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18:ダンジョンマスターは彼の者を弔う

「ダンナっ! アンタすげーじゃねーかっ!!」

「ぐぉっふっ!?」


 トーマスがリクエストした商館。

 どんな機能を持った建物で、どんな外観で、そして間取はどうすればいいのか。

 そんなことを考えていたらロベルトに背中をバチコンされた。


 前衛の花、重戦士ヘビーアーマーの一撃は、冒険者の前に出ては風前の灯なダンジョンマスターにはいささか重い。


「ぶごっふっ!? な、何がすごいんだ?」

 咳き込み、涙目になりながらもタツキは問いかける。

「タツキ様にひどいことしちゃダメですっ!」

 駆け寄って背中をなでてくれるチェリに癒やされる。


「わ、わりぃ。だってそうだろう、あのトーマスをお抱え商人にしたんだぞ、なぁ、ウォルフ」

「…は、はい。あの方は…死肉喰獣ハイエナなどと揶揄されておりますが…、かの、カーライル家の……御曹司…です」

 学術的興味からか、ウォルフはトーマスと同じく「ダンジョンマスターの飲料水」が入った******をポコペコしながらそう告げる。


「カーライル家とか言われても、俺はそのどこがすごいのか分からんぞ」

「この国最大の商会、その筆頭ですね。それから、そのぉ…」

 タツキの問いに涼やかな声で応えるのはエルローネ。しかし、劣等感のようなものはすぐには拭うことができないのか、キツネ耳がふるふると震えている。


「いいかダンナっ! あいつのオヤジ殿は国王のお抱え商人だ。ダンナはそんな奴を引き込んだんだ。これをスゲーと言わずしてなんというっ!」

「あの、ですから…」

 ハイテンションなロベルトがその後を引き継いでまくし立てる。


「あー、なるほど。ちょっと分かってきたな…となると」

 タツキがようやくその凄さの一端を理解する。

 そして同時に、トーマスの去り際に依頼された「立派な商館」は、どの程度立派にすればいいのかと頭を悩ませる。

「うぅぅ……」


「こらーっ!!」

「おわっ!」

 野郎3人が、立身出世、あるいは成り上がり的な予感に本能的な胸熱むねあつを感じていると、タツキの背中をなでてから、そこに張り付くようにスキンシップを楽しんでいたチェリが吠える。


