカータヴェルの白髭をしごく。
まぁ、こっちはこっちで、ワイン瓶を侍らせる飲み会の女王、エルローネ様を中心に宴もたけなわであった。
なにせ、この女王様が、ワイン片手にちょいちょいと、いい感じに話題を振ってくれるので楽しい会話が途切れないのだ。
「それで、ウォルフくんはちゃんと大人の階段昇ったの?」
「んがっくっくっ!」
「あーっ、お兄さんがナッツを喉に!?」
たまにキラーパスも混じっているので、油断ならないところはあるが。
「くぅ、何という滋味。噛めば噛むほど溢れ出る魚の旨味! サツキ殿、次のやつをぜひ、ぜひ」
一方、その付近で、食レポ大会をしているのは飲まないトーマスと双子たちだ。
絡まれてるのは、まだこの飲兵衛たちの集いに溶け込み切れないサツキ。
タツキとは別系統、死族のダンジョンマスターであるサツキは、クリエイトできる褒章アイテムも別系統で、どうやら、薬品系褒章に、ふつうに食っても差し支えのないものが混じっているらしい。
「おお、干しエビに小魚ですな、これはまた」
そして、サツキ自身の隣にはドン、と置かれたのは薬酒の瓶。
そこからちびちびと、熟成された、酒精の濃い琥珀色の液体を舐めながら、
「ふんだ。どうせ私は前世腐女子で干物女よ。今生でも腐ったのと乾ききったのがお友達なのよっ!」
などと、天を仰いで悲痛な叫びをあげておられる。
「だいじょうぶだよ~」「わたしたちも友達だよ~」
そして、なぜか双子になつかれている様子。
「だからおにく頂戴」「もっとおにく~」
もとい、最初に出したモンスター肉の干物で、餌付け完了していた模様。
「いやいや、あなたはダンジョンマスターであるだけで魅力的ですっ!」
バリバリと、人の顔ぐらいの大きさの干しエビをかみ砕くトーマスに、
「私の魅力じゃないでしょ、それっ!」
私に寄ってくる男はこんなのばっかっ! と、再度天に抗議するのだった。
***
「それで、こいつらなんですけどねぇ」
ルイーゼがお酌をするカータヴェルに、再びタツキが問いかける。
未だ、タツキの背後にふよふよする、8つの星の処遇である。
「それらは寄る辺なき罪人故、お主の将とするがよい」
「将?」
薬酒独特のにおいを漂わせながら、カータヴェルが言う。
「お主のモンスターに受肉させるのよ。お主に忠誠を誓い、自律的に行動する将となろう――」
そこまで行って、視線を空にさまよわせるカータヴェル。
「ああ、すまぬのぅ。8のうち、1は返してくれぬか、とカオルコが仰せじゃ」
「え? どういう?」
《アライアンス申請がありました。受諾しますか? 申請者はカオルコです》
「って!?」
「ふみゅ?」「旦那?」「どうした、坊っちゃん殿」
サツキにも聞こえたのか真ん丸な目でこっちを見ている。そしてブンブン頭を縦に振っている。受諾しろということだろうか。え、可及的、速やかに?
『受諾する』
《転移申請がありました。受諾しますか? 申請者はカオルコです》
もう、サツキが頭がもげそうなくらいに頷いている。
なんだろう、ラコウのダンジョンマスター間には、鉄の上下関係のようなものがあるのだろうか?
「――どうもぉ。タツキ君。先ほどぶりねぇ」
ターコイズブルーのエリキシルが巨大な陣を描き、漆黒のドレスをまとった女性と、大勢の子どもたちが青の粒子の中から現れる。
「うわー、すごい、お祭りだよ」
「兄ちゃん、ここにいるの?」
「今度は私たちが兄ちゃんを助けるのよ」
「えっとぉ~、その星のひとつがねぇ、うちの孤児院の関係者なのぉ。もう1回、あれ、やってくれるかしらぁ?」
「え? え?」
いろいろと、事態がタツキの理解を超えてくる。
世界最高峰のダンジョンマスターが孤児院を経営?
「ダンジョンアタックで日々の糧を得ていたチビどもよ。カオルコが見かねてのぉ。こっそり低難度の区画なんかを作って、目をかけていたのだよ」
「カータヴェル様ぁ」
爺さん、説明をしながら突如若返る。
「うわ、イケメン…」
と、その様を間近で見ていたルイーゼが思わずつぶやくと、
「ピィっ!?」
カオルコに、ぎっ、っとにらまれ悲鳴を上げる。世界最強ダンジョンマスターの一角が放つ「ぎっ」である。もはや呪いのごとくの強度だ。
「なに、紳士の嗜みだ」
どのあたりが嗜みなのかは不明だが、カータヴェルはひっくり返りかけたルイーゼをやさしく抱き起すと、すたすたと優雅な歩調でカオルコの隣に歩み寄り、その手を取って口づける。
「さぁ、子どもたち、そこな黒髪の男に、お前らの兄を返せと頼むのだ」
そんなことを言われてもわけがわからないタツキだが、
「はいはいみんなー、大切なお兄ちゃんの思い出、私に教えて」
チェリが嬉しそうに率先して動くものだから、分らぬままスキルツリーを展開し、子どもたちの前に立つ。
「あのね、お兄ちゃんはね――」
「私たちを食べさせてくれてね――」
「病気の子には高いお薬を買ってきてくれて――」
「――あっ」
語られる数々の思い出に、まざまざと思い浮かんだのは、グレコ―に首をはねられた青年。主天使越しに一方的に語らって、そして、助けることができなかった、あの青年だ。
屍生粉末を使わず死ねてよかったと、あの時涙ながらに語っていた彼に、再び会うことができるのだ。
――そうだったんだね。俺も、君たちの兄ちゃんに、少しばかり助けてもらったんだよ。
タツキは子どもたちの手を取って、うんうん、と、頷きながら、オレンジ色の召喚陣を展開した。
***
「あれ? 俺の首、ちゃんとついてる?」
もはや30回も繰り返した行為だ。
激しく神への冒涜かもしれないが、そこには何のわだかまりもなく、奇跡は速やかに適用された。
「お兄ちゃんっ!」「兄ちゃん!」「うわぁぁん!」
「――って、おまえたち?」
あっという間に、号泣する子どもたちにもみくちゃにされる青年。
「「「事情は聞かせてもらったっ!」」」
そして、音もなくタツキの背後に集うおじさん軍団。
どうやら子どもたちの思い出語りを聞いていたようで、全員が見事に涙腺崩壊している。
「坊っちゃん殿、肉だ、肉出せっ! まずはこいつらに腹いっぱい食わせるんだ。子どもが飢えている事は罪だっ!」
「片っ端から解体しますぜっ!」
ギースとロベルトが叫び、
「お前ら、ワナジーマに住むか? 故郷に行くとこの兄は罪人なのだろう?」
いつの間にかこちらに合流していた、主催のゲオルグが、そう言って鼻水をすする。
「戸籍も、きっちり用意しますよ。今なら改ざんし放題ですしね」
オーリスも、うんうんと頷いている。
「ここは、きっといい国なのね」
黒髪の女性が、ことりと頭をカータヴェルの肩に預ける。
「そうだな。カオルコ。――ひとつ、借りとしておこうぞ。万魔殿よ」
その光景を、微笑みを浮かべて見つめるカオルコとカータヴェル。
そのまなざしは、どこか、わが子を見送る親のような、愛溢れる温もりをたたえていたのだった。




