20:ダンジョンマスターは己の得意分野を知る
いつも読んで下さいましてありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
「チェリ…様、エルローネ…様、今日は…地理の、お勉強…です」
「は、はいっ!」
「わかりました」
ここの所、礼儀作法や習俗など、生活系の一般常識はエルローネが教え、学術系の知識はウォルフが担当することが日課となってきた。
タツキも一緒に聞いたり、後でチェリから教わったりと、随分とこの世界の事がわかるようになってきたと感じる。
この世界、文化的には創作の中にありがちな、剣と魔法が幅を利かせていることが分かる。また、生活水準は中世*****。しかし、魔法が存在することで、例えばマジックボックスのような、タツキの記憶が残る世界の文明を凌駕するような品物が存在する。
そうかと思えば中世然とした、大変遅れているところもあり、例えば「衛生」という概念はあまり発達していない。
タツキがトイレを用意し、かつその存在を告げていたにも関わらず、チェリが真っ赤な顔で「あああ、あのね、タツキ様、ももも、漏れそうなのっ!」と告白された時には、わんこにトイレトレーニングを施しているような気分になったものだ。
後で聞けば、ダンジョンマスター謹製のトイレはあまりに清潔すぎて、とても用を足す場所だとは思えなかったとのこと。一方で、ロベルトやエルローネは、驚きながらもちゃんと理解してくれていたので、ほっと胸をなでおろしたものだ。
そんな世界であるがゆえ、タツキのダンジョンは清潔そのものである。それには大浴場完備という条件もさることながら、ダンジョンマスターの能力が深く関係している。
魔技ではなく、「削り残し」と並んで、早くから気づいていたダンジョンマスターの裏ワザ。それをトイレにも応用しているのだ。
タツキはその能力を「悪食の床」と名づけている。
悪食の床は、所有権が消失し、ダンジョン内に放置された物品を分解吸収、エリキシルに変換してしまうという能力であり、ちり紙だろうが、死体だろうが、そして糞尿であろうが一定時間ごとに、あるいはタツキの意思一つできれいさっぱり消滅させることができるのだ。
ちなみに所有権とは、ダンジョンにおいてはその物品を「自分の所有物だ」と考える心の有り様と表現できる。
物品に、持ち主の感情がまとわりつき、その物品を分解対象外とする印をつける、そんな法則が働いているようだ。
故に、タツキが岩石を削り残して作った食器類は消滅しないし、逆にネイハムの遺体はとうに消滅してしまっている。尾籠な話で恐縮だが、例えばこのダンジョンに農夫がやってきて、自身の糞尿を堆肥にするために一処に集めていたとしたら、この法則に従って所有権の印付けが行われ、消滅しないものと思われる。
「それで、タツキ…様の、ダンジョンの…地理的な状況ですが…」
そんなことを考えながら、ぼーっとウォルフの講義を聞いていたタツキだが、自身の名前が出てきたために我に返る。
相変わらず黒ずくめで肉付きの悪いウォルフだが、幾分血色が良くなってきているのは、やはりダンジョンマスターの万能食、謎の栄養バーを食べているからだろうか。
彼には読書に夢中になると食事を抜くという悪癖があったらしく、それが積み重なって生来の骸骨面をより骸骨にしていたらしい。今は、読書をしながらでも栄養バーを食べられるため、数ヶ月もすると、もしかしたら肉がついてくるかもしれない。
「最も近い大都市は…クワナズーマ、です。…早馬で、3日の距離です。そして、辺境伯が…おられる、ワナジーマ…、は、ここから10日かかります。…ちなみに村は、ミアズナが、あります…ここからほんの半刻、ですが、交易を行うには小さすぎ、ます」
大きな視点から、小さな視点へ、このダンジョンを中心にウォルフは地理関係を説明を行っていた。
大きなところから行けば、タツキのダンジョンはヒーズル王国の西端に位置し、さらに西へ進めばラコウ帝国、北にはシルヴィス教国の国境が存在するらしい。
さらに、ラコウ帝国とヒーズル王国は、有用な魔族系ダンジョンをめぐって小競り合いをする関係で、その防波堤としてワナジーマ辺境伯領があるという。
一方で、シルヴィス教国とも国境線を接しているが、彼の国は、この世界唯一の神族系ダンジョンを有し、世界の宗教的中心としてどの国に対しても不可侵条約を結んでいるそうだ。
「ウォルフ先生、では、タツキ様のダンジョンの発生は、世界にどれくらい影響をあたえるものなのでしょうか?」
>褒章≫生活雑貨≫筆記用具_アイテムランクD
文房具はファンタジーではおなじみの羽ペンとインク、そして羊皮紙。
学びの場所は、あの装飾過剰な作戦司令室。
高級娼婦として一般教養を修めているエルローネは時折インク壺にペンを浸しながら、なめらかにメモを取っていく。
ネイハムを弔った飲み会以来、打ち解けたのか、あるいは何かのわだかまりがなくなったのか、過剰な遠慮が消えたエルローネはまっすぐタツキたちと接するようになっている。
「こ、このダンジョンは…亜人寄りの魔族系ですので、…実は、それほど需要が、ないのです。…成長すれば…高性能な…生活雑貨の発生を期待できます、が…」
キツネ耳の美女に先生と呼ばれ、ややデレながらもウォルフは生真面目に応える。