「チェリ、耳が、キーンって…」

 最大の被害者は至近距離のタツキ。

「ちゃんとエル姉様のお話を聞いてあげてくださいっ!」

「ちぇ、チェリ様!?」

 いじいじと、その白く美しい人差し指を絡め合わせていたエルローネが弾かれたように顔を上げる。


 上げたその繊細なかんばせがさっと朱に染まっていき、野郎どもは先ほどとは全く別の意味で胸熱むねあつとなる。


「あ、ああ、申し訳ない。それでエルローネさんは何を伝えたかったんだ?」

 チェリが背後で良かった。

 この緩みきった顔を見られたら殴られる。そんな予感とともにタツキが問いかけると、やたら大量の羞恥心がダンジョンコアへと流れこんでいくのが感じられる。


「え、あっ、あの…」

 エルローネとしてはあくまで会話のついでに、あくまでさり気なく、あくまで控えめに伝えたかった事柄。それを今、全員の注目の中で伝えなければならなくなってしまった。


 ゆえに、その白くて細い指を唇に当て、恥ずかしさのあまり少し顔を下げ、結果上目遣いになり、「あわ、あわわわっ!?」、ここでウォルフが鼻血を吹いて脱落し、しかし。


 エルローネは自身の望みを言い切った。

「そ、その、そろそろ、お酒に、しませんでしょうか」

 と。


***


 真の酒飲みは、実はつまみを消費しない。

 ゆえに、真っ赤な顔で上機嫌で、タツキに腕を絡めながら干し肉をムグムグしている残念少女は真の酒飲みたりえない。


 更にはすでに撃沈し、タツキがクリエイトしたラグやらクッションやらに埋もれ眠るウォルフなどは論外だ。


「おふたりは、ほんとに仲がよろしいんですね。少し妬けてしまいます」

 背筋をしゃんと伸ばし、艶やかに微笑みながらも、次の瞬間くっと杯を空け、「お、おめー、ホント大丈夫か?」と、ウォルフに心配させながらもワインを注がせるこの女王様こそ真の酒飲みであろう。彼女の皿に申し訳程度に取られたナッツ類は、1つ2つは消費されたかな、という程度。


「仲良しであることは間違いない。なにせ、俺が俺を取り戻すきっかけをくれた恩人だ」

 タツキが念願のミードを舐めながらほんの数日前を回想する。

「にゅふふん」

 肉々しいドヤッ、な鼻息とともにチェリが絡めた腕をぎゅっとする。


 ミードは甘くどくなく、さわやかな香り。

 それでいて力強い酒精感が喉を抜けて胃を温める。

「でもなぁ」

 タツキの二の腕を、その豊かな胸を押し付けるように抱きしめるチェリ。

 栄養事情が改善されてきたのか、血色が随分と良くなり、肌も年齢相応の輝きを取り戻しつつある。二の腕に当たるこの魅惑のふにふに感も、パワーアップされている可能性もある。


「なんでかなぁ?」

 タツキが視線を向けると彼女は嬉しそうに微笑む。

「可愛い妹というか、大事な娘というか、あるいはじゃれつく子犬というか、そんな感じなんだよなぁ」


「んーっ!?」

 口は干し肉でいっぱいなため、チェリの鼻から抜ける肉々しい悲鳴。

「ダンナ、最後がひでぇっすよ」

 ロベルトが大笑いをしてエールをあおる。エルローネも「うふふ」と笑って空の杯をロベルトに差し出す。


「それでも、この世界で一番大事であることは間違いない」

 タツキも、くっと手の中のミードを空ける。


「あらまぁ。やっぱり、妬けますわ」

 エルローネは笑ってタツキの手から杯を受け取ると、ミードで満たして返してくれる。


「オレもっ!」

「喜んで。ロベルト様にはお世話になりっぱなしでしたもの」


 良い仲間と飲む酒は、本当に良いな。


 何故か感極まった顔でタツキの膝に登りはじめた子犬――もとい、チェリを、優しく横抱き気味に抱え、タツキはふわふわする頭でこの柔らかな時間に感謝するのだった。


***


「それで、俺は皆のことや、世界のことをもう少し詳しく知りたいんだ」

 タツキの腕の中で、チェリが眠ってしまったことを皮切りに、宴は飲むから静かに語るにシフトする。職位ジーンで強化されているせいか、自身とあまり身長の変わらない彼女を重荷に感じることはない。むしろその温もりと、人肌の優しい匂いがタツキを安らかな気持ちにさせる。


「何なりと。あ、恐縮ですが、あのワインをもう1本出して頂けませんか」

「オメ、まだ飲むんかっ!?」

 すっかり夫婦漫才的になってきたエルローネとロベルトにタツキは苦笑しつつ、褒章カテゴリーから「アマヤの涙」と銘打たれたワインをクリエイトする。居並ぶランクC褒章酒類――いや、なんでこんなに酒が充実してるの? 設計者も酒飲み?――の中でも、消費エリキシル量がぶっちぎりの一本だ。


 だが、どのみちこれは彼女の羞恥心で増えた分だ。返してあげたってバチは当たらない。今だって、チェリとエルローネの優しい幸せの感情で、その総量はほんの少しづつではあるが増加中なのだ。


