41:地中を翔けるダンジョンマスター
それは数年前に生まれたダンジョンだった。
地理的要因から、本来なら遺棄されるそれを、実験的侵略兵器として活用しようと考えたのは、幾つかの偶然が重なったためだ。
ひとつ。
そのダンジョンが、ヒールズ王国との国境付近、奇しくも百余年前にヒールズに奪われ、そして奪い返した領土に誕生したこと。
ひとつ。
帝国の管理する、最も古く、そして最も大きなダンジョン――冥界宮――から、国家採掘師たちによって、とあるS級アイテムがもたらされたこと。
そして――
「良いんじゃないか? やっちゃえよ。どう転んだってうちに損はないんだろ?」
並み居るライバルを追い落とし、弱冠17歳にして帝国の頂点となったクリストバル帝が、その実験を許可したこと。
「ただ、わかってるよな?」
黄金と見まごう色彩の、力強い金髪。
見るものを惹きつける、緑の瞳。
王者の風格は確かに持つクリストバル帝だが、背は小さく、童顔だ。
大きすぎてずれてくる冠をひょいと手で直し、
「やるからにはきっちり勝ってこい。この俺、クリストバルの名において、何使っても許してやるから」
自身の身長ほどある錫杖にて、平伏する配下たちを指し示す。
「あと、ワナジーマはついでだってことを、頭に叩き込めよ。あくまで本命は――」
平伏したまま、主の声を聞く配下たち。
その中の一人、面を上げ、声を発する。
「では陛下、屍生粉末の携帯をご許可を」
「――そいつはうちの新兵器だったな」
「はい」
クリストバル帝は少し考える素振りを見せ、左手を上げる。
傍らに控える文官がよどみない動きで、その手に資料を握らせる。
その資料を斜め読みし、クリストバルは裁可した。
「一袋持って行くといいよ。被験罪人も10人ほどつけてやる。その代わり、きっちりレポートを返すんだよ」
「はっ! 必ずや。ワナジーマの攻略と屍生粉末の実地試験、そして迷宮都市への侵攻を果たして見せます」
笑みを浮かべ、平伏するのはグレコー。
タツキが、己がダンジョンから逃がしてしまった一羽の鷹であった。
***
「ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、うーん、ろくでもないな、このユニット」
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
何故か諺や格言関連は「***」にはならず、すんなり言語化される。
人の精神構造はどこでもそう大きく違わないということなのかもしれない。
よってタツキは、この概念が教えるところに基づき《ダンジョンマスターの本能》への問い合わせを続けている。
要するに、
>ユニット≫死族≫腐種≫ゾンビ_ランクE
カンニングペーパーを読むが如く、敵のユニットデータを確認しているのだ。
最近知ったことだが、得意種族のランクEユニットは、設置にコストを消費しない。タツキにしてみれば、グノーメがそれに当たる。今のタツキであれば、それこそ3,000体のグノーメを召喚し、ワナジーマに向かい来る3,000体のゾンビとガチンコさせることも可能なのだ。
「でも、問題はこの《眷属化》って能力だな」
しかし、それを行った場合、タツキたちは大敗を喫することも分かった。
グノーメが《収集》《建築》という、生産系の能力を持つのと同じように、ゾンビは《再生》《眷属化》という制圧系の能力を持っているのだ。
それがどういうことかといえば、
「ゾンビとグノーメ、同じ3,000がぶつかったとする。そして、損耗率が同じで、双方1,500が討ち取られた場合、グノーメは単純に1,500の減少となるが、ゾンビは、1,500減り、グノーメゾンビが1,500増える。つまりは3,000のままなんだ」
「アンデッドの…、大暴走は、…回復役を厚く配置した…少数精鋭で食い止める戦術が…基本、となり…ます」
「あとは、法術師を並べて焼き払うという手もあります」
今、一行は件の地下通路を疾走している。
耳元では轟々と風が鳴っている。
しかし、タツキたち以外は誰も居ない地下通路。声が反響し、意外と会話に不自由しない。なにせ、移動に、風切音以外の音が伴わないのだ。
「このペースだと、途中一泊しても明日の午前中にはワナジーマの真下に着ける」
タツキが懐中時計を取り出しながら一行に告げる。
「詳細な作戦立案は、現地の情報をいくらか得てからにしよう」
***
時は正午まで遡る。
「お頭、留守は任せましたよ」
「すまねぇな、荒事向けなはずの俺達が留守番で」
「いえいえ。《伝声の水晶球》を置いていきますので、何かあったら気軽に連絡をください」
どうやら元盗賊団は、うまい飯を食らい清潔な衣服をまとってカタギ思考になってしまったようだ。まさに「衣食足りて礼節を知る」を地で行く状態。
あるグループは、タツキに釣りセットを出してもらいニフヌ大湖での漁師生活に挑戦している。船は流石に出せないが、武具カテゴリーに戦闘用の網があったので何種類かを渡しておいた。