「先ほど申しましたとおり、…管理された、…推定ランク4の魔族系ダンジョン、が…ワナジーマ辺境伯領に…存在するため、現時点、での注目度…は低いと思われます」
意外なのは、情報と隔絶した生活を送っていただろうチェリが簡単な文字の読み書きができたことだ。エルローネによれば、礼儀作法も筋が良く、すでに基本ができているかのようだったという。
「むにゃむにゃ、もうたべられませんー」
しかしながら残念属性は相変わらずで、しっかりと羊皮紙の上に突っ伏して定番の寝言までをキメてくれている。
チェリ曰く、「ウォルくんの声には眠たくなる魔法がかかってるのっ!」だそうだ。エルローネが教師となる講義は楽しそうに受講しているので、タツキもわざわざ起こすことはせず、眠るままにさせている。
しかし、
「こら、チェリ、羊皮紙食うなっ! 腹壊すぞ」
場合によっては叩き起こさざるをえない場合もあったりするのだ。
***
「あー、ウォルフ、俺からも質問」
「…な、なんなりと」
ダンジョンマスターからの質問に、ウォルフがやや緊張気味に応える。
「その、ダンジョンなんだが、亜人寄りとか、魔族系、とかって、何なんだ?」
しかしながら、タツキの質問でウォルフはすごく不思議な顔になった。
「魔族系は…魔族系統で…。いえ、…順を追って…説明します」
既視感。
それはいつぞやのチェリと似た反応。ということは、かなりこの世界において常識的なことを聞いてしまったようだ。
しかし、さすがは参謀(仮)クォリティー。残念少女とは違い、直ちに噛み砕いた説明をしてくれる。
それによれば、この世界に存在するダンジョンは、獣族・魔族・不死族・神族の4系統に分類され、それら単系統のモンスターしか出現せず、出現するモンスターによって、産出されるお宝の系統も決まっているというのだ。
つまりはゴブリンとゾンビに、同時に出会えるダンジョンは存在しないということ。
そして、モンスターの死体自体も素材となりうるため、例えば獣系かつ動物種のダンジョンは、管理されているものは《ダンジョン牧場》と呼ばれこの世界の食肉の生産に一役買っているらしい。さらに例をあげれば、獣族系かつ昆虫種ダンジョンの場合、その虫の甲殻が鎧や建築素材の材料となり、無くてはならないものになっているとのこと。
「ひるがえって…グノーメや、ゴブリン、時折二重に歩く者を使役する…タツキ様は、魔族系統のうち亜人寄りの…ダンジョンマスター、となります…、が タツキ様?」
ウォルフに自信を持ってそう宣言され、今度はタツキが不思議な顔をする番だった。
首を傾げながら脳内の《ダンジョンマスターの本能》を展開する。
まずは第一階層。
>獣族
>神族
>不死族
>魔族☆
これはウォルフの説明と相違ない分類となっている。
まるで*******カードゲーム。そんな感想を漏らした数日前。あの時は、たしか酔っ払いで、細部までは確認していなかったように思う。
あらためて、第2階層以下を展開する。
>魔族☆
≫亜人種★
≫魔人種☆
≫異形種☆
そしてお馴染みの「亜人種」を展開。
≫亜人種★
採集_E:グノーメ
戦闘_E:ゴブリン
戦闘_D:オーク
戦闘_C:オーガ
≫魔人種☆
≫異形種☆
比較として「不死族」から「腐種」を展開してみる。うん。見事に腐ったやつらが並んでいる。
>不死族
≫骨種
≫腐種
採集_E:スカベンジャー
戦闘_E:ゾンビ
戦闘_D:グール
戦闘_C:ワイト
≫魂種
さらに魔人種も展開してみるとこんな感じだ。
≫亜人種★
≫魔人種☆
採集_E:グレムリン
戦闘_E:インプ
戦闘_D:ガーゴイル
戦闘_C:ドッペルゲンガー
≫異形種☆
「なるほど…」
タツキは得心する。
念のため他種族のツリーを展開してみるも、それはタツキの仮設を立証する結果となった。
「どうやらダンジョンマスターには得手不得手みたいなものがあるらしい。でもって、俺は魔族系統のユニットを、最も少ないエリキシルで作成・使役できるみたいだ」
「そっ…、それは、どういう…!?」
新たな世界の真理の獲得。その予感にウォルフが気色ばむ。ここにダンジョン狂いのトーマスがいたら、二人して大騒ぎだったかもしれない。
「要するに、俺は、昆虫だろうが動物だろうが、精霊だろうが、何だって呼び出すことができるってことだ。消費エリキシルにさえ目をつぶれば、な」
言い換えれば。
「他のダンジョンマスターは、自分の得意分野にしか手を出さないんだろうな」
他のダンジョンマスターが、かつてのタツキのように、ワタシ口調だった頃の状態にあるのだとしたら、それは想像に容易い。
そこまで考えて、タツキははたと気がついた。
あれ? このことが世界にバレると、俺ってヤバかったりする? と。
「あー、みなさん」
このことは一切他言無用。
そう言いかけたタツキの脳裏に、基礎能力《敵性感知》がダンジョンへの何者かの侵入を示す警告を響かせた。
「――ついに誰かが来たようだな」
想定よりも随分と早い来訪。つまりは、情報伝達速度から見て、ここをがダンジョンタウン(建造中)であることを知らない可能性が高い者たちの訪問。
脳内に広がったダンジョンマップ、その入口に現れた複数のオレンジ色の光点は、幾分か、きな臭さをはらんでいるように思われた
2016/02/19
エルローネの描写を1文追加しました。
2016/01/03
早速誤字を修正・・・。