「ほい」

 っと、チェリを抱いているので動けないタツキは、ロベルトに瓶を渡す。

 彼はコルクを引き抜くと、エルローネのグラスに注いでやる。その所作は、冒険者と思えないほど洗練されている。


「おふたりは、ほんとに仲がよろしいんですね」

 意趣返し、というわけではないが、思わずエルローネの口真似をしてしまったのは、タツキもそれなりに酒精にたぶらかされているためだろう。


「ダンナぁ…」

 ロベルトが、なんだか情けない顔をして、一方で、どれだけ飲んでも顔色を変えなかったエルローネの頬がほんのりと薔薇色に染まっていく。


「では、私から――」

 ごまかすように、あるいは何かを吹っ切るように、エルローネは再び一息で杯を空ける。

「ご覧のとおり、私はけがです。ネイハム様のところに行く前は、王都で春を売っておりました」

 事情を知るロベルトは、ただ黙って赤い液体を注ぐ。


 彼女はその赤い液体で少しだけ唇を潤し、続ける。

「そこは、お客様を限定した高級な所で、私は人生の大半をそこで過ごしました。そして、そんな日常が、ずっと続いていくんだなぁ、って、思っておりました」

 遠くを見る美しい女性が少女のように見えるのは、今、その時に立ち返っているためか。


 職業に、貴賎はない。

 しかしながら、全く別の情報から、タツキはけがが娼婦であったことに対する疑問を呈す。


「あれ? 確か、チェリはけがれがうつるから自分に触れるなとか言ってたけど、その、お客さんと密着度の高いお仕事だと思うんだが、そこは問題なかったのか?」


「それは、人と、地域による」

 とはロベルトの言。

「田舎の方ほどけがれを騒ぐ奴が多い。あとは人によるな。見るのも嫌だっていうやつから、オレやダンナのように全く気にしねー奴らまで様々だ。まぁ、全く気にしねー奴らの方が圧倒的に少ないってことは間違いねーけどな」

 ロベルトは言ってナッツをかじる。


「そうですね。王都でもけがれがうつると言われることはよくありました」

 今度は、ロベルトに注いでもらったワインを、愛おしそうに揺らしながらエルローネが引き継ぐ。

「ですが、それは本気の言葉ではなく、なんと申しましょうか、私たちけがに触れた者は儀式的にそう言わなければならない、そんな感じの言葉でしたね」


 となれば、やはり彼女の獣耳やしっぽ、そしてチェリのエルフ耳は身体的特徴に過ぎないということか。


 タツキは、腕の中のチェリの、その柔らかく尖ったエルフ耳をふにふにしてみる。

「ぅんん…」

 彼が持つ現代の記憶では、創作の中にしかなかったそれが現実にある。冷静にそのパーツだけを見れば、やはりそれを「奇形」と感じる違和感は存在する。


 しかし、それは、酔っ払って熱いくらいに真っ赤になってしまったチェリの耳だ。

 愛おしくないはずがない。


 ただ、そうでない者が見ると、タツキの感じる「違和感」の部分だけが増幅されてしまうのだろう。

「なるほどな」

 タツキは自身の中で納得を得て、杯の中のミードを空ける。


「あ、お注ぎします」

 タツキがチェリにしたように、彼女もロベルトに触れて欲しかったのだろうか、心持ち首を傾げ、その獣耳ごとロベルトとの距離を縮めていたエルローネがハッとしてタツキの杯を奪う。


 この物腰柔らかな接客能力と、ついでに「お酒の味」とを、その娼館で覚えたのだろう。であるのであれば、それほど酷い扱いは受けていなかったのだろうとタツキは彼女の身の上を想像する。


 で、あるのであれば。

「じゃあ、エルローネはどうしてネイハムと行動をともにするようになったんだ」

 それはひどくつらい体験だったのだろう。できれば聞きたくはないが、今、この時を逃すとなかなか聞くこともできまい。


 そのような判断で、タツキは問いかけたのだが。


***


「ネイハム様、ですか」

 エルローネはその表情に嫌悪感も、悲壮感も一切表すことなく、ただ、ほんの少しだけ、純粋な悲しみの感情を漏らしながらタツキにミードの満たされた杯を返した。


「ネイハム様は私を買われたのです」

 彼はエルローネがいた娼館の客だったそうだ。

 何度かエルローネを抱き、そしてある時、莫大な金を積んでエルローネを娼館から買い上げたのだという。


「その時の悲壮なお顔を、私は忘れることができません」

「悲壮?」


 タツキは首を傾げざるを得ない。

 ネイハムにはゴブリンやオークらユニットを介して100回以上殺されたが、その表情に、果たして悲壮感は漂っていただろうか?