また、あるグループは畜産に挑戦するらしい。手始めに、ギース監修のもと、ランクが低く、かつ、食べると旨いユニットであるキケリキーという鳥を育てるらしい。つがいで何体か召喚させられた。
「至近距離で鳴かれると状態異常を食らう。その状態で蹴られるとやべぇからな」
そんな、ややブラックな解説をしていたのが印象的だった。
キケリキーは雑食らしく、当面はダンジョンマスターの栄養バーで育ててみるらしい。
そして、出発組は斜め上に視線を投げかけ、あんぐりと口を開けていた。
「通路、でけぇ…ぞ」
「タツキ、今度からこんな無茶はしちゃダメだ」「そうですよっ」
酔っ払うとやりすぎる。
現代**のトンネルと、何ら遜色のない規模の地下通路が、魔法の明かりに煌々と照らされて、ダンジョン下層にドカンと口を開けているのだ。
「ま、まぁ、結果、なんとかなったからね」
実はあの瞬間、エリキシル切れで死にかけていた、とは口が裂けても言えない。
「相当ひどい顔色だったんだからな」
とは、真正面からその時のタツキを見ていたカミューの言だ。
「と、とりあえずそれは置いておくとして――」
ものすご~く心配されていることが、感覚的に理解できるタツキはそそくさと話題転換に着手。
「15人だから5匹呼ぶぞ」
というのもそのユニット《ダンジョンマスターの本能》に「騎乗:3人まで搭乗可能」と書いてあったからだ。それなりに大きな存在なのだろうと、召喚陣を5つ、適度に離して設置する。
「だ、ダンナ、もしかしてそいつは…」
紅い召喚陣に、エリキシルが集まり、ガラスを打ち合わせるような五重奏とともに、それらが結実する。
「くははっ、さすが《万魔殿》、何でもありだな」
「え? そこ、驚く所? Dランクなんだけど」
>ユニット≫獣族≫海種≫フライングマンタ_ランクD
召喚陣から現れたのは、深い海の色を持つ、小さな馬車ほどの大きさを持つマンタ。それが5体、音もなく宙に浮いている。
「飛行騎乗の…所有は、冒険者の…憧れ…です」
「ほほうっ! ひんやりしっとりしてますなぁ」
相変わらずの口調だが、やや熱を感じる声音でウォフルが補足し、トーマスが早速ピタペタ触りまくる。
魔族や神族とは違い、亜人や獣は大暴走等を経て、ダンジョン外に定着、すなわち野良化することができる。
馬より強靭で、体力のあるユニットを調教、使役するのは一種のステータスであり、高位の冒険者や、貴族などが好んで騎乗とするそうだ。
中でも、飛行可能かつ騎乗可能なユニットは、その絶対数が圧倒的に少なく、かつ飼育方法の確立した種が少ないため、《召喚師》など、特殊な職位を有する者、あるいは、有するものを擁するパーティーのみが所有可能となっているのだ。
「唯一の例外はペガサスですね〜。シルヴィス教国の天馬騎士団が世界最強である所以は、誰も手に入れられない空を制したからなのですよ」
そう、ルイーゼが補足する。
「ああ、天馬に乗った王子様、私を迎えに来てくださいませんか〜」
そして、どこか遠いところに行ってしまわれる。
「え、えーと、適当に5グループに分かれて出発しようか」
そして、率先して、ややへっぴり腰でマンタの背中に乗ってみたタツキの両隣は、当たり前のようにチェリとカミューによって占められるのだった。
***
時は戻り、そして進む。
音もなくトンネルを滑空するフライングマンタ。その背の乗り心地は意外なまでに良いものだった。
しかし。
「タツキ様、休まなくていいですか? 少し疲れた顔してますよ?」
「分かるのか?」
左隣のチェリが言うと、右隣のカミューがはっとした顔でタツキを見る。
エリキシルが薄いのだ。
空気が薄いのと近い感覚なのだろうか、タツキの体は重い。
高山に登った経験はおそらく無いタツキは、そんなことを考えながら、懐中時計を読む。
針は夕暮れを少し回った所だ。
「よし。少し早いけど、ここで野営しよう」
マンタから皆が降りたのを確認し、送還する。
そして、一行が足を伸ばしたり、背伸びをしたり、思い思いに長旅の凝りをほぐしているところを通りぬけると、おもむろに壁に手をついて「サブコア生成!」と、叫んでみた。
「む?」
「これは?」
疑問の声を上げたのは、武人なギースとロベルト。カミューもあたりを見回し、新米法術士なウォルフは不思議な顔をして、首筋あたりを撫でている。
それぞれの力量に応じて、空気の変化を感じ取っているのだ。
そして「なるほど」と、理解の声を上げたタツキだが――
「うひゃわっ!」
ガツン、とトンネルが揺れ、チェリがぴょん、と飛び上がる。
「はーい、皆様、長旅お疲れ様でした。あちらに新たにできました通路にバス・トイレ付きのお部屋を15室ご用意いたしましたので、今晩はごゆるりとお休み下さい〜」
添乗員風な台詞が出るほど絶好調になっていた。
「――え、ええと、これって野営、なのか?」
と、誰かが力なくつぶやくのだった。