「ダンナの疑問ももっともさ。そりゃ坊っちゃんは最悪だったぜ。性格は歪んでっし、ガキみてーにすぐ癇癪は起こすし、あとは――」


 ロベルトはエルローネを見る。エルローネも、ロベルトを見る。

 そこにあったのは、なぜだろう、謝罪と謝罪と、許しと許し。


「――殺すことをやめられねーときたもんだ」


 殺す。

 その単語に、タツキの胸も痛む。

 確かにネイハムは、これまで多くの者達を殺してきたのだろう。だが、間違いなくネイハムを殺したのは自分だ。


 しかも、結局直接に手を汚すことはできなかった。

 あの時、たまたまチェリが現れたことによって、タツキが操るオークの手は止まったが、彼女が現れていなかったとしても、それを振り下ろせていたかと聞かれれば、即答できない。


 戦いにおいて、即答ができない事象は、存在しないとほぼ同義。

 落とし穴トラップは、確かに策であったことは間違いない。しかし、それを設置するということが、同時にタツキの心の弱さでもあったのだ。


「ネイハム様は、とても賢いお方でした」

 エルローネが揺らした杯を口元に運ぶ。


 恐怖と嫌悪と、そして確かな悲しみ。

 感情の放出量が多いけがは、タツキにとって気持ちを汲み取りやすい相手だ。

 あれだけのことをされていながら、挙句殺されかけていながら彼女はネイハムの死を悼んでいる。


「故に、全てご存知だったのでしょう」

 彼女は杯を空け、そっとテーブルに置いた。


「止めて欲しかった、のか? 自分を」

 殺さねば癒えぬ渇望。そして、殺してもじきに再び湧き上がる渇望。

 そんなものを抱いた人間が、自身の心の奇形に気づいていたとしたら。


「ダンナはめちゃくちゃ坊っちゃんに恨まれてるだろーが、今頃、銀の船の国てんごくから感謝されてるって」

 そう、おどけた調子で言うロベルトに、タツキははっと顔を上げた。


「もしかして俺、ひどい顔をしてたか?」

 ロベルトはそれには答えず、タツキの少し減っていた杯を奪い、なみなみと満たして返す。


 そして、エルローネ、自身と順に杯を満たしてゆき、それを高らかに掲げた。

 エルローネも続いて杯を掲げ、

「なんか、すまんな」

 理解したタツキも、少しだけチェリを強く抱きしめて、杯を掲げた。


「坊っちゃん――、いや、ネイハムの魂の安息を願って」

「ネイハム様、どうか、向こうでは、心安らかにお過ごしください」

 2人は元の主に言葉を捧げる。


 俺がかけるべき言葉はあるのだろうか。そう考えて浮かんでくるのが、幾度もいくども、その剣で自身を殺すネイハム。そして、奈落へと落ちる瞬間に、タツキに向けた表情だった。


 ロベルトとエルローネ。

 2人の言葉を聞いた今ならば、あれは安堵の表情ではなかったのか、と考えることができた。


 そして、タツキの唇から自然に言葉は紡がれる。

「ネイハム、俺を鍛えてくれてありがとう。あんたのおかげで、少しはマシになれたよ」


 チン、と3人の杯は重ねられる。

 その済んだ音色が彼にも届くといいな。

 タツキはそう思って、甘くもさわやかなミードを飲み干したのだった。


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